2021年2月15日号 2面・解説
こんにち、新興諸国を中心に多くの国がCBDCの検討・開発を始めている。 また先進諸国では、デジタル通貨の一種である電子マネーや仮想通貨が、民間主導で進められている。例えばJR東日本が展開する「Suica」は電子マネーで、ビットコインは仮想通貨である。 こんにちデジタル通貨が注目されるのは、世界で二番目の経済大国である中国が、しかも国家(中央銀行)主導で開発・導入を進めているからである。昨年十月には、広東省深セン市で一週間に及ぶ実証実験が行われた。この実験は、さらに国内二十八都市に拡大して行われるという。 このように、CBDCでもっとも先行しているのは中国である。 通貨ドルによる米国の覇権 デジタル人民元の影響力を理解するには、こんにちの国際秩序における米ドルの影響力の巨大さを理解することが前提となる。 第二次世界大戦後、米国の国内通貨であるドルが金との交換を保証された唯一の通貨となった(ブレトン・ウッズ体制)。 以降、米国による世界的覇権は、経済力の大きさ(戦後直後、米国の国内総生産は世界の約四割を占めた)、強大な軍事力、そして「基軸通貨ドル」によって支えられてきた。一九七一年の金ドル交換停止(ニクソン・ショック)、米国の貿易収支と国家財政の「双子の赤字」拡大、二〇〇八年のリーマン・ショックを経ても、ドルは依然として基軸通貨であり続けている。現在でも、為替取引の約四二%、各国政府の外貨準備の六〇%以上がドルである。 こんにち、銀行間の国際決済には、国際銀行間通信協会(SWIFT)によるネットワークが用いられる。これはドルへの交換を前提にしたシステムで、ドル以外の通貨に交換・送金する場合も、一旦はドルを経由する。 米帝国主義はこの仕組みを活用することで、朝鮮民主主義人民共和国やイラン、ベネズエラなどへの経済制裁を行っている。 その法的基礎は「国際緊急経済権限法」(一九七七年制定)や、二〇一一年の同時テロ後に成立させた「愛国者法」である。大統領の権限で、外国為替取引、通貨・有価証券などの輸出入を停止できる。 米国が金融制裁を発動すれば、対象となった諸国の在米資産は差し押さえられ、これらとの取引を行う企業なども米金融市場から排除されて基軸通貨であるドルを調達できなくなる。最低でも、高額な罰金を課せられる。 米国は基軸通貨国の「強み」を悪用することで、当該国だけでなく、第三国を含む制裁措置を「国内法」で行えるのである。 ムニューシン前財務長官は「経済制裁は国際紛争における戦争に代わる手段」と明言している。 併せて、重要な戦略資源である原油がドルにおいて取引されていることが、ドルの国際的地位を維持することに「貢献」している。 ドルは軍事力と並び、米帝国主義の国益を実現するための「武器」である。 デジタル人民元への警戒 この米国による覇権は、こんにち、重大な危機に瀕している。 米国自身の衰退と、新興諸国とくに中国の台頭である。 中国は「中華民族の偉大なる復興」を掲げ、「建国百周年」である四九年に、米国を抜く大国となることをめざしている。 中国は、購買力平価ベースの国内総生産(GDP)ですでに世界第一位で、二八年には名目GDPでも米国を超え、三五年には日米の合計を超える規模になるとも予想されている。軍事力でも、いわゆる「第一列島線」内では対米比較優位を実現しつつある。 米国はこれらに加えて、デジタル人民元が「ドル覇権」を脅かすことを恐れている。 デジタル人民元は、中国国内だけでなく、中国と第三国間の貿易・投資において使われることになる。しかも、習近平政権は「一帯一路」構想を掲げ、中央・東南・南アジアからアフリカ・欧州に至る広域経済圏をつくろうとしている。 デジタル人民元は、スマートフォン(スマホ)を使うことで直接送金できる。「一帯一路」とデジタル人民元が結びつけば、SWIFTや米金融機関を経由しない国際送金が広がることになる。 