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2020年9月15日号 2面・解説

自民党総裁選

内外の危機に対応策は限界付き

 自民党総裁選挙が九月十四日に行われ、菅官房長官が選出された。総裁選には菅氏、石破元幹事長、岸田政調会長が立候補した。マスコミは「政治が変わる」かのような幻想をあおっている。だが、歴代自民党政権が繰り返してきた「疑似政権交代」にほかならず、三氏は「対米従属で多国籍企業のための政治」で同じであることはいうまでもない。それでも、三氏の主張には、安倍政権の限界と内外政治環境の危機が反映されている。
 三氏はいずれも自民党員であり、閣僚経験者である。マスコミが「見解の違い」をことさらに書き立てたとしても、「対米従属で大企業のための政治」という点での違いはなく、勤労国民が期待を抱ける人物でないことは明らかである。
 それでも、三氏の主張とその違いには、わが国を取り巻く深刻な危機が反映している。

アベノミクスをめぐって
 安倍政権下の七年八カ月、「経済再生」を掲げた安倍政権が行ったのは、日銀の緩和策に依存したアベノミクスである。緩和政策は株価をはじめ資産価値を押し上げ、投資家にばく大な利益をもたらした。円安は多国籍大企業の海外収益を押し上げた。一方、国民大多数の富は収奪された。
 だが、緩和策はすでに限界である。流通国債の半分近くを日銀が保有し、上場投資信託(ETF)を通じて、日銀が間接的に株式を五%以上保有している企業は二百社を超えており、一〇%以上保有している企業も約五十社に達する。
 何より、アベノミクス下でも実質国内総生産(GDP)はほとんど伸びなかった。それどころか、コロナ禍によって、名目GDPは六年前の水準に逆戻りした。アベノミクスは完全に破綻したのである。
 この政策を引き継いだところで、わが国国民経済を発展させることはできないし、国民生活の向上はなおさらあり得ないのである。
 ところが、菅氏は、日銀による金融緩和策を基本的に受け継ぐ立場を明確にさせている。さらに「必要があれば金融政策をさらに進めていきたい」と、さらなる緩和策に踏み込む可能性も排除していない。岸田氏もアベノミクスを「評価」している点では同じだが、「平時に戻すための努力」と、「出口」を探るべきだとしている。
 他方、石破氏は「一部の人だけに利益が及んでいないか」「株式相場の健全性」に疑問を呈している。
 ただ、当面は緩和政策を継続すべきだとの立場では菅、岸田両氏と同じであり、この点で三氏は、基本的には「アベノミクスの延長」である。
 勤労国民には、苦難が続くことになるのである。

DXで焦り深める財界
 それでも、三氏ともいくらかの「手直し」を言わざるを得ない。
 とくに財界が抱く不満の第一は、成長戦略の実行である。コロナ禍によって、デジタル化など技術革新におけるわが国の立ち遅れが徹底的に暴露された。財界は激化する国際競争に勝ち残ろうと、政府の尻を叩き、デジタルトランスフォーメーション(DX)に金切り声を上げている。
 これに応えるように、菅氏はデジタル庁の創設、岸田氏もデータ庁の創設を主張しており、大差はない。
 菅氏が「行政の縦割りを打破」と述べたように、DXは、官僚組織の「抵抗」を打ち破り、さらなる「官邸主導」の政治を実現するという狙いもある。
 財界にとっては、これらでさえ「生ぬるい」ものであろう。安全保障上重要な物資や特許、データなどの流通に関する分野にまで、各国財界、支配層の関心事は拡大している。それでも、立ち遅れ、財源も人的資源も乏しいわが国が「追いつき、追い越す」ことはきわめて困難である。
 国民諸階層にとっては、DXや規制改革は既存の産業を破壊し、中小零細企業を倒産・廃業に追い込むものである。個人情報はデジタル化で漏えいする危険性が高まる。「利便性」だけで推し量れない危険性があるのである。
 中小企業を支持基盤とする自民党にとって、実現は容易ではない。

財政再建で国民負担増
 財政支出も、安倍政権のアベノミクスを支えた。だが、国民生活を豊かにできるはずもなく、政府累積債務(財政赤字)はいよいよ深刻化した。累積債務はGDP比で二五〇%に達し、先進国中最悪である。財界は、この解決の道筋をつけることも求めている。
 その中心は、社会保障制度の改悪と、消費税増税などの大衆増税である。
 菅氏は、安倍政権の「経済成長なくして財政再建なし」を引き継ぎつつ、消費税増税に言及した。だが、反発を恐れて「今後十年(税率を)上げる必要がない」「あくまで将来的な話」と、発言を修正せざるを得なかった。  岸田氏は「日本の信用に関わる」と、より財政再建に「熱心」なようである。石破氏も同様の立場である。  菅氏が口を滑らせたように、早晩、消費税率の再引き上げを中心とする大衆増税、社会保障制度の大改悪に踏み切ることは疑いない。これは、国民生活をさらに追い込むことになるのは必定である。

