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2020年11月5日号 2面・解説

菅首相が所信表明演説

財界の焦りに応える内外政策

 菅首相は十月二十六日、初の所信表明演説を行った。首相は「国民のために働く内閣」などと言うが、主な課題は新型コロナウイルス感染症対策、規制緩和を中心とする改革、中国敵視の外交・安全保障政策、統治機構改革である。総じて、激化する国際競争での勝ち残りをめざす財界、多国籍大企業の意図を全面的にくもうという姿勢を鮮明にさせたものである。
 菅政権は、発足後四十日間も国会を開かず、政治方針である所信を明らかにしなかった。議会制民主主義に照らしてさえ、きわめて無責任なものである。
 菅首相が打ち出した政策分野は大きく四分野で、コロナ対策、成長戦略、統治機構改革、外交・安全保障である。

改革姿勢が鮮明に
 菅演説の最大の眼目は、成長戦略、とりわけ規制改革に代表される改革政治である。
 菅首相が打ち出したのは、デジタル・トランスフォメーション(DX)と、そのための規制改革である。重点政策としては、今後二年半でマイナンバーカードを全国民に普及させることや、五年で自治体システムを統一すること、遠隔教育やテレワーク、押印廃止やオンライン診療の恒久化である。新設するデジタル庁は、その「司令塔」役になるという。最低賃金引き上げや観光促進などにも言及した。
 だが、これらは全国民の管理につながるものであり、菅首相の「取り巻き」の一人である三木谷・楽天会長など、大手IT(情報技術)企業を潤わせるものである。それでさえ、中国などに比しても大きく立ち遅れた、わが国経済のデジタル化の現状を改善させることは難しい。
 このほか、破綻の縁にあるわが国国民経済・国民生活を再生される政策は、打ち出されたのか。
 「活力ある地方を創る方策」としてに観光と農業改革が掲げられ、とくに農産物の輸出拡大を力説した。だが、農政の全体像は示されず、食料自給率の向上策もなかった。それどころか、コロナ対策として打ち出された「高収益作物次期作支援交付金」の支給基準を突如引き下げ、農業者を混乱に陥れている。
 菅首相は「『自助・共助・公助』そして『絆』」などと美辞麗句を並べた。その本音は「自助」、すなわち政治の責任を放棄した「自己責任」論で、それがもたらすのは大衆増税、社会保障制度の大改悪などの国民負担増である。
 菅政権は、成長戦略会議に小西美術工藝社のアトキンソン社長らを起用し、中小企業の再編・淘汰へ本腰を入れつつある。
 長引く景気低迷とコロナ禍、さらに歴代政権の悪政によって痛めつけられた国民生活・国民経済を再生するものではなく、ますます疲弊させる道である。

安倍前政権を継ぐ日米同盟
 外交・安全保障分野では、安倍前政権は「強い日本」を掲げ、米国の世界戦略を補完し、中国に対抗する政治軍事大国化の道を進めた。菅政権は基本的にその「継続」である。
 だが所信表明演説では、国のかじ取り、国家の対局に関わる方向性は打ち出さなかった。「政策の大きな方向性や政権運営の決意を述べたい」という、事前の首相の発言とは異るものとなったのである。
 菅首相は、日米同盟を基軸に「自由で開かれたインド太平洋」の実現をめざし、東南アジア諸国連合(ASEAN)やオーストラリア、インドなどとの協力を強化する戦略を打ち出した。
 すでに、日米豪印の四カ国外相会議を開催、米国主導の中国包囲網づくりに貢献すべく動き出している。
 だが、ASEANはもちろん、インドなどでさえ、米国のもくろむ中国包囲網に全面的に加わる意思はない。菅政権が力説したとしても、米国主導の中国包囲網が成功する可能性は低いのが実態である。
 沖縄県名護市辺野古への新基地建設について、予定海域内の軟弱地盤の問題に触れないまま「工事を着実に進める」と改めて言明した。安倍前首相は、一月の施政方針演説で辺野古移設に言及していなかったが、復活させた格好で、建設をゴリ押しする姿勢を示したものである。「沖縄の皆さんの心に寄り添い」などとは、笑止千万である。

