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2021年6月25日号 2面・解説

中国/デジタル
人民元発行を準備

米覇権の後退を加速

 中国は、二〇二二年の北京冬季五輪までに「デジタル人民元」を発行することを計画している。中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)、とりわけ中国によるそれは、第二次世界大戦後の「基軸通貨ドル」の体制を揺るがし、ドルを使った米国の覇権を崩壊させる可能性をはらんでいる。
 デジタル通貨は現代資本主義と技術革新による、ある意味で必然的産物である。その理解のためには以下の三つに分けて理解する必要がある。(1)民間企業が発行するものを含む一般的なデジタル通貨、(2)中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)、(3)そして中国が発行を準備しているデジタル人民元である。

台頭する中国デジタル通貨
 なぜ、CBDCのなかでデジタル人民元を特殊なものとして取り扱うのか。
 それは、中国が遠からず米国を追い越す経済大国であり、市場経済を採用しつつも共産党が統治する体制で、米国から経済・政治・安全保障で全面的な攻撃を受けつつ台頭している国だからである。
 中国では、昨年十月に広東省深セン市でデジタル人民元の実証実験が始まり、以降、国内二十都市以上に拡大して続けられている。
 米投資銀行最大手ゴールドマン・サックスによれば、デジタル人民元は導入後十年間で一兆六千億人民元(約二千二百九十億ドル=約二十四兆円)が発行され、利用者は十億人、年間決済総額は十九兆人民元(約二兆七千億ドル=約二百八十兆円)、世界の全消費決済の一五%を占めるようになると予測される。
 このデジタル人民元の発行・普及は、戦後の米ドル体制を揺るがし、崩壊に導く可能性を秘めている。

ドルが必須の米国の覇権
 米ドル体制とは何か。
 第二次世界大戦後、米国の国内通貨であるドルが金との交換を保証された唯一の通貨となった(ブレトン・ウッズ体制)。米国は、世界最大の経済力と強大な軍事力を背景とする「基軸通貨ドル」を使うことで、世界を支配した。
 加えて、重要な戦略資源である原油がドルで取引され、中東産油国のオイルマネーが主に米国で運用されていることが、ドルの国際的地位に貢献している。これは、キッシンジャー国務長官(当時)がサウジアラビアに迫って結んだ秘密協定によるものだ。
 一九七一年の金ドル交換停止(ニクソン・ショック)、米国の貿易収支と国家財政の「双子の赤字」拡大、二〇〇八年のリーマン・ショックなどを経ても、依然としてドルは基軸通貨である。現在、為替取引の約四二%、各国政府の外貨準備の六〇%がドルで占められている。
 加えて、銀行間の国際決済には、国際銀行間通信協会(SWIFT)のネットワークが用いられる。これはドルへの交換を前提にしたシステムである。
 この仕組みを活用し、米帝国主義は反米国家・勢力への経済制裁を行い、締め上げてきた。
 米国内法としては「国際緊急経済権限法」(一九七七年)や、二〇一一年の同時テロ後に成立させた「愛国者法」である。大統領の権限で、外国為替や有価証券などの取引を停止できるものである。
 金融制裁の対象となれば、当該国・勢力の在米資産は差し押さえられる。これらと取引・仲介する企業は米市場から排除される。企業にとっては基軸通貨であるドルを調達できなくなり、これだけで死活問題となる。完全排除でなくても、高額な罰金を科せられるのである。
 ドルは軍事力と並び、米国の国益を実現するための「武器」なのである。