国民生活をめぐって
 菅氏は、最低賃金の引き上げを掲げた。岸田氏は格差の是正や中間層への支援に焦点を当てている。石破氏は地方や低所得者層の雇用と所得の向上を重要政策に挙げている。
 安倍政権下では最低賃金の引き上げが進められたが、労働者の貧困化は進んだ。消費税増税や社会保険料などの実質的税金の負担増などで、可処分所得はさらに減っている。
 また、最賃引き上げは、これに耐えられない零細企業を淘汰し、生産性を向上させる狙いもある。さらに、最賃額がもっとも高い東京都と、低い地方との格差は二百円以上と、いちだんと開いた。これは、地方の疲弊に拍車をかけた。
 このほか、菅氏は、任期中の「待機児童ゼロ」を打ち出した。安倍政権は二〇年度末での「ゼロ」を掲げたが達成できず、その尻拭いが課せられた格好である。また、不妊治療への保険適用などを打ち出した。岸田氏も、具体性はないものの「出産費用を実質ゼロ」などと述べた。石破氏も、男女の賃金格差是正などを掲げた。
 地方政策について、菅氏が掲げるのは、外国人観光客(インバウンド)や農産品輸出の促進など、基本的に安倍政権の政策の継承である。
 さらに菅氏は、地銀再編を打ち出した。これは、地方住民への利便性低下、地方経済の疲弊に拍車をかけかけないものである。
 「地方創生」をウリにする石破氏は、「グレートリセット」を掲げ、「この国の設計図を書き換える」という。具体的には、安倍政権下で起きた「モリカケ問題」などの腐敗や「東京への一極集中の是正」を指すようで、「地域分散型の内需主導経済」を掲げている。だが、詳細はいまだ明らかではない。
 現在の需要不足(供給過多)は、国民の貧しさ、貧困化に根本的な原因がある。ここにメスを入れなければ、国民生活の再生はない。
 これは、資本主義につきものの矛盾でもある。これら全体の打開の道は、三氏とも示せるはずもないのである。

日米同盟では同じ
 安倍政権は、米国の世界戦略と結び付いて中国を敵視・包囲する、政治軍事大国化を進めた。
 国家安全保障会議(NSC)設置、武器輸出三原則の廃止、特定秘密保護法や共謀罪、集団的自衛権のための安全保障法制、南西諸島への自衛隊配備などである。防衛予算は六年連続で最高額を更新している。「敵基地攻撃能力」や憲法九条改悪、コロナ禍を悪用した「非常事態」制定も策動されている。
 こうした外交・安全保障政策によって、正常化以降最悪の日韓関係など、わが国は世界で孤立している。
 三氏とも、これらの延長上に、日米基軸、安保体制の強化を訴えている。
 菅氏は安倍政権同様、拉致問題の「解決」を主張した。岸田氏は「ソフトパワー」に言及、地球規模での課題で「国際ルールづくりを主導する」と述べた。
 安倍政権がレガシー(政治的遺産)とすべく最後までこだわった憲法改悪については、菅氏は「与野党の枠を超えて建設的な議論がされる環境」と述べ、野党を引き込んんでの議論を呼びかけた。岸田氏も、自民党案に基づく議論を呼びかけてはいる。
 二氏に比べると、石破氏の主張にはやや特徴がある。
 石破氏は、「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」、「アジアで集団安全保障の仕組み」を主張、朝鮮との関係では、東京と平壌に連絡事務所を設ける構想を示した。また、「敵基地攻撃能力」を「憲法上は可能」としつつ、日米安保との関係に触れるなど、やや幅を持たせた見解を述べている。憲法問題でも、参議院選挙における「合区解消」のための改憲を打ち出すなど、地方の支持を得る狙いを込めているのが特徴である。
 石破氏の思惑は明らかではない。「連絡事務所設置」は実現の可能性は低いし、米国が承認するとも思えない。それでも、安倍政権が「戦後外交の総決算」と言った対朝鮮関係で、民族的課題を解決しようという、支配層の一部の意見が反映したものとはいえそうである。
  *   *   *
 以上のように、三候補の主張では内外の危機を打開できないことは明らかである。これは、安倍政権への対抗軸を示せないままに終わった議会内野党にも、程度の差はあれ、いえることである。
 労働者・労働組合は後継政権への幻想を捨て、闘いで追い詰め、打ち倒し、国民大多数のための政権を樹立しなければならないのである。(O)


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