展望なき対アジア政策
 一方、対中国関係については、「安定した関係」がきわめて重要だとし、「自由で開かれたインド太平洋」から「構想」を外すなど、中国に配慮するかのような姿勢も見せた。
 他方、「(中国に)主張すべき点は主張する」とも語り、対中国のイージス・アショア(地上発射型弾道ミサイル)の「代替策」に意欲を示した。
 中国は、菅首相の演説に「称賛し歓迎する」と評価した。だがこれは、菅政権を心底から信頼してのものではない。米国からの不当な制裁など攻勢が強まるなか、同盟国・日本との「二正面作戦」を避けるためのものである。
 国交正常化後、最悪の状況にある日韓関係については、「極めて重要な隣国」としつつ、「一貫した立場に基づき適切な対応を強く求める」と、韓国側にボールがあるという認識を示した。元徴用工問題など、侵略と植民地支配の歴史に対する反省はまったくない、韓国メディアが「韓日関係が安倍政権の時より悪化するのではないか」(中央日報)との懸念を表明したのも当然である。
 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)による拉致問題に関しては「最重要課題」と位置づけ、首脳会談に意欲を見せた。だが、何ら主導性のない態度に、朝鮮が応じるはずもないのは当然である。
 発効が決まった核兵器禁止条約についても、一切の言及がなかった。米軍の「核の傘」の下にある現状を開き直り、被爆国としてはまったく無責任な態度である。

総選挙前に「成果づくり」
 菅首相が「できるものからすぐに着手し、結果を出して成果を実感いただきたい」と述べたように、一年以内に近づく総選挙目当ての「実績づくり」を急いでいるのである。携帯電話料金の引き下げはその典型で、青年層の支持を獲得する狙いが込められている。
 このほか、菅首相は「国民の命と健康を守り抜き」などと述べた。だが、肝心のコロナ対策では、「検査能力の確保」は掲げるも、PCR検査の圧倒的拡充や、そのための医療機関・労働者への支援策はまったく打ち出さなかった。
 アフリカなどの新興諸国ではコロナ禍が猛威をふるい、米欧でも再燃するなか、菅政権の態度は怠慢そのもので、国民の命と健康を守るどころか、危険にさらしている。
 「二〇五〇年の温室効果ガス排出ゼロ」は、欧州連合(EU)と同じ目標である。だが、EUは旧東欧など新興諸国を含んでの目標である。しかも、パリ協定は「通過点」として三〇年時点の削減目標の提示を求めており、その流れからすれば「遅く、不十分」なものである。しかもその対策たるや、原子力発電所に頼ったものである(「原発が温暖化ガス削減に効果がある」という見解はまったくのデマである)。
 日本は火力発電への依存が大きく、目標達成は簡単ではない。原発ではなく、再生可能エネルギーの抜本的拡充が必要である。
 「行政の縦割り、既得権益、悪しき前例主義の打破」などと、統治機構改革も打ち出した。司令塔機能を持つデジタル庁創設には、この狙いもある。
 日本学術会議が推薦した会員候補六人の任命を拒否した問題には、一言も触れなかった。任命拒否は違法であるというだけでなく、国民に対する思想攻撃にほかならない。併せて、学術会議の改革を突破口に、統治機構の改革をもくろむものでもある。

生産性向上狙う財界
 こうした内外政策は、対米従属に加え、多国籍化し世界中に権益を有するわが国多国籍大企業の要求に応えるためのものである。
 財界は一九八〇年代末から、自らが国際競争に勝ち抜くことに役立つ、協力で効率的な国家を求めてきた。二〇〇一年の「奥田ビジョン」も同様で、小泉政権は「聖域なき構造改革」でこれに応えた。
 こんにち、世界資本主義は末期症状を呈し、諸国間の力関係も大きく変化している。対米従属のわが国は長期の低成長にあえぎ、国際競争力も低下している。金融緩和政策はすでに限界で、政府累積債務は先進国中最悪である。
 財界はますます危機感を深め、政治に「不退転」の決意を迫っている。「今こそ官民ともに危機感を持ち『新しい普通』の実現を目指す必要がある」(櫻田・経済同友会代表幹事)、「総論賛成各論反対の風潮を断ち切り、規制改革を完遂していただきたい」(三木谷・新経連代表理事)などである。
 菅政権はこれに応えようとしているが、それが実行された場合の結末は、すでに述べた通りである。
 犠牲にされる諸階層の怒りを結集して闘うことが求められている。  (O)


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