19961215(社説)

「米中新時代」と日本外交

時代錯誤、他国依存外交からの脱却を


 米中首脳会談が開かれ、八九年の天安門事件以来冷却化していた米中関係が修復され、新たな安定をめざす段階に入ることになった。
 クリントン米大統領と江沢民中国国家主席は、十一月二十四日、マニラで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の場で会談し、来年から再来年にかけて両最高指導者が首都相互訪問することで合意した。また、ゴア副大統領の来年前半の訪中などハイレベルの定期協議、朝鮮半島の平和と安定での協調、中国の世界貿易機関(WTO)加盟交渉の加速、武器輸出問題での討議の継続などを確認した。十二月五日からは、遅浩田国防相が訪米し関係改善を演出した。
 いうまでもなく台湾問題、人権問題など「時限爆弾」を抱えており、米国の帝国主義的本質が変わったわけではない。だが、太平洋をはさむ両大国の新たな戦略的な関係の模索は、二十一世紀のアジア情勢のみならず世界情勢にも大きな影響を及ぼし、新たな局面をつくるにちがいない。
 ひるがえってわが国外交はどうだ。橋本首相は、「日中関係は日米関係と並んで最も大事な外交関係」というものの、日中関係は国交回復以来最悪の状況にある。中国をターゲットにした日米安保共同宣言の片棒を担がされ、旧態依然の日米基軸、米国のアジア戦略を支える「外交」でしかない。よくいって「米中」の後追い外交で、歴史が止まっているかのような外交を続けている。
 今回の米中首脳会談は、われわれに七〇年代初めのニクソンショックを思い起こさせる。時代から立ち遅れ、他国の利害に翻弄(ほんろう)された外交の貧困を思い起こさせる。二十一世紀がアジアの時代となることはもはや何人も否定できないすう勢である。アジアに位置する国として、時代のすう勢に合致し、まともに一国の利害を踏まえた自前の外交、自主的な外交の確立は、待ったなしの国民的課題である。

