980715 水野杏介


印パ核実験に対する共産党の態度を批判する


 五月中旬以降のインド、パキスタンによる核実験・核保有宣言は、米帝国主義を中心とする核独占体制を揺るがし、国際政治を中小国に有利に変化させている。帝国主義は印パ両国に経済制裁を実施し、核の独占を維持しようとしており、わが国橋本政権もこれに追随している。

 米国に核軍縮を要求し、わが国が米国の核の傘の下から離脱することを求める世論は急速に広まっている。しかし、共産党はこうした流れに逆らい、支配層に恭順の意を表している。

 自民党の悪政が続き、国民の生活危機がますなか、共産党に対するある種の「期待」がいくらか広がっている。しかし、彼らに期待することは幻想である。後述するように、共産党の核兵器問題に関する主張も幻想であり、核兵器廃絶やわが国の進路を転換させる闘いにとって、実際は有害で危険なものである。

 共産党の印パ核実験に際しての見解は、当初から一貫しているものもあるが、そうでないものもある。経過をたどりながら批判する。

(一)インド非難の大合唱に加わった共産党 

 共産党は、インドが核実験を行った直後、すぐさま帝国主義者によるインド非難の「隊列」に加わった。

 不破委員長の談話「再度の核実験に断固抗議する」において、インドの核実験は「世界の平和にとってきわめて憂慮すべき挑戦」であると「断固抗議」した。さらに、インドが核拡散防止条約(NPT)体制を五大国に核独占を許す差別条約として批判してきたことが「正当な根拠をもっている」としても、核実験は非難されるべきだとしている。十三日付赤旗主張「核廃絶の世界世論に背く暴挙」も、同様の内容である。

 資料を参照いただきたいが、これらの主張の大部分はインドへの非難であり、米国への批判はまったく見あたらない。

 また、包括的核実験禁止条約(CTBT)については「核兵器廃絶の願いを基本にすえながら、核実験の全面禁止を求める世界の人びとのたたかいの結集でもありました」(五月三十日付赤旗)と述べている。

 こうした共産党の態度は、彼らの以前の主張と比べると、まったく異なっている。

 九五年、フランス、中国がCTBTの締結を前に、相ついで核実験を行った。共産党は、秋藤平和・統一戦線推進委員会副責任者名の論文「核保有国の欺瞞うちやぶる新たな胎動」(「前衛」、九五年十月号)において、以下のように主張している。

 「いま大きな怒りがフランス、中国の核実験に集中しているのは当然ですが、核兵器問題の解決の最大の障害が米国であることはいうまでもありません。米国がフランス、中国の核実験に『遺憾』の意を表明したり、あたかも核実験禁止に熱心なようなポーズをとっているのも、すでに核実験が不要なほどの『核先進国』だからです」

 「米国が(核独占体制であるNPTの)無期限延長への批判をかわし、これを世界にみとめさせるために重視してきたのが、核実験禁止問題です」

 いかがであろうか。ここでは、核問題の最大の責任が最大の核保有国である米国にあると指摘している。核問題の基本的性格には、フランス、中国の核実験とインドの核実験の間に、違いはないはずである。しかし共産党は、インドの核実験に際しては、もっぱらインドを非難するだけで、大国の核独占体制、とりわけ最大の核保有国である米国の責任については、なんら触れようとしていないのである。

 もうひとつ、共産党が米国への批判を避けている証拠をあげよう。

 五月十二日付赤旗における、インドの核実験についての西口国際部長の「談話」の「解説」(宮崎清明記者)記事の中身が、こっそりと「修正」されているのである。

 当初、この解説では、文章の最後に「世界最大の核保有国である米国は、未臨界核実験をおこなって核兵器の近代化をすすめており、核兵器の先制使用も否定していません」と、米国の核政策への批判があった。

