2020年12月5日号 2面・解説
菅首相は所信表明演説(十月二十六日)で、マイナンバーカードの普及やデジタル庁の創設などのデジタル・トランスフォメーション(DX)、さらに規制改革を進めることをぶち上げた。 成長戦略会議は「司令塔」 菅政権は、これに先立つ十六日、新設した成長戦略会議の初会合を開いた。 この会議は、安倍前政権による未来投資会議を廃止して新たに設置されたものである。政府の経済財政諮問会議の示す方向に沿って、制度改定などを話し合うとされている。 会議の具体的テーマは、(1)新型コロナウイルスの影響を踏まえた企業の事業再構築、(2)生産性向上、(3)足腰の強い中小企業づくり(4)強靱(きょうじん)なサプライチェーン(供給網)である。年内に、中間まとめが公表される予定である。 構成人員は、加藤官房長官を議長とし、有識者として、金丸・フューチャーCEO(最高経営責任者)、國部・三井住友フィナンシャルグループ会長、櫻田・SOMPOホールディングスCEO(経済同友会代表幹事)、竹中・慶應大学名誉教授、アトキンソン・小西美術工藝社社長、南場・DeNA会長、三浦・山猫総合研究所代表、三村・日本商工会議所会頭が加わっている。 未来投資会議に加わっていなかった「新顔」は、アトキンソン、三村、國部の三氏である。閣僚の参加者は加藤官房長官ら三人のみで、閣僚十人が加わっていた未来投資会議と大きく異なる。民間(財界人)の意見が必然的に優位を占める構成である。 また、財界人は製造業ではなく、DX推進の中心勢力である、金融やIT(情報技術)業界からの参加が目立つのが特徴である。 焦る多国籍大企業への奉仕 菅政権が進めようとしているDXや規制改革は、徹頭徹尾、多国籍大企業のためのものである。 リーマン・ショック以降の危機は、コロナ禍でいちだんと深刻化している。 世界資本主義が末期症状を呈し、企業・国家間の市場と資源、技術をめぐる争奪が著しく激化している。コロナ禍からの経済回復は容易ではなく、金融危機が迫っている。 帝国主義の世界支配は弱まり、中国、インドなどの新興諸国が台頭、諸国間の力関係も激変しつつある。 各国で階級矛盾が深まり、一部の国では内戦、暴動が頻発、無政府状態に陥っている。 わが国財界はこのような国際環境に対応すべく、政治に国内経済・社会の改革と、多国籍大企業の海外権益を守ることを求めている。財界の利益を守る、効率的で強靭(きょうじん)な国家機構を実現しようとしているのである。 このような改革政治は、二〇〇〇年代初頭に財界の主導権を握った多国籍大企業が、小泉政権に「聖域なき構造改革」として進めさせた路線の継続・深化でもある。旧民主党政権もこの課題を引き継いだが、応えられなかった。安倍前政権によるアベノミクスも、日銀による「緩和頼み」で、「三本の矢」の一角である成長戦略は、財界からすれば著しく不十分であった。 財界は、菅政権に捲土重来(けんどちょうらい)を期している。 菅政権は成長戦略会議を「司令塔」として、財界の要求に忠実に応えようとしている。 竹中「正社員なくせ」 成長戦略会議の特徴を示しているのが、竹中氏とアトキンソン氏である。 竹中氏は日本開発銀行出身で、米国で学び、小沢一郎氏の「日本改造計画」の執筆に参加して頭角をあらわした。小渕政権で「経済戦略会議」委員、「聖域なき構造改革」を掲げた小泉政権下で金融相、さらに総務相を務めた。菅首相は、竹中総務相下で副大臣であった。竹中氏が主導したのが不良債権処理や、外資を含む金融資本のための郵政民営化であった。竹中氏は第二次安倍政権でも「産業競争力会議」メンバーに就任、国家戦略特区の設置などに役割を果たした。 現在は、人材派遣業を中心とするパソナグループ会長で、オリックスなどの社外取締役を務めている。 竹中氏が進めた政策は、金融資本を筆頭とする大企業に奉仕し、労働者、中小零細企業、さらに地方に多大な犠牲を押し付けた。