19960715

自民党、橋本行革ビジョンを発表

大企業に元気、国民に負担増の橋本ビジョン


 自民党は六月十八日、「橋本行革の基本方向について」と題する「橋本ビジョン」を発表した。超高齢化社会になっても「国民負担率を極力五〇%を超えることがないよう、四五%程度にとどまることをめざす」ことを目玉に、「効率的でスリムな政府」をつくると強調している。
 六千八百五十億円もの税金を投入する住専関連法の成立、消費税率の五%への引き上げ確定と同日の発表は、行革に取り組む姿勢を強調することで国民の反発をやわらげようとの魂胆が見え見えだ。同時に、ビジョンは事実上自民党の選挙公約となるもので、解散・総選挙をにらんでいち早く自民党をアピールしようとするねらいも込められている。
 この橋本ビジョンには「『日本を元気にする行政システム』の確立――超高齢化社会と大競争時代に備えて」とのキャッチフレーズがつけられている。八〇年代の土光臨調と違って「政治、社会、経済システムを抜本的に改革し、これまでの価値観やシステムの歴史的転換を図る」ものだと「改革」を売り込んでいる。
 果たしてこのビジョンで日本は元気になるのか。誰を元気にするビジョンなのか。

国民負担率は、インチキ理論
 橋本行革ビジョンは、どうやって「効率的でスリムな政府」を実現しようとしているか。
 「改革の方向」として、(1)国の役割の見直しとスリム化、(2)活力と創造力を生み出す行政、(3)透明で責任の明確な行政、(4)高コスト構造是正の行政、の四つをあげている。
 「行革」という以上、もっとも肝心な部分は(1)のところだ。そこではイ、国の役割のゼロ・ベースからの見直し、ロ、財政再建と公共投資の見直し、ハ、首都機能移転とも関連させた中央官庁の再編成、ニ、公務員制度の改革、などの項目が並んでいるが、国民からみてどこにも具体的な処方箋など示されていない。新聞各紙が「選挙ちらつく橋本ビジョン」「羊頭狗肉にならないか」と皮肉ったのは、当然である。
 橋本ビジョンが正面から回答すべきもっとも肝心な問題は、財政再建である。わが国の財政赤字は、「先進国の間で最悪の状況」にある。国債残高の累計は、今年度末には二百四十一兆円。それに地方債の百兆円、各種特別会計の赤字、旧国鉄債務二十八兆円などの隠れ借金をあわせると四百兆円を突破、国内総生産(GDP)の九〇%にも達する。
 なに故にかくも財政赤字が激増したのか。それは、主として九二年八月以来の五次にわたる総事業規模五十九兆五千億円にのぼる「景気対策」、公共投資の結果である。財界・大企業のためにつかわれた結果である。
 だから「財政再建」というなら、いの一番に膨大な公共投資を削減することは当然である。ところが橋本ビジョンは、「ハード中心からソフト面への大胆なシフト」を言うだけで、十年で六百三十兆円もの財政をつぎ込む公共投資基本計画には、指一本ふれようとしない。それどころか、移転費だけで十四兆円もかかる首都機能移転の推進を唱っている。
 さらに、「財政再建」をいうなら当然にも米軍への「思いやり予算」を含む五年間で二十五兆円を計上している新中期防衛計画にもメスを入れて当然であろう。
 橋本ビジョンは、これらの財政危機を招いた元凶にはまったく手をつけようとせず、あろうことか社会保障費が財政危機の諸悪の根源であるかのようにすりかえ、「国の役割のゼロベースからの見直し」などといって社会保障に大なたを振るう宣言をしているのである。
 「国民負担率」なる指標は、すり替えのトリックだ。国民負担率とは、国民所得に占める租税負担(国税、地方税の合計)と社会保障負担(年金、医療保険など保険料の合計)の合計の割合を表す数字である。この指標は八二年の第二次臨調基本答申で初めて登場し、以来、福祉抑制の「錦の御旗」として使われてきた。スウェーデンの国民負担率七八・四%、フランス六一・八%、ドイツ五〇・八%(いずれも九〇年)と、これこそが欧州諸国の「高福祉高負担」「福祉が経済を弱くする」根拠と言わんばかりに。いま、厚生省の「二十一世紀福祉ビジョン」(九四年三月)の推計をつかって、高齢化のピーク時には六〇%を超えると危機感あおっている。
 だが、これは「大蔵省がつくったインチキな理論」(隅谷三喜男・東大名誉教授)で、税金と、社会保障財源のほとんどを占める保険料を「合わせて問題にする必然性はない」。大蔵省の担当者でさえ「国際比較には不完全な概念」と認めるシロモノだ。計算式の分母になる国民所得は消費税が差し引かれるため、消費税が三%の日本と、二〇%を上回る北欧との国際比較には欠陥がある。
 このインチキ指標・国民負担率の抑制を名分に(ビジョンで唯一数値目標を出している)、財政危機の真の原因をすり替え、「高齢化社会」を悪者扱いし、社会保障に大なたを振るおうというのが、橋本ビジョンの核心である。このぎまん的な、徹頭徹尾反国民的行革ビジョンの正体を徹底的に暴露しなければならない。

