980925


自給率向上を放棄した調査会答申

農業再生への農政転換は国民的課題


 このほど、わが国農業の今後の基本方向を定める調査会答申が出された。「食料・農業・農村基本問題調査会」(首相の諮問機関)答申である。政府は、この答申を受け、三十八年ぶりに農業基本法を改定し、来年の通常国会に新農基法案を提出するという。

 わが国農業の衰退はいちだんと深刻化している。にもかかわらず、この答申は、その再生の方向を何ら示さず、農業に市場原理を大々的に導入し、わが国農業、農村全体をいっそう崩壊に導こうとしている。

 小渕政権の農業破壊策動を許さず、わが国存立の根幹をなす農業の再生、農政転換へ向け、国民的課題として農民はもちろん、国民各層の奮闘、努力が求められている。

自給率向上を投げ捨てる

 今回の答申の特徴は、一方で「食糧安全保障の確立」などを掲げながら、それを保証する具体策を何ら明示していないことである。その点では、日本農業を崩壊にまかせてきた自民党農政と何ら変わらない。

 より悪質なのは、答申が「市場原理の活用」「生産性向上」を再三強調し、農業も国際大競争下におけるわが国経済の「構造改革」の流れに組み込もうと意図していることである。話題となっている「農業生産法人の株式会社化」などもその具体化の一つである。

 したがって、「戦後農政の抜本的な見直しの方向は、この答申からは読み取れない。自給率の扱い方も、やる気のなさを『暗示』する表現になっている」(梶井功・東京農工大学長)、「十年後をめどに五〇%を目指すとか、もっとはっきり自給率を示すべきだ。努力目標を示すことにしり込みしているくらいでは農家を励ますことにならない」(山下惣一・農民作家)と答申批判が噴出しているのは当然である。

 こうした「やる気のなさ」を最も象徴的に示しているのが、「食糧自給率向上」を一言もいわないことである。自給率目標の明示はおろか、「自給率低下への歯止め」さえ言及しない。本音が見事に露呈している。わが国食糧自給率は、供給熱量自給率が四二%、穀物自給率に至っては二九%で、世界百七十八カ国・地域中百三十五位という有り様である。なぜこんな悲惨な状況になったのか。答申は「食糧需給構造ギャップの拡大の結果」だという。つまり国民がコメを食わなくなり、輸入に頼る肉・油を多くとるようになったからだとする。では、国民が食生活を変えれば、自給率は上がるのか。そんなことはない。

 自給率低下は、対米従属・外国依存と農業切り捨て政策の結果である。答申には、その根源である対米追随、輸出主導型の自民党による戦後経済運営、そのもとでの自民党農政に対する反省は全くない。最近では、七〇年代からのオレンジ・牛肉の輸入拡大・自由化、コメ輸入の関税貿易一般協定(ガット)合意(九三年)と、一貫して米国から輸入圧力がかけられた。その結果、コメづくりではさらに減反の上積みとなり、牛肉・かんきつ類生産も打撃を受けたことは周知の通りである。

 現行農基法が制定された一九六一年頃は、食糧自給率は八〇%近くあり、現在七%になった小麦の自給率でさえ四〇%近くあった。現在では、小麦の輸入量のうち五五%は米国からであり、大豆八一%、トウモロコシ九五%、牛肉四九%と、輸入量のうち米国がトップを占めている。

 これが農業生産と農政の最近の経過である。この農政を批判し、転換することなしにいくら美辞麗句を並べても危機に立つ日本農業の再生はありえないだろう。

市場原理を大々的に導入

 他方で、答申は市場原理の活用、「意欲ある担い手(農家、法人)」への集中的支援、農業経営の法人化・株式会社化の推進などを強調している。

 これは、一部の担い手を選別・優遇して生産性を上昇させ、農産物価格は市場原理にまかせようというものである。販売農家は現在約二百五十七万戸(農家総数は約三百三十四万戸)だが、そのうち一種、二種兼業農家は約八三%をしめる。選別・優遇策は、こうした構成になっている農業、農村にいっそう弱肉強食の競争原理を働かせることになる。

 しかも、これらの方向はここ数年、すでに既成事実として進んでいる。例えば、価格安定対策費は市場原理を重視して農業予算の中で毎年削減されてきた。九八年度予算でも、財政支援は認定農業者、大規模農業者、法人の育成が重点となり、圃場(ほじょう)整備事業でも「担い手育成型」に七〇%を集中しているといった具合である。その結果、大多数の農家は切り捨てとなる。

 答申は不利な生産条件にある「中山間地への直接支払い」という所得補償策を打ち出したが、その対象、財源など多くの条件付きであり、現実的には大した期待はできまい。

 いずれにせよ一部担い手の選別・優遇、他の切り捨てという事態が進むであろう。

 財界はこうした方向を推奨している。この答申に対し、経団連は「価格政策を市場原理の観点から見直し、構造改善に向けた農業政策と社会政策としての農村政策を区別し、今後の基本方向を打ち出した意義は大きい」「農業分野にも市場原理を生かし、担い手となる専業農家や生産法人の活力を引き出す政策に重点化していかねばならない」(大國昌彦・経団連農政問題委員長)と明けすけに述べている。

 こうした方向を、安易に容認できない。実際の農家、農業は、地理、規模、性格(専業など)などさまざまな条件で構成されている。したがって、農業、農村が活性化し、持続可能な農業を発展させる角度から、「市場主義万能論」ではなく、それぞれにふさわしい所得補償、価格安定策を講じる必要がある。

農民、国民の力で農政の転換を

 もとより食糧と農業は、国の独立と安全保障の最大の基礎である。安全、良質、安価な食糧の安定供給は政府の国民への責任であり、それなしに民族の将来、繁栄はありえない。食糧安保といわれる由縁である。また、農業は国土保全や自然環境面などいわゆる「多面的機能」を有しているのは言うまでもない。農業と農村地域の繁栄・発展は不可分の関係にある。

 さらに、世界人口は現在の五十九億人から二〇一〇年には六十九億人になると予測されている。現在でも八億四千万人が栄養不足状態だといわれ、今後世界の食糧需給のひっ迫が見込まれている。食糧の自給と増産は、世界的に緊急の課題でもある。

 にもかかわらず、食糧供給の約六割を海外に依存しているわが国の現状は、独立国家の最低要件を満たさない。今回の答申は、この現状を追認、さらに崩壊に導こうとしている。国の存立の基を危険にさらすものである。

 二〇〇〇年からの世界貿易機関(WTO)の農業協定の改定交渉で、農産物貿易の自由化圧力はさらに強まるに違いない。答申のような基本姿勢では、いっそう米国などの理不尽な要求をのまされるだけで、とうてい対応できないであろう。その点でも、今回の答申に関係者の不信が高まっている。

 こんにちの経済危機のもとで、農民は農業で食えず、他で働こうにも地域経済は危機にひんし、雇用を支えてきた公共事業も財政改革で切り捨てられるなど、かつてない状況に襲われている。コメは価格や流通を市場原理にゆだねた新食糧法(九五年)によって暴落。農業所得は、前年比三年連続で減少、昨年はついにコメの暴落もあって、一三%以上のマイナスとなった。しかも今年度、減反は過去最大規模である。

 大銀行には三十兆円の税金投入を決定しながら、農業軽視で農林水産予算は年々削減される一方となっている。

 この苦境に対し、北海道では「地域経済と農業を守ろう」と農民連合主催で危機突破大会が開かれている。当面の生産者米価の保障、所得補償などを要求しつつ、日本農業再生を実現する農政転換をかち取らなければならない。これはまた、国の進路をめぐる重要課題でもある。


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