ホーム労働新聞最新号党の主張(社説など)/党の姿サイトマップ

2021年5月25日号 2面・解説

安倍前政権が進めた
RCEP承認、農業に打撃

「改革」問い、食・農めぐる
国民的議論を

 日中韓や東南アジア諸国連合(ASEAN)など十五カ国が参加する地域的な包括的経済連携協定(RCEP)が四月二十八日、参院本会議で自公与党などの賛成多数で承認された。RCEPは安倍前政権時代の二〇一三年から交渉会合が行われてきた協定。八年近くに及んだ前政権時代には、環太平洋経済連携協定(TPP)や欧州連合(EU)との経済連携協定、日米貿易協定など、大型の関税の撤廃・削減が相次いで強行され、同時に日米大企業のための農林漁業分野での規制緩和が横行した。第二次安倍政権時代からの農政改革をあらためて振り返り、食料・農業・農村のあり方を問う国民的議論につなげたい。
 RCEPは関税削減や知的財産の統一ルールなどを通じて貿易自由化を促進する枠組みで、ASEAN十カ国と、他の五カ国のそれぞれ過半数が国内手続きを終えてから六十日後に発効する。中国とシンガポールは国内手続きを完了、年内に多くの国が国内手続きを終えるとみられ、早ければ年内に発効、国内総生産(GDP)で世界の三割を占める巨大経済圏が誕生することになる。
 発効後、参加国全体で工業製品や農林水産品など九一%の品目で関税が段階的に撤廃される。また日本にとっては中国・韓国と締結する初の経済連携協定で、中韓両国は自動車部品などの関税を最長二十年程度かけて段階的に撤廃する。工業製品で無税となる品目の割合は、中国が現行の八%から八六%へ、韓国は一九%から九二%に、それぞれ拡大する。
 RCEP参加国で日本の貿易総額の半分を占め、日本政府は日本のGDPを二・七%押し上げると試算する一方、「コメなど農産物の重要五品目などを関税撤廃から除外したから農業には影響がない」としている。だが東京大学の鈴木宣弘教授が国会の参考人質疑で示した意見陳述資料によると、RCEPによる農業生産の減少額は五千六百億円強で、野菜・果樹の損失が八百六十億円と農業部門内で最も大きくなると試算されている。一方で自動車分野では政府試算で三兆円近くの生産額増加が見込まれている。
 鈴木氏の試算は、TPPや日EU経済連携協定、日米貿易協定と同じく、RCEPも「自動車産業を中心とした工業のために農業が犠牲になる」構図であることを浮き彫りにしている。

農協攻撃からTPP締結へ
 一二年十二月に発足した第二次安倍政権時代には、農業犠牲の大型協定が次々と締結・発効された。その最たるものはTPPだ。
 TPPは、一〇年にオバマ政権下の米国が交渉会合に初めて参加し、旧民主党の菅直人政権も同年に交渉参加を検討すると表明した。米国の狙いは、大国化する中国を念頭に、成長著しいアジア地域での経済・貿易ルールづくりを主導することで、民主党政権も米方針にならった格好だ。
 TPPという、米国やオーストラリア、ニュージーランドの農業大国を含む枠組みの自由貿易協定締結を検討する民主党菅政権の姿勢に対し、農業者や地方からは猛烈な怒りの声が上がった。これをみて当時野党だった安倍自民党は「聖域なき関税撤廃を前提にする限りTPP交渉参加に反対」と訴え政権を批判し「農業者の味方」を演出、一二年十二月に行われた総選挙の自民党大勝と政権交代の一因ともなった。
 しかし第二次安倍政権は翌一三年三月には早くも「聖域なき関税撤廃が前提ではない」と姿勢を一八〇度転換、TPP交渉への参加を表明した。また同年四月には日EU経済連携協定の交渉会合も始めた。
 さらに一四年四月には日豪首脳会談を行い、オーストラリアとの経済連携協定で大筋合意、一五年一月に発効させた。それまでに日本が締結した二国間経済連携協定の最大の貿易相手国でありTPP交渉参加国でもある同国との協定締結はTPP参加への地ならしとなった。  また同協定は、第一次安倍政権時の〇六年十二月に交渉開始で合意したが、当時の安倍政権は農業者からの激しい批判にさらされ、これが第一次政権挫折の一因ともなった。安倍氏はこの経験から農業者・農業団体を恨み、「関税の撤廃・削減を進めるためには農協を改革しJA全中の政治力をそぎ落となければならない」との認識に至ったとも言われている。
 実際、政権は一四年六月に「農業協同組合の見直し」が盛り込まれた規制改革実施計画を閣議決定し、翌一五年八月にはJA全中の一般社団法人化を柱とする改定農協法を成立させた。それまでJA全中はTPPに反対し何度も全国集会やデモ行進を組織してきたが、以降は全国規模の街頭行動は途絶えた。
 この後、安倍政権は大型協定締結を加速させた。トランプ政権下の米国が離脱した後もTPP締結をけん引し、一八年十二月の発効へと導いた。併せてトランプ政権の要望に応えて日本側に不利となる二国間交渉も開始、一九年十月に日米貿易協定に署名した。日EU経済連携協定にも一八年七月に署名した。