米中対峙の現実の力関係の承認
 米中首脳会談でクリントン大統領は「二十一世紀に向けた米中の戦略的関係をめざす必要性がある」と強調、江沢民主席が「世界最大の先進国と世界最大の発展途上国の関係は世界にとって重要だ」と応じ、ともに完全修復に強い意欲を表明した。
 今回の米中会談の合意は、冷戦終結後の多極化する国際情勢、とりわけアジアの興隆、中国の富強化の現実、米中対峙の構造への力関係の変化を反映したものである。
 米中関係は、八九年の天安門事件、ソ連の崩壊が重なるように起き、共通の戦略的基盤を失い一挙に不安定化した。しかも中国の急速な富強化は、米国内に「中国脅威論」を台頭させ、中国を「非民主国家」と非難して登場したクリントン第一期政権は、中国に軍事的、経済的に圧力をかけるようになった。中国を長期的なターゲットにした「東アジア戦略」、日米安保共同宣言での日米軍事共同対処方針を打ちだした。とりわけ、台湾問題に干渉し、昨年六月には李登輝「総統」の訪米を許可、今年三月の「総統」選挙時には「台湾独立」「二つの中国」策動を進める台湾当局を支援して米第七艦隊を出動させた。
 今回の関係修復は、こうした米国の対中政策の破綻、変更を意味する。
 クリントン大統領が首脳会談に先立ってオーストラリアで発表した第二期政権の包括的なアジア政策こそ、その現れである。この演説のなかでクリントンは、米軍十万のプレゼンスを基礎に、(1)日米安保条約など同盟諸国との関係をさらに強化する、(2)中国への関与をいっそう深める、(3)民主主義国家を増やす、と三つの目標を掲げたが、その中心が対中改善にあることは明白である。
 「今後数年間の中国が進む方向や、両国が将来、どう大国としての姿勢を示すかが来世紀がどうなるかのカギだ。最もわれわれの利益にかなうのは、安定し、開かれ、繁栄し、世界における自国の立場に自信を持ち、大国としての責任を果たす中国の出現だ」。このクリントンの発言には、中国社会主義の平和転化の意図が含まれているが、富強化した中国の現実はいかんともしがたく、認めざるを得なくなっている。
 冷戦後の世界の多極化は予想を上回る速さである。東アジア経済の目を見張るばかりの興隆、なかでも中国の富強化は、その原動力である。中国の貿易額のランクは七八年の三十二位から、九五年には十一位に躍進した。外資導入額は昨年末までに累計で二千八百億ドルを超えた。今後十年から十五年の間に中国の経済的拡大は、日本、米国の優位を脅かす存在になる可能性が指摘されている。米国の立場から見て、急速に経済発展をする中国を制御可能な位置にとどめておけるならば利益になる。 米国の多国籍企業の要求は、ストレートである。ゴールドマン・サックスのホーマッツ副会長は、「米中改善は当然の流れだ。中国経済は極めて高い潜在成長力を秘めている。自社の国際戦略上、市場開拓の優先順位がもっとも高いエマージング・マーケット(新興市場)と言っても過言ではない。今から百年間の新たな成長を、どの事業分野に託すかと問われれば、何のためらいもなく中国関連ビジネスをその筆頭に挙げる」と。米国多国籍企業は、政治的軍事的対応にこだわっていれば中国という巨大な市場を失いかねないと焦り、関係悪化を回避するようさかんに政府に圧力をかけていたのである。
 他方、中国にとっても安定した国際環境は富強化した中国実現に向けて有利であり、対米関係の改善が核心的課題であることは言うまでもない。
 米中両国はそれぞれの戦略的利益にもとづいて、現実の力関係を踏まえた新たな関係を確立した。これは両国の長期の競争、闘争の一つの局面、対峙の局面の表現に他ならない。
 新たな米中関係がアジア、世界情勢に及ぼす影響は大きい。米中首脳外交が制度化されることになれば、国際政治上冷戦期の米ソ関係にも似た中長期的な大国間外交の枠組みができることを意味する。
 米中会談の成功は、「二つの中国」をもくろむ勢力にとって打撃となった。会談直後の十一月二十七日、南アフリカのマンデラ大統領が中国との国交回復、台湾と断交方針を表明したことは、これを象徴する事件である。米国は台湾カードを切って中国を揺さぶることは難しくなった。
 直後の江主席のインド訪問による関係改善なども含め、中国に有利な情勢である。来年七月の香港、九九年のマカオ返還ははずみをつけよう。
 国際政治の地位を高めた中国は、二十一世紀のアジアと世界の力関係を変化させずにはおくまい。江主席がいうように中国が「世界最大の発展途上国」として振る舞い続けるなら、抑圧と戦争の帝国主義から人類を解放する上で、大きな役割を果たすこととなろう。

外交めぐり真剣な国民的論議を
 七〇年代のニクソンショックほど劇的でないにしても、二十一世紀を展望するとき重大な意味を持つ新たな米中関係改善を目の前に、わが国はまたしてもカヤの外であった。
 にもかかわらず橋本首相は、臨時国会における所信表明で「日米関係は、わが国外交の基軸」といって、日米安保共同宣言にもとづくガイドラインの見直し、「極東有事」に対処する日米軍事協力強化を積極的に進める決意を述べた。何という時代錯誤、他国依存の「外交」か!
 こういう現実を進めておきながら、「日中関係はアジア太平洋、世界全体の平和と繁栄のために重要」といっても空しさが残るだけである。日中関係は、橋本首相の靖国参拝など歴史認識問題、尖閣諸島の領有権問題など日本側の責任によって最悪の状態である。この打開一つとっても、橋本政権の姿勢は、自民党内の「中国脅威論」に腰くだけだ。
 また、臨時国会で議会政党がこうした橋本政権の外交に対し、何一つ批判できないのも情けない話である。
 とまれ国際情勢をまじめに評価しわが国の進路を真剣に考えるものにとって、今回の米中会談は、米国依存のわが国外交の貧困さと危うさを今一度痛感させた。こうした状況を憂えて日中関係を打開するなど、広く各界には動きがある。
 来るべき二十一世紀にわが国が、アジアの興隆、中国の富強化を前に、米国の戦略に振り回され、敵対するような事態を回避し、共生の道を歩むために今こそ真剣な国民的論議と行動が求められている。

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