事実、「格差社会」という言葉が生まれるほどの事態となった。 竹中氏は、「若者には貧しくなる自由がある」「正社員をなくせばいい」「(ベーシックインカム導入と引き換えで)年金制度や生活保護制度の廃止」などと、これらの悪政を開き直り、さらに推進することを主張している。 改革政治によって、竹中氏らの関係する企業が利益を得ていることも指摘すべきであろう。たとえば、大阪市の窓口業務の多くが竹中氏が会長を務めるパソナに委託されている(前号4面参照)。コロナ対策の「持続化給付金」事業を担ったサービスデザイン推進協議会も、パソナや電通などによって設立された団体で、事業はパソナ子会社などに再委託されていることが発覚している。 血税を使った「お手盛り」にほかならない。 アトキンソン「中小淘汰」 アトキンソン氏は英国生まれで、安倍前政権の下で観光戦略を提言してきた。米投資銀行ゴールドマン・サックスの出身で、一七年に政府観光局特別顧問に就任し、「観光立国」政策を主張してきた(最初の提唱者ではない)。現在は、小西美術工藝社社長である。 政府は査証(ビザ)の発給要件を緩和するなどで、外国人観光客(インバウンド)の誘致を進めてきた。アベノミクスによる円安も、これを後押しした。 この政策はコロナ禍によって完全に破綻した。 アトキンソン氏は、「日経新聞」などにたびたび寄稿している。日本の中小企業は「生産性が低い」ので、再編・淘汰が必要だとし、その手段として中小企業基本法の改悪や「賃上げ」を主張している。彼は「(「中小企業は大切」というのは)時代遅れ」「最低賃金の引き上げは小規模事業者を減らし、労働力を中堅企業と大企業に再配分する、国全体の産業構造に影響を与える重要な政策」などと述べている。 アトキンソン氏が社外取締役を務める三田証券は、企業の敵対的買収への助言で存在感を高めている。政府は合併・買収(M&A)による中小企業の再編を促しているが、その側面支援で荒稼ぎしているのが、アトキンソン氏の関連企業なのである。 これまた「お手盛り」でなくて何であろうか。 両氏の他にも、地銀再編や「国際金融都市構想」をめぐっては、地銀との提携を進めているSBIホールディングスの北尾社長がアドバイスしているとされる。サントリーホールディングスの新浪社長や三木谷・楽天会長も、菅首相と親密な関係にあるという。 国民生活に甚大な被害 竹中氏、アトキンソン氏らの主張する政策を進めれば、国民生活・国民経済はますます破壊され、労働者をはじめとする大多数の勤労者は貧困化し、「格差」は拡大する。 菅政権内で議論されている最賃引き上げと全国一律化は、労働組合が切実に求めてきたことである。だが、政府・与党は、労働者のために審議しているわけではない。 アトキンソン氏の主張は、賃上げにで中小企業を再編・淘汰に追い込むことである。そうなれば、膨大な労働者が失業に追い込まれる。いったん失業すれば再就職は容易ではなく、非正規化や賃金低下は避けがたい。まして、改革政治で増税や社会保険料の負担増などが進めば、勤労者の可処分所得は実質減少する。 竹中氏が「正社員をなくせ」「年金制度や生活保護制度の廃止」などと叫んでいることを想起されたい。わずかな「賃上げ」が実行されても、労働者のふところが豊かにならないことは明白である。 かれらの「賃上げ」宣伝にダマされてはならない。 ただ、竹中・アトキンソンらの策動の実現は容易ではない。 日本商工会議所などの財界団体、自民党内からなどさまざまな抵抗も不可避である。すでに、三村・日商会頭は、規制改革や最低賃金をめぐり、アトキンソン氏と対立していると報じられている。 労働者の要求は闘いなしには実現できない。国民大多数のための政権を樹立することと結びつけてこそ、生活改善と国民経済の再生を勝ち取れるのである。(O)
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