19960805

ASEANが一連の会議開催

日米安保宣言の釈明に終始した日本外交


 今年も例年のように、七月二十日からインドネシアのジャカルタでASEAN(東南アジア諸国連合)を軸にした一連の会議――ASEAN外相会議(第二十九回)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、ASEAN拡大外相会議が開かれた。今年三月の米国抜きのアジア欧州首脳会議(ASEM)の開催は、世界史に登場した東アジアの勇姿を印象づけたが、今回の一連の会議は、さらにASEANの結束ぶりと力量の増大を内外に示す場となった。
 冷戦後の多極化する世界の中で、「持てる国」・米欧の主導権に異議を唱え、「持たざる国」の立場を反映したアジア太平洋地域、世界の新たな枠組みを推進する新興勢力として国際的発言力をさらに増大させた。

10カ国体制へ、強まる国際発言力
 ASEANの力量と独自路線の強化は、次の点に鮮明に表れた。
 第一は、昨年のベトナムの加盟で七カ国となったASEANは「ASEAN十カ国体制」の早期実現へむけて大きく歩をすすめた。外相会議でカンボジア、ラオスの九七年加盟申請を受理、ミャンマーのオブザーバー昇格を確認した。共同声明では「東南アジア全十カ国が一つの屋根の下に調和して暮らす夢の実現に近づいた」と高らかに唱いあげた。
 第二は、拡大外相会議に中国、ロシア、インドを新たな「域外対話国」として迎えいれ、独自路線での求心力が高まったことである。これによって米国、欧州、日本勢など大国との関係で、より主導的な位置に立った。
 第三は、こうしたことを前提に一連の会議では、米欧の主導権に異議を唱え、ASEAN独自の要求を貫く姿勢がめだったことである。
 ミャンマーの軍事政権を厳しく非難し、事態の改善を主張する米欧諸国に対して、ASEAN側は「他国の内政には干渉しないのがわれわれの流儀。これは今後も変わらない」(アラタス・インドネシア外相)との立場を最後まで貫き、ミャンマーにオブザーバー資格を認めた。
 また、ARFの「新規参加の基準」として「主権国家」に限ることを鮮明にし、台湾問題に決着をつけた。NPT体制の不平等性を理由に包括的核実験禁止条約(CTBT)への署名を拒否しているインドの主張に理解を示した。さらに、経済面でも世界貿易機関(WTO)第一回閣僚会議(十二月)にむけ「汚職など貿易とは無関係の問題」を議題とすることに強く反対する方針を確認、東アジア経済協議体(EAEC)の早期実現を再確認するなど、独自性を鮮明にした。
 さまざまな問題を内包しているのは事実だが、ASEANの国際政治への影響力はいちだんと重みを増し何人も無視できない現実となった。
背景に東アジアの自立的経済成長
 こうしたASEANの国際的発言力の増大の背景には、いうまでもなく九〇年代に入って目を見張るような成長をとげている経済がある。
 (1)近年NIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)、ASEAN諸国、中国をふくむ東アジアの世界経済に占める地位は急速に高まっている。九四年の米国、EU(欧州連合)、日本、東アジアの世界四極相互間の貿易(輸出プラス輸入)の状況を見てみると、東アジアは、米国にとってはEUを上回り、日本にとっても米国を上回る貿易相手地域となっている。EUにとっても最大の相手国になろうとしている。【図a】
 この傾向は、過去十年間の貿易増加額をみれば、いっそう顕著だ。東アジアは、米国、日本、EUのいずれにとっても最大の相手国である。【図b】
 (2)それにとどまらず、東アジア域内の貿易(モノ)、投資(カネ)が急速に拡大、かつての日米・域外大国依存を脱却し、自立的な経済発展の極を形成しつつあることだ。
 現在、東アジアの輸出・入市場の最大の相手国は、東アジアであり、日米のシェアは低下している。
 八五年から九四年の十年間に、東アジアの域内輸出比率は、二六・二%から三八・五%へ、輸入は二六・三%から三七・一%へと上昇。対照的に日米(合計)の比率は、輸出で四七・八%から三六・六%へ、輸入で三七・九%から三三・六%へ低下。
 この傾向は、投資資金面でも強まっている。九〇年から九五年にかけて、対ASEAN諸国への直接投資を見ると、日本二百五十一億ドル、米国百四十六億ドルに対し、NIESが三百七十七億ドルとなっている。
 こうして東アジアは、対外従属を脱皮し、対外的な強靭(きょうじん)性を身につけつつあるが、その域内循環構造の中に最高の成長率と市場を誇る中国が組み込まれた事実に注目しておくべきであろう。
 (3)このような東アジアの興隆の中で、ASEANはその中心的役割を担っている。また、二〇〇三年を目標にした、域内関税を〇ー五%へ引き下げるASEAN自由貿易地域(AFTA)とASEAN体制の実現で、四億七千万人の巨大な単一市場が登場することになる。
 まさに、ASEANを含む東アジアは、二十一世紀にむけて世界経済の成長センターの役割を果たしているのである。

アジアの信頼失う日本の態度
 こうしたASEANに対して、どういう態度をとるのか、各国、勢力が態度を問われている。
 米国も、EUも、日本も、この巨大な市場を最重視し、激しい争奪戦を繰り広げている。この三月のASEM開催は、EUの側からみれば「米、日に遅れてはならじ」との挽回策であった。
 米国の「東アジア戦略」は、十万の米軍と日米安保によって、もっとも帝国主義的なやり方で、米国の権益を確保しようという策略である。
 こうしたなかで中国は、ARFに対する消極的な姿勢を転換、信頼醸成部会の共同議長国になったり、拡大外相会議の「対話国」になって、ASEANと共に進む積極外交の姿勢を鮮明にした。
 ところが、わが国の態度はどうだったか。池田外相は、日本がすでに経済的には深い関係にあるにもかかわらず、この地域の平和と安定、繁栄のためにアジアの一員として何一つ独自の積極的対応を示せなかった。
 米国のお先棒を担いで、四月の日米安保共同宣言の釈明にこれ務めただけであった。インドネシアのアラタス外相が強調した「昨年一年間に世界では三十一の地域紛争があったが、アジア太平洋ではゼロだった。これがこの地域に飛躍的な経済成長をもたらした」という認識は、「依然として不安定性および不確実性が存在する」という安保共同宣言のためにする認識への批判である。
 池田外相の釈明は、中国の警戒心を解けなかったのはいうまでもなく、中国を敵視する共同宣言へのASEAN諸国の疑念を晴らすこともできなかった。
 経済的にはまぎれもない大国であり、実態的にはますます経済関係を深めながら、政治的には自主性もなく米国の影に隠れてしか振る舞えない日本、戦後五十年も過ぎたのに侵略戦争の責任を明確にできない日本。独立心に富むASEAN諸国の信頼をさらに失ったことは間違いない。
 二十一世紀にむけて、日本がアジアの深い信頼を得、真に共生するために、日米安保共同宣言に反対し、独立・自主を確立することが、緊急の課題となっている。

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