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2021年9月15日号 2面・解説

総裁選で中国敵視、防衛強化競う

「経済安保」で「国益」は守られるか

 世界資本主義の危機が深まる中、各国間の競争が激化している。米国はトランプ前大統領もバイデン大統領も台頭する中国に対して圧力を高めてきた。中国に対するさまざまな制裁や排除、規制、禁輸などで中国の成長を推しとどめようとしている。軍事的圧力だけでなく、経済安全保障(経済安保)が重視な手段として使われるようなった。経済安保は米中関係に限らず、軍事力による安全保障ではない新たな「防衛力」とも言える。わが国でも数年来、経済安保の重要性が叫ばれるようになった。経済安保は何か一つの決まった政策ではなく、広い概念があるが、わが国の経済安保のあり方について数回にわけて紹介してみたい。

政府・自民党の経済安保
 菅政権は、今年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の中で「経済安全保障に係る戦略的な方向性として、基本的価値やルールに基づく国際秩序の下で、同志国との協力の拡大・深化を図りつつ、我が国の自律性の確保・優位性の獲得を実現することとし、こうした観点から重要技術を特定し、保全・育成する取組を強化するとともに、基幹的な産業を強靱化するため、今後、その具体化と施策の実施を進める」と、いわゆる「経済安保」を同志国(米国)との協力・拡大を図りながら具体化するとした。
 自民党は昨年十二月、甘利明氏らが中心となって、提言「『経済安全保障戦略』の策定に向けて」(以下「提言」)をとりまとめた。「提言」では、「特定国の急速な台頭や国際経済構造の急激な変化に国家として機敏に対応できず、その結果として、国家の生存と繁栄の基盤を他国に過度に依存するリスクや他国主導の国際的なルール形成に起因する国益毀損(きそん)のリスクに正面から向き合わざるを得ない状況に追い込まれつつある」と危機感を露わにした。
 そして経済安全保障を「わが国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保する」ため「戦略的自律性の確保と戦略的不可欠性の維持・強化・獲得」のため、(1)「経済安全保障戦略」を早急に策定すること(2)その上で、各省庁が所管する業法の見直しを含め、二〇二二年の通常国会における「経済安全保障一括推進法(仮称)の策定をめざすことを政府に求めている。
 また、バイデン大統領が就任直後、米国内の産業立て直し、競争力維持のため「サプライチェーンに関する大統領令」を発出したこと、欧州連合(EU)が昨年三月、欧州の産業競争力維持を柱として「欧州産業戦略」を策定、さらに今年五月には域外への依存度を軽減するための戦略改定が行なわれたことなど、米欧の動きに触れて「いずれの動向も、各国がそれぞれの戦略的自律性と戦略的不可欠性の維持と強化のための取組を急速に強化していることを示すものである」として迅速な対応を求めている。
 さらに、今年五月には自民党の新国際秩序創造戦略本部が今年の「骨太の方針」に向けた提言「中間取りまとめ」では、(ア)エネルギー、(イ)情報通信、(ウ)交通・海上物流、(エ)金融、(オ)医療の五つの戦略的基盤産業について戦略的自律性の確保や戦略的不可欠性の維持・強化・獲得などについて提言をまとめている。さらに技術の保全・育成、経済安全保障体制の抜本的強化、情報の収集・管理などについても具体的な提言をしている。
 こうして、わが国の「経済安全保障」の分野での立ち遅れを挽回し、弱点を急いで強化しようというわが国支配層の危機感が提言となってあらわれている。これは、同盟国である米国の対中政策に呼応する動きでもあるが、主にはわが国多国籍企業の権益を守るための動きと言える。