米投資銀行最大手ゴールドマン・サックスの予測では、デジタル人民元は導入後十年間で一兆六千億人民元(約二千二百九十億ドル=約二十四兆円)が発行され、利用者は十億人、年間決済総額は十九兆人民元(約二兆七千億ドル=約二百八十兆円)となり、世界の全消費決済の一五%を占めるようになるという。 「一帯一路」による周辺国への影響を鑑みれば、この予想は「控え目」といってよい。 これにユーロを加えれば、いわゆる「非ドル圏」が大きく広がる。 デジタル人民元は国際通貨として急速に浮上する可能性を持っており、世界経済におけるドルの地位を相対的に低下させる可能性がある。米国によるドルを使った制裁は「骨抜き」にされ、米国が他国を脅かし、屈服させることはますます困難になる。米国の覇権を揺るがす事態である。 加えて、デジタル人民元を使った購買・決済データを蓄積するのは中国人民銀行となる。米国としては、中国にデータを握られることは容認できない。 米国が、デジタル人民元を警戒する所以である。 中国の諸政策とも関係 デジタル人民元導入の動きは、中国の他の政策からも伺える。 デジタル人民元は、中国のIT(情報技術)大手・アリババやテンセントによるデジタル決済と競合する面がある。最近、中国政府がアリババや傘下のアントへの規制を強めていることは、デジタル人民元が両社のインフラを活用することを検討している証左という観測もある。 同様に、中国による香港への影響力強化は、デジタル人民元の裏付けとしての外貨準備が、香港への資本逃避によって脅かされることを避ける狙いがあるという面も否定し難い。 さらに中国は、SWIFTと異なる国際銀行間システム(CIPS)を、一五年に創設している。これは、デジタル人民元をドルに依存せずに国際化させるインフラともいえる。 周小川・中国人民銀行元総裁は、デジタル人民元は「人民元の国際的地位を高める」ものの、「既存の通貨をリプレースしようという野心はない」と述べている。米国の警戒を招かないための政治的発言だろう。 周氏は、総裁時代の〇九年、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)を準備通貨とする案を提案したことがある。「ドルに代わる国際通貨制度」は、中国の戦略的課題なのである。 帝国主義の根幹に触れる デジタル通貨は、こんにちの資本主義の姿にも影響を与えるものである。 銀行口座を介さない送金が可能となることで、民間銀行の収益源(手数料)は毀損(きそん)する。中央銀行が金融政策によって商業銀行を操作することも難しくなる。デジタル通貨は、中央銀行・商業銀行という従来の金融・経済秩序を崩す可能性をはらむ。 これは、少数の金融資本を頂点とする独占資本主義(金融寡頭制)という、帝国主義の「枠」をも揺るがしかねないものである。 これこそ、米連邦準備理事会(FRB)や日銀がデジタル通貨の研究を行いながら、実際に発行する計画は立てられない理由である。先進資本主義国の政治・経済・社会は、大銀行を中心とする金融資本とその代理人によって握られているからである。 米IT大手フェイスブックが打ち出した仮想通貨「リブラ」構想が、米国などの猛反発を受けた理由もここにある。 それゆえに米日欧の先進諸国は、本来「先手必勝」であるはずの技術面で、中国の後塵を拝さざるを得ないのである。 代わりに、主要七カ国(G7)財務相・中銀総裁会議で、デジタル通貨発行国に「透明性」「法の支配」「健全な経済ガバナンス(統治)」を求める共同声明を発表している。中国をけん制する狙いが露骨である。 すでに米国は5G(高速通信規格)の覇権確保を狙い、華為技術(ファーウェイ)製品を排除し、同盟国に同調を迫っている。 デジタル通貨をめぐる問題は、米中の争奪をさらに激化させる。しかも、この激変は二一〜二二年と「間近」に迫っている。(O)
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