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2020年10月5日号 2面・解説

FRBが「新戦略」打ち出す

金融政策踏み越える異常な方針

 米連邦準備理事会(FRB)は八月二十七日、新たな金融政策の指針を打ち出した。これは、「雇用重視」を約束するなど、米国以外の国の常識からすれば、社会政策に踏み込んだ異常なものである。新戦略は、米国の衰退と、資本主義の限界を示すものとなっている。世界に大きな影響を与えることも必至で、現在の危機を深刻化させる方向に働く可能性がある。
 FRB新戦略は、きわめて異常なものである。

FRB新戦略のポイント
 新戦略のポイントは、おおむね以下の二つである。
 (1)インフレ抑制よりも「雇用」を重視し、完全雇用の達成を「広範かつ包括的な目標」と設定したこと。
 従来、FRBは世界の中央銀行としては例外的に、インフレ抑制と併せて「雇用」を任務とされてきた。これは、失業率の上下がインフレに関係するという、米国内における主流の(国際的には特異な)考え方に基づくものである。
 これにより、以前であれば、失業率が下がると金融引き締めに動いていたが、今後はそのような政策をとらないということである。緩和政策が長期に及ぶことを認めたことになる。
 (2)物価上昇目標として「長期平均で二%をめざす」としたこと。
 FRBは二〇一二年、「二%の物価目標」を正式に設定した。だがその後、ゼロ金利と大規模な債券買い入れを続けたにもかかわらず、物価は目標を下回り続けた。二〇一八年後半には二%を上回ることもあったが、これもコロナ禍で吹き飛ばされた。
 今回、FRBが物価目標を「長期平均で二%」としたことによって、物価上昇率が二%を超えても、それ以前の二%に達しない期間と相殺されることによって、すぐには引き締めには動かないことを表明したのである。
 FRBは、インフレが二%を超える期間がしばらく続くことを夢想し、そうなれば、企業や家計が消費や借り入れを増やし、投資に動くだろうと想定しているのである。

新戦略は矛盾含み
 だが、そううまく進むだろうか。
 新戦略を文字通りに解釈すれば、FRBはインフレ抑止の政策を捨て去り、「雇用」を重視することになる。
 そもそも、「長期平均で二%」という名の下、インフレを放置することを表明したとしても、それが実現できる保証さえない。FRBは遠からず、日銀のイールドカーブ・コントロールのような、追加緩和政策に踏み切らざるを得なくなる可能性が高い。
 こんにち、世界的に経済成長が鈍化し、「格差」は著しく開いている。米国でも「格差」が深刻なことは、相次ぐ「黒人差別反対」の大衆行動にあらわれている通りである。つまり大多数の労働者・人民の貧困化を基礎として、資本主義社会に特有の需要不足が深刻化しているのである。
 この下で、需要の相対的増加であるインフレが長期に続くことは、エネルギー危機や戦争、米国の債務不履行(デフォルト)でもない限り、なかなか想定しにくいことである。
 逆に、このような事態が起きるとすれば、それは米国の破局ともいえる事態である。

中央銀行の役割「再定義」
 さらに、金融政策だけで雇用が増えるわけではないというのが世界の「常識」であるにもかかわらず、中央銀行であるFRBが、雇用確保という社会政策にますます縛られることは、「金融政策の財政政策化」をますます深めることになるのである。
 ただ、米国のような考え方は、先進中央銀行関係者に、徐々に広がっているもののようである。
 日銀の若田部副総裁は「個人的には」と断りつつ、金融政策は雇用や所得状況に注目する必要があるという(米国流の)考え方について「検討する余地はある」と発言している。欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁も、気候変動リスクを「看過できない」と、金融分野以外への関心を強めている。
 中央銀行関係者の間で、自らの役割の「再定義」論議が浮上しているともいえる。これは、リーマン・ショック後のゼロ金利や量的緩和などの金融政策が、実体経済を浮上させる上でほとんど効果がなかったことの裏返しである。
 さらに、米国はもちろん、欧州でも日本でも、コロナ対策で財政がますます悪化したことによって、国債費の増大による国家破綻を避けるためには、低金利・ゼロ金利を長期に続けざるを得なくなっていることがある。
 米国では、一%の金利上昇で今後十年の利払いが約二兆ドル(二百十兆円)も膨らむといわれるほどの危機である。金融政策による財政ファイナンスは、ますます露骨になっている。
 ただ、中央銀行が雇用や環境問題などの領域に踏み込むことは、選挙という「西側流民主主義」の洗礼さえ受けない一握りの中央銀行幹部が、政治に直接手を突っ込むことである。形骸化しているとはいえ、中央銀行の「独立性」という化けの皮がはがれるだけでなく、「民主主義」の実態もまた暴露される。
 FRBの新戦略は、こんにちの金融政策のみならず、資本主義自身が限界に達していることを示すものである。