 しかし、同党のインターネット・ホームページに掲載されている同じ「解説」は、日付と記者名は同じながら、先の米国に言及した部分が跡形もなく姿を消しているのである。

 この「修正」がいつ行われたのかは定かではないが、共産党が意識的に、米国の核政策に言及した部分を削除したことは明白な事実である。

 共産党の今日の態度が、九五年当時のものと異なったものであり、核実験を行った当事者を非難しながら、米国の責任にはなんら触れないものであることは明らかである。

(二)世論に追随し、核保有国の責任に言及し始める

 インドを非難する一方で、米国はじめ核保有五大国の責任にほとんど言及しなかった共産党であるが、パキスタンが核実験を行った頃から、微妙に修正を行い始めた。

 パキスタンの核実験に対する不破委員長談話(五月二十九日付赤旗)では、パキスタンの核実験に「強い抗議の意思を表明」し、パキスタン政府に「核兵器保有のくわだてを中止することを要求」するとともに、「核実験の最大の根源が、核保有諸国の核兵器独占体制への固執にある」としている。五月三十日付赤旗主張「核兵器固執体制の打破こそ」も同様の内容で、NPTの問題点について触れている。また、不破委員長名で「核兵器保有五カ国首脳への書簡」を送ったりしている。

 この背景は何よりも、「米国など核保有国の責任こそが重大ではないか」という世論が広がり始めたからである。

 「政府はインドに抗議する前に、なぜ米国に抗議しないのか。日本には、米国の核抑止論に乗っている後ろめたさがある」(小西悟・日本被団協事務局長)、「問題はインド、パキスタンだけにあるのではない。米国、ロシア、英国、仏、中国の核五大国の責任も問わなければならない。五カ国がNPT、CTBTによって敷こうとしている核兵器の独占体制は不公正であり、矛盾があり、利己的である」(後藤田正晴・元副総理)など、政治的立場を超え、核独占体制こそが問題の核心であるとする世論が高まってきた。

 共産党は、こうした世論が広がっていることにあわてふためいた。そして、選挙での票欲しさに世論に追随したのである。彼らの姿勢には、政党としての指導性、一貫性などまったくない。

(三)実践上、米国を批判しない共産党

 大国による核独占体制の矛盾に触れるなど、微妙に軌道修正を行った共産党であるが、実際の行動面では、インドを真っ先に非難した頃とまったく変化していない。

 共産党は衆参両院やいくつかの地方自治体で決議された「核実験抗議」の決議に、その内容にかかわらずすべて賛成している。

 五月十三日参院、十四日衆院におけるインドの核実験への抗議決議、また二十九日参院、六月四日衆院でのパキスタンへの抗議決議のいずれもが、共産党も加わっての全会一致である。

 十四日以降の決議には、「NPT体制を美化する文言がある」という理由で共同提案にこそ加わっていないものの、「核実験に強く抗議し、実験の中止を求める立場から決議に賛成」(五月十四日付赤旗)しているあり様である。

 共産党がNPT体制の不平等性を批判することよりも、インド、パキスタン両国への非難を優先したことは明らかである。しかも、十三日の参院決議には「インド政府に対して直ちに適切な措置を講ずる」ことを日本政府に要求する項目が盛り込まれている。共産党は、わが国政府がインドに経済制裁を行うことを要求しているのである。

 また、共産党の影響下にある大衆団体は、こぞってインド、パキスタン両国の大使館に連日抗議行動やデモを行った。

 五大国の「核兵器独占体制への固執」こそが「核実験の最大の根源」というのであれば、核保有五大国、とくに最大の核保有国である米国大使館にこそデモをかければよさそうなものである。

 共産党は、最大の核保有国である米帝国主義への批判はきわめておとなしい。せいぜい、他の四つの核保有国と同列に「批判」しているに過ぎない。

 これらの事実だけで、共産党は実践上、インド、パキスタンへの非難を第一とし、核独占体制、とくに最大の核保有国である米国を免罪していることは明らかである。

(四)米国の核の傘からの離脱を

 さらに共産党は、核実験問題と結びつけて安保条約や米国の核の傘など、わが国の進路について提示したことは、ほとんどない。

 わずかに「橋本内閣は、アメリカの核政策、核戦略への協力をきっぱりとやめ、核兵器廃絶に向けて誠意を示すべき」(五月三十日付赤旗主張)などと言ってみても、その中身たるや、「あらゆる国の核兵器を全面的に禁止する国際的合意を実現する」(五月十三日付赤旗)という、超一般的なものでしかないのである。