大企業の負担軽減、支援を明記
 橋本ビジョンには、もうひとつ際だった特徴がある。いたるところに企業負担の軽減、支援が明記されている点だ。
 冒頭の「基本認識」のところで、「国際社会・経済の領域でも、市場経済の拡大と深化が進む一方、ヒト、モノ、カネ、情報が極めて迅速に地球規模で動き回るようになってきている。企業は激しい競争に勝ち抜くため、有利な環境を求めて国境を越えて移動(経済の空洞化)する」時代といい、この大競争時代に「わが国がなおワールド・センターの一つとしての地位を維持していくべきだとすれば、この面からも、効果的でスリムな政府と活力ある社会・経済システムの構築は待ったなしの課題」とビジョン提起の動機をあけすけに述べている。
 「改革の方向」に、(2)活力と創造力を生み出す行政、(4)高コスト構造是正の行政なる理念をすえ、「大競争時代において直接競争にさらされるのは企業であるが、その意味で企業のコストを構成する公的負担についても見直さなければならない」と、「税負担はもとより、社会保障関係の企業負担分の見直し」を具体的に提起している。
 さらに橋本ビジョンには、大企業支援のプログラムが盛られている。「規制緩和のいっそうの推進」として「金融・証券、電気通信・運輸、医療・福祉」分野の規制を撤廃すると強調している。これらの公共サービス、医療・福祉分野を、大企業のもうけの対象に開放しようとしている。医療・福祉も、行政事務も民間に開放され、さらには「科学技術の振興と人材の育成」として「大学における研究体制について、早急に研究者の自由尊重と競争原理導入のための改革を行なう」と教育にまで踏み込んでいる。
 これらは、財界の要求にぴったりそうものだ。経団連が今年一月に発表した「『魅力ある日本』――創造の責任――(経団連ビジョン2020)」は、「国際的にみて過重になっている法人税負担水準をこのまま放置すれば、産業の空洞化、雇用情勢の悪化につながる」として、法人税の引き下げを求めている。また、「高齢化社会に向けての自助努力を促す」と述べ、公的介護保険をめぐる議論の中でも、企業負担の軽減を求めている。規制緩和も、新たな人材育成も財界の熱望である。

社会保障切り捨て、消費税大増税も
 見てきたように橋本行革ビジョンは、大競争時代に多国籍企業・大企業が勝ち抜くうえで都合のよい「行革」であり、これらひとにぎりの層だけが元気になるビジョンである。未曾有の財政危機の下、それはそのまま国民大多数への苦難・負担の押しつけである。橋本ビジョンには、選挙を意識して書かれていないが、医療・福祉など社会保障の切り捨ての具体策、消費税の一〇%への大増税などが隠されている。
 フランスでも、ドイツでも、財政赤字削減と社会保障切り捨ての「行革」攻撃に、労働者が空前のストとデモでたちあがっている。
 日本でも大企業だけに元気をもたらし、国民に苦難を押しつける橋本ビジョンに労働者階級と国民の鉄槌を下さなければならない。

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