総裁選候補の政策にも
 九月二十九日投開票の自民党総裁選挙に名乗りを上げている三人の候補者の政策の中にも「経済安全保障」は重要政策の一つとして位置付けられている。
 岸田文雄氏は。「国民を幸福にする成長戦略 岸田四本柱」の二番目に、「攻めの産業政策と安心の経済安全保障 」として、「わが国の戦略的自律性と戦略的不可欠性を確保するための『経済安全保障推進法』(仮称)の策定。戦略技術・物資の特定、技術流出の防止等に向けた経済安全保障国家戦略策定と大胆な支援の実施」を挙げ「経済安全保障を担当する専任大臣の設置」を掲げている。
 河野太郎氏は、著書『日本を前に進める』の中で、経済安保について「日米同盟を強固なものにするためには、日本がアメリカを必要とするように、アメリカも日本を必要とする状況を作り出さなければなりません」「日米同盟の将来を考えたとき、軍事的な面だけでなく、経済的な面でも協力関係を密接にする必要があります」。そして、自民党の「提言」の「戦略的自律性」の維持・強化と「戦略的不可欠性」の獲得について「いずれも、経済が安全保障に大きく影響を与える昨今の国際情勢において、とても大切なことです。安全保障の形が変貌を遂げつつある中、これにしっかりと対応できるようにしていかねばなりません」と述べている。
 この二人が経済安保について一般的な必要性について述べているのに対して、高市早苗氏は、極めて露骨(正直)に経済安保の狙いと具体的な施策について、著書『美しく、強く、成長する国へ。私の「日本経済強靱(きょうじん)化計画」』の中で展開している。第三章は「経済安全保障の強化ー『深刻な中国リスク』と、わが国の経済安保の狙いが明確に中国と対抗することであるとしている。
 「日本経済を強靭化する為には、『先端技術・機微技術・戦略物資の流出を阻止する』ことなど『経済安全保障の強化』が不可欠だ」と述べている。中国の「会社法」や「国家情報法」などで日本企業の中国子会社や日本にある中国企業などから情報や技術・人材が流出していると例示、迂回貿易にも注意せよと述べている。
 また「中国製造二〇二五」など国家戦略と対抗して「技術流出を防ぐために必要な法制度整備」として「国家安全保障・整備法」「経済安全保障包括法」の策定が必要としている。さらに、「日本を守るインテリジェンス(情報)機関の強化」「国際標準化機関への影響力強化」、人材確保のための「企業経営のあり方」まで詳細な具体策を提起している。
 特にインテリジェンス機関の強化で高市氏は「内閣情報調査室、国家安全保障局経済班、公安調査庁、警察庁、防衛省、内閣サイバーセキュリティセンターなどについては、『特別枠』を設けてでも、人員と予算を増やすことが必須だと考える」と述べている。これは与太話ではなく、十二日付「日経」は、「内閣人事局と国家安全保障局(NSS)が経済安保に携わる省庁の部局の定員を来年度分を通常の人員査定とは別枠で、百〜二百人程度の定員確保する調整を始めている」と報じている。また、公安調査庁のホームページには「経済安全保障特集ページ」があり、「経済安全保障動向」として月毎の情報が掲載されているが、ほとんど米中関係とりわけ中国に関連するものばかりである。インテリジェンス機関の強化が、経済安保を口実にした情報統制や国民監視の強化につながることは必至である。
 政府・支配層は、経済安保を漠然とした遠い話しではなく、目前の必須の政策として着々と進めようとしている。
 三人の候補の政策を見る限り対中国の経済安保の推進で、大きな違いはない。
 だが、この経済安保の具体化は、「提言」が言うような「国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保する」ことにつながるだろうか。
 野党は、立憲民主党の枝野党首が「外交・安全保障について、政権を競い合う主要政党間における中心的な対立軸にすべきでないと考える」などと、日米同盟基軸の基本政策であり、経済安保をめぐって争うこともできない体たらくである。

米国追随の経済安保
 米国は、衰退する経済力を挽回するため中国に対する対抗策を強めている。これは、やり方は異なってもオバマ、トランプ、バイデンの歴代大統領の共通した政策である。目的は、中国の台頭を抑え、成長を遅らせることである。
 菅首相は四月、五十二年ぶりに「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」した日米共同声明を発表し、「反中国」の日米同盟を強化する道に踏み込んだ。「自由で開かれたアジア太平洋」を旗印にして日米同盟を軸に、豪印などを加えた四カ国による「クワッド」の関係強化や英仏など欧州諸国との共同軍事演習も頻繁に行われるようになった。軍事面でのこうした緊張激化と併せて経済面での対中対抗も強まっている。
 中国への対抗は、米国内の深刻な分裂にもかかわらず民主・共和が一致できる課題である。さらにアフガンでの敗北の失地回復のためにもバイデン政権はますます中国への対抗策を強めるだろう。中国経済とのデカップリングの動きは強まり、米国はわが国に経済安保でも歩調をあわせることを求めることになろう。
 こんにち、急速な技術革新がデジタル技術をはじめあらゆる分野で進んでおり、日米間にも競争・対立もある。その典型がかつての日米半導体交渉だった。わが国の半導体産業は米国の圧力で押しつぶされた。
 また、わが国の主要な企業はほとんど中国との経済関係が深く、中国への進出企業数も米国への進出数よりはるかに多く、最大の貿易相手国でもある。サプライチェーンも中国・アジア諸国との間で複雑に構築されている。「反中国」を旗印にした経済安保が、返す刀でわが国の企業活動に悪影響が出ることは容易に想像できる。
 誰にとっての経済安保か、何が「国益」なのか真剣に問われている。(Y)


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