 こうした共産党の態度は、昨年行われた第二十一回党大会で決定された路線に基づいている。共産党はここで、保守党との共同によって政権にありつく道を公然と選択した。保守との共同のためには、日米基軸の政治と根本的に対立する主張は手控えなければならないのである。これまでもそうだったが、共産党はますます闘わなくなることは間違いない。

 明白なことではあるが、米帝国主義こそが最初に核兵器を開発し、わが国に対して使用した。また戦後も、核兵器を武器に社会主義国や全世界の労働者、民族解放勢力、中小国、さらには他の帝国主義国を押さえ込む核威嚇政策をとってきた。 CTBTとNPTは米国主導で進められてきたものであり、核実験を禁止することで「核を持つ国」と「持たざる国」の不平等を固定化、恒久化するものである。経済における国際通貨基金(IMF)と同様、帝国主義の世界支配の道具にすぎない。

 これらの事実は、世界の平和運動、核兵器廃絶運動においては、自明のことである。平和運動、核兵器廃絶運動は、米国への明確な批判があってこそ、前進することができる。ところが、米国を批判しない共産党の見解が広まれば、運動は敵を明らかにすることができず、一歩も前進することができない。最大の核保有国である米国に核軍縮を迫り、またわが国は米国の核の傘から脱却すると宣言すべきである。そのために国民各層が広く連携し、闘うことが必要である。


資料

再度の核実験に断固抗議する不破委員長の談話

九八年五月十四日付赤旗

一、世界中で強まる批判を無視して、インド政府が十三日、ふたたび核実験を強行したことにたいし、日本共産党は重ねて断固抗議する。

 インド自身も属する非同盟諸国が近年、一致して、期限を切った核兵器廃絶の実現を緊急の中心課題として追求しており、国際的にも核兵器廃絶の世論がかつてなく高まっている時に、インドのバジパイ政権が「核兵器導入の選択肢」実現を目的に核実験をおこなったことは、世界の平和にとってきわめて憂慮すべき挑戦といわなければならない。

一、歴代インド政府は、米国など五カ国だけに核兵器保有の特権を認めたNPT体制を、国際社会の原則にもとる差別条約として追及し、核兵器廃絶を主張してきた。また、その核不拡散条約のもとでの米国の核兵器政策の危険な展開について、批判してきた。これらの批判は、核兵器廃絶の大義からいっても国際的な民主主義と同権の原則からいっても、正当な根拠をもっている。日本共産党自身も、この点で、差別的な核不拡散条約体制にたいして、原則的な批判をくわえてきたところである。

 しかし、そのことによって、インド政府による今回の核実験と核兵器保有のくわだてを正当化することは、絶対にできない。それは、インド政府自身も主張してきた核兵器廃絶の事業にそむき、その大義を投げ捨てることにほかならない。

一、核不拡散条約の不合理な体制を、世界の平和を守る方向で正しく解決するには、核兵器の全面禁止を緊急に実現する以外にない。米国など現核保有国の核兵器固執にたいしては、世界の圧倒的世論の結集によってこれを打破することこそが、必要である。

 インド政府の今回の核実験のように、一部特定国による核兵器独占体制の不合理を、従来の非核保有国がみずからも核兵器保有国入りをくわだてることによって乗り越えようとすることは、世界の平和にとって危険きわまる動きであり、新しい形での核軍拡競争を促進しかねないものである。

一、日本共産党は、インド国民も含め、世界の人びとが、こうした核兵器のない世界実現に向けた正しい方向に確信をもって、可能な限り速やかに核兵器全面禁止国際条約が締結されるため、核兵器に固執する国ぐにの政府に、その立場の変更を迫るようねばりづよく働きかけることを、心から呼びかける。この道こそ、唯一の被爆国である日本の国民が、長く強く願ってきた世界平和にとっての緊急事でもある。


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