981205 社説


米国の孤立鮮明にしたAPEC

アジアから問われるわが国の進路


 アジア経済危機の打開方向をめぐって、アジア諸国が次第に主体性を再確立し、米国などに対し発言力を増大させつつある。わが国もここにきて、アジア支援の姿勢を強めている。そういう流れの中で、対アジア支援をめぐって、日米間の矛盾もあらわになってきた。

 わが国が本格的にアジアと共に経済再建を図り、共に生き延びようとすれば、対米従属関係の根本的な見直し、清算はどうしても避けて通れない。十一月中旬、マレーシアで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議は、そのことをまざまざと見せつけた。

 わが国が、対アジアとの関係、そして対米関係でどういう道を進むべきか。アジア諸国が主体性を回復しつつある中で、ますます現実的に問われている。

米国の圧力をはねのけアジアが重要な前進

 十一月中旬マレーシアで開催されたAPEC首脳会議は、世界的な金融・経済危機の深刻化を背景に、ヘッジファンドなど短期投機資本への規制、アジア経済再建支援、分野別自由化などの問題をめぐり、各国の切実な利害が対立した。

 今回のAPECで際立っていたことは、米国主導のグローバル資本主義や国際通貨基金(IMF)流儀の「改革」に対するアジア諸国の不満と批判の高まりである。その結果、アジアにおける米国の力の低下と政治的孤立化、逆にマレーシアなどアジア諸国の発言力の増大、そして国際社会における中国の存在感、アジアと米国との間で腰の定まらない日本など、アジアにおける国際関係の新たな変化を浮き彫りにした。

 首脳会議で焦点となった問題は、巨額な資金を動かして世界中で荒稼ぎするヘッジファンドをどのように取り締まるか、ということであった。

 昨年のAPECで、マレーシアのマハティール首相はヘッジファンドの規制の必要さを訴えたがまったく無視された。しかしこの一年で流れは変わった。とりわけ今年九月、米国の巨大ヘッジファンドであるロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)が事実上の経営破たんに陥り、米国主導のグローバル資本主義の隠された正体が暴露されて以降、ヘッジファンドに対する警戒心とこれの規制の必要さは誰の目にも明らかとなった。

 マイスター独連銀理事は十月、銀行のヘッジファンドへの出資を原則禁止するなどの具体策を提案している。ブレア英国首相は、巨大な資本移動による「無秩序」を防止する新体制を提唱し、ジョスパン仏首相も「いまの金融危機は市場が規律を求めていることをはっきりさせた」と述べている。

 こうした機運に押されて、今年十月末に開かれた先進国七カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)の緊急声明も、ヘッジファンドの情報開示の基準問題を検討すると言明せざるをえなかった。

 今回のAPECは、発展途上国にとって有利な流れの中で開催された。マハティール首相は、世界の貿易量の百倍ものカネが世界中を駆けめぐり、投機筋が通貨を売り浴びせ、これまでこつこつ経済発展を積み上げてきた苦労が一夜にして水泡に帰してしまうと、ヘッジファンドの規制を緊急に具体化することを改めて提唱した。中国の江沢民主席も、「国際金融に影響力を持つ大国」がホットマネーの過度の投資を阻止し、金融リスクを防止する責任があると指摘した。しかし、ゴア米副大統領は、国際資本の自由な移動を不可欠とするアメリカ金融資本の代弁者として、マハティール提案に猛烈に反対した。APECを舞台に、アジア諸国と米国との激しい闘争が演じられた。

 その結果、米国は後退を余儀なくされた。採択された首脳宣言はマレーシアを先頭とするアジア諸国の主張が不十分とはいえ、色濃く盛り込まれるものとなった。

 首脳宣言は、短期投機資金の移動について早急に監視強化策などを取る必要があること、また「投資銀行やヘッジファンドの透明性や情報開示基準について緊急な検討が必要」であること、そのための作業部会を早期に設立することなどを確認した。

 注目すべきは、協議の場はG7諸国とアジア、中南米、東欧の新興市場国双方が関与する拡大二十二カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G22)で進めらることが適切と、初めてG22の役割が確認されたことである。重要な前進といえる。

 今回のAPECの示したものは、いわば、昨年の夏以来、米国・IMFに完全に主導権を握られていたアジア諸国が、次第に巻き返しを図りつつあるといえよう。もちろん、世界的危機の下で今後の事態の推移は、まだ定かではないが。

 問題は、この流れの中でわが国がいかなる役割を果たしたかである。

アジア支援をめぐり、日米が対立

 今回のAPECでは、もう一つの大きな特徴があった。それは、アジア支援をめぐる日米間の対立が浮き出たことである。

 APEC首脳会議を目前に、米国は突じょ、日米首脳共同声明まで出して日米主導による五十億ドルのアジア金融支援を打ち出した。昨年のアジア通貨・金融危機以来、IMFを使ってインドネシア、タイ、韓国などの管理を強めていた米国が、である。ただしその時点では、これに米国自身が本当にカネを出すかどうかは決まっていないという、極めて姑息(こそく)な代物である。

 米国の策動の狙いは明白である。すなわち、十月初めの三百億ドルにのぼるアジアへの金融支援策である「新宮沢構想」に対抗するものである。経済危機の打開をめぐって、アジアで日本に主導権をとられまいとして、米国が介入してきたのである。日本が提起した新宮沢構想は、APECの首脳宣言にも盛り込まれたように、資金繰りに困るアジアには一定程度評価されている。それに危機感を感じた米国が、策動したのである。新宮沢構想について、マハティール首相は「誰かが横やりを入れ、日本の資金提供をストップさせるかもしれない」と、米国の介入について、警告している通りである。

 APECでは、あわせて林水産物の自由化問題でも日米は激しく対立し、アジアの「支援」を得た日本は今回、米国の自由化要求をとりあえず退けた。

 わが国支配層としても、アジアの経済再生にはわが国などの支援が必要だとの考え方から、昨秋、アジア諸国などでつくる「アジア通貨基金」構想を提案した。しかし、米国によってこの構想はつぶされた。米国としては、日本がこうしたアジア支援に主導的になれば、現在IMFを通じた米国のアジア経済・政治「管理」ができないと、必死の介入を図っているわけである。

 日本が生き延びるために、アジアと共生しようとすれば、米国の対日圧力はわが国の国益と衝突せざるを得ない。わが国が、どちらの道を選択するのか、アジアの現実から厳しく迫られている。

対米従属の清算、アジアと共生する新しい国の進路を

 確かに新宮沢構想はAPECでも歓迎された。だが、危機が深まる国際社会でわが国がどこに軸足をおくのか、わが国支配層の方向には確固たるものはない。場当たり的な外交をやっている限り、アジア諸国の信頼を得られないことは明白である。

 APECから戻った小渕首相は、「日米両国が中心となって、アジア諸国の資金調達を支援していく。こうした考え方の下、『アジア通貨危機支援資金』などの支援策を盛り込んだ」(臨時国会の所信表明演説)と言明している。つまり、米国の顔色を伺いながらのアジア支援ということである。こうした中途半端な立場では、わが国が真にアジアと共生する道をとることはとうてい不可能である。

 すでに一部財界など各界から、「アジア通貨基金」構想への支持、あるいはドル基軸からの脱却と「円の国際化」構想が、さまざま論じられている。

 わが国が対米従属関係を清算し、独立・自主、アジアと共に生きる道を選択することを、アジアの現実は深刻に突きつけている。


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