ドル使った無慈悲な制裁
 具体的な例をあげよう。
 ブッシュ(子)政権は〇五年、「ドル札偽造問題」を口実に「朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)と特別な関係」があると決めつけ、マカオのバンコデルタアジア(BDA)を「主要懸念先」と指定した。BDAは国際金融システムから追放され、マカオ当局は朝鮮関連口座を凍結した。この銀行を貿易決済や外貨取引に使用してきた朝鮮は打撃を受けた。〇七年、口座内の預金は別口座に送金されて「解決」したが、朝鮮は依然として国際金融システムに完全復帰できていない。
 オバマ政権は一二年、核問題を口実に「愛国者法」を発動、イラン中央銀行を「資金洗浄の主要懸念先」と指定した。これにより、イランと何らかの取引をするだけで米国から制裁を科せられることとなった。日本も「米国かイランか」の踏み絵を踏まされ、イランからの同年の原油輸入量は前年比八割も減った。当然、イランの打撃は深刻で、国家歳入は四割も減少し、通貨リアルは八割も下落した。輸入インフレが進み、イラン国民は今なお塗炭の苦しみを受けている。
 トランプ政権は一九年、ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」に対して「国防権限法」(一七年制定)を発動した。これは対ロシア制裁であると共に、ロシアとドイツを分断する狙いがある。制裁により、スイスの建設企業は敷設作業停止に追い込まれた。今年五月、バイデン政権は欧州との「関係改善」をもくろんで制裁を解除した。
 このように、米国は基軸通貨国という「強み」を悪用することで、国内法によって世界中の国々・勢力への制裁を発動してきた。
 ムニューシン前財務長官は「経済制裁は国際紛争における戦争に代わる手段」と明言、BDA問題発生当時のヘイデン中央情報局(CIA)長官は「金融制裁は二十一世紀の精密誘導兵器」とまで述べている。

デジタル人民元の衝撃
 中国の経済・政治・安全保障面での台頭に加え、デジタル人民元が「ドル覇権」を脅かす可能性がある。
 デジタル人民元は、中国国内のほか、中国と第三国間の貿易・投資において使われる。「一帯一路」構想の下、中央・東南・南アジアからアフリカ・欧州に至る広域で使われることになろう。中国は、デジタル人民元の共同研究を香港、タイ、アラブ首長国連邦(UAE)の各中銀と行うことも発表している。
 何より、デジタル人民元はSWIFTや米金融機関を経由しない国際送金を広げることになる。ユーロを加えれば、いわゆる「非ドル圏」が大きく広がる。
 さらに中国は、SWIFTと異なる国際銀行間システム(CIPS)を、一五年に創設している。加盟国はまだ百数カ国とSWIFTの半分程度だが、ドルに依存しない国際送金インフラとなるだろう。
 世界経済におけるドルの地位は相対的に低下することになる。米国によるドルを「武器」とした制裁は「骨抜き」にされる。米国が他国をどう喝し、屈服させ、世界を支配し続けることはますます困難になる。
 さらにドルの地位の相対化は、諸国と海外投資家による米国債の消化に不安を招きかねない。外貨準備として保有されている「ドル」は、その大部分は実際には米国債である。諸国と海外投資家による米国債購入は、米国政府の財政を支えている。このサイクルが「目詰まり」しかねない。

国際的力関係は激変へ
 先日の主要七カ国(G7)サミットと関連会議では、デジタル人民元を中心とするCBDCに「透明性」「法の支配」「健全な経済ガバナンス(統治)」を求める声明を発表してけん制した。
 だが、デジタル人民元の発行と普及を押し止めることは不可能である。
 他の新興諸国にとっても、デジタル人民元の流通にはメリットがある。金融システムが未発達な新興国では、銀行預金のかなりの部分がドル(外貨預金)である。当該国にとって自国の金融政策の影響が及ぶ範囲が限定され、米国の政策に左右されてしまう。デジタル人民元が介在することで、少なくとも、金融政策の「米国依存」を相対化できるからだ。
 連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)も、CBDCの研究を進めている。
 しかし、巨大金融独占が支配する帝国主義諸国において、金融機関の利益を奪いかねないCBDCのスムーズな発行は困難である。スマホで簡単に送金できるCBDCは、金融機関の収益基盤を崩しかねないからである。
 しかも、デジタル人民元の発行と普及が進めば、CBDCの標準規格を中国が握ることになる。CBDCが「不可避的流れ」である以上、第二次大戦後の世界を支配してきた米国にとってますます深刻な事態が進むことになる。  (O)


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