新戦略は行き詰まり必至
 資本主義の問題までいかないとしても、新戦略の成功はおぼつかない。
 一般的にインフレは、借入が多い社会層への、それ以外の層からの所得移転である。米国において、債務を抱えているのは、第一に連邦政府であり、第二に家計である。
 ただ、家計といってもさまざまで、クレジットカードを複数枚所有し、住宅ローンを抱える中間層以上の層である。むしろ貧困層にとって、物価上昇は「インフレ税」の増税にほかならない。
 半面、株式などの資産を保有する層にとっては、低金利が続くことは、資産価値が上昇し、ボロ儲(もう)けする条件となる。多くの投資家は、利回りの高い(リスクの高い)金融商品や、赤字のベンチャー企業のIPO(新規株式上場)への投機へと駆り立てられる。これは、「次の破局」を準備する爆薬でもある。
 FRB新戦略は、米貧困層からの収奪をさらに強め、「格差」をますます広げ、階級矛盾を激化させることになるのである。パウエルFRB議長は「低所得層と中所得層の人びとにとって強い労働市場を維持する」などと述べたが、政策が首尾よく進むほど、低所得層と中所得層の苦難を増すことにつながるのである。
 もう一つある。こんにち、FRBの資産規模は七兆ドルに達している。これは、リーマン・ショック当時の約七倍にも達し、コロナ禍以前の四兆ドルからさえ、二倍に近づいている。
 こうした資産規模の拡大は、中央銀行であるFRBが膨大な不良資産を抱えていることを意味している。一般的傾向として、中央銀行が「債務超過」となる可能性を高め、基軸通貨であるドルへの不安感をいちだんと高めることになる。

世界の危機を深める結果に
 新戦略は、当然ながら、世界に巨大な影響を与える。どの程度の速度と幅で進むかにもよるが、一般的に想定できることを列挙する。
 まず、他国の輸出企業は打撃を受ける。諸国は財政や金融政策で手当てすることになろうが、先進諸国はいずれもゼロ、あるいはマイナス金利状態にあり、とり得る金融政策の幅は非常に狭い。財政政策も同様で、国家債務拡大による景気対策は限界付きである。
 経常収支が赤字の新興国にとっては、事態はより深刻となり得る。輸出不振で経常赤字が拡大すれば、金融危機に陥りかねない。第三国から資金が流入すれば、当面、経常赤字の埋め合わせはできる。新興国の資金調達コストが下がり、成長につながる可能性もある。だが、これらも長続きする保証はなく、対外債務という、より大きな危機要因を膨らませることになる。
 日本にとっては、一般的には円高要因となる。米中関係や日米関係、中東など「地政学的リスク」といった、政治要因が加わればなおさらで、この可能性は、すう勢としては高まっている。
 円高になれば、輸出企業に打撃を与え、菅政権が「継続」を表明しながら、すでに破綻したアベノミクスに、まさにトドメを刺すことになろう。日銀はマイナス金利の深掘りを含む政策をめざすだろうが、効果があるかどうか。
 FRB新戦略は、金融版「米国第一」政策である。米国の都合に振り回され、危機にしわ寄せを受けないためには、先進国労働者階級が中心となって、米帝国主義を打ち倒すことが必要である。先進国労働者階級は中小諸国・人民と連帯し、米国の支配をよしとしない一部帝国主義ともときには連携する、国際的戦線をつくって闘わなければならない。(K)


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