相次いだ財界の農政改革
 このような大幅な関税の撤廃・削減が相次げば農業への打撃が大きいことは明白だが、これに安倍政権は農業改革によって「農業や食品産業の成長産業化を促進」(一五年閣議決定の食料・農業・農村基本計画)して対応するとした。「強い農業」「攻めの農林水産業」などと威勢よく連呼したが、この農政改革を先導したのは財界人ばかりで構成された政府の規制改革会議で、農業・農村の現場の声はほとんど反映されなかった。実態は大型自由貿易協定を前提としたアリバイづくりだった。
 一四年三月には農地中間管理事業の推進に関する法律が施行され、農地中間管理機構(農地バンク)がつくられた。これは「生産を大規模化すれば国際競争力がつく」として、農地を大規模経営農家や生産法人などの担い手に集中させることをもくろんだものだ。しかし、市町村や農協、農業委員会との連携不足が露呈、さらに国境措置の引き下げやコメ直接支払交付金制度の段階的な廃止や生産調整の廃止などの安倍農政の姿勢も手伝って、生産者は将来に展望を描けず、全国的な担い手不足の状況は改善されなかった。
 今年四月に発表された二〇年農林業センサスによると、同年の全国の農林業経営体数は五年前と比べ、団体経営体は三万八千経営体で一千経営体(二・八%)増加したものの、個人経営体で百三万七千経営体で、五年前と比べ過去最大の三十万三千経営体(二二・六%)も減少した。自営農業の基幹的農業従事者は百三十六万三千人で、これも過去最大の三十九万四千人(二二・四%)の減少となった。全国の経営耕地面積は三百二十三万ヘクタールで、東京二十三区の三倍近い十八万ヘクタール減少した。担い手や法人化経営体に農地の集約が進んだ以上に小規模農家の離農が進み耕作農地が減少したこのことがデータで示された。
 安倍政権の農政改革は、単に成果が見られなかったわけではない。ひたすらに「やってる感」を演出しながらも、米国や多国籍大企業など「お友だち」の利益のための無責任・野放図な規制緩和が横行した。農協改革を筆頭に、生乳改革、卸売市場改革、林業改革、水産改革、さらには種子法廃止・種苗法改定・農業競争力強化支援法など、農林漁業関連分野の隅々まで改革の魔手が及んだ。
 安倍政権の罪状は数え上げれば切りがないが、農林漁業に与えた被害は広範囲・多大で、それは生産者だけでなく、地域経済や食料安全保障にまで深く及ぶことになる。

安倍農政の見直し機運も
 安倍政権時代の「農政改革」が現場からあまりに不評であるため、政府内からも見直しに向けた動きが始まっている。
 昨年三月に安倍政権下で閣議決定された新たな「食料・農業・農村基本計画」では、安倍農政改革路線から随所で見直しが行われた。中小家族経営を再評価し、経営規模の大小や中山間地などの条件に関わらず生産基盤を強化することや、食料国産率の設定などが盛り込まれた。食料・農業・農村の価値共有についての国民合意形成のための国民運動の重要性が指摘され、その中で農協の役割も再認識されている。
 コロナ禍の中で、また地球規模の気候変動の中で、農と食のあり方、国の食料安全保障のあり方を問う国際的潮流が生まれている。こうした状況も追い風に、国民的な議論と運動があらためて求められている。(Y)


Copyright(C) Japan Labor Party 1996-2021