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2019年12月15日号 2面・解説

中南米諸国で通貨安が加速

 新たな金融危機に
つながる可能性

 中南米の通貨下落が著しい(3面にグラフ)。
 債務不履行(デフォルト)危機が浮上しているアルゼンチンでは、通貨ペソが年初来、約四割も下落した。チリ・ペソの年初来の通貨下落率も、約一六%となっている。ブラジルでも、通貨レアルが過去最安値となった。メキシコ・ペソも数カ月ぶりの安値を記録した。米国による不当な制裁を受けているベネズエラは、ハイパーインフレ(通貨安)に陥っている。


リーマン後の流入と流出
 リーマン・ショック後、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)など先進諸国中央銀行は、空前の金融緩和に踏み込んだ。
 有り余った資金は、巨大金融機関を通じて株式や商品など世界の市場に流れ込み、「資産バブル」を生み出した。併せて、新興諸国への直接投資、証券投資の資金ともなった。新興諸国はこれを背景に、一定の経済成長を実現した。
 危機後数年を経て、先進国中央銀行は、FRBが二〇一五年末に利上げに踏み切るなど、金融政策の「正常化」に動き出した。この時期、新興諸国からの資金流出を危惧する声があったが、さほどの混乱は起きなかった。
 だが同時期には、一五年夏の「人民元ショック」を機に、世界経済の成長鈍化が鮮明となっていた。リーマン・ショック後の世界経済をけん引した中国も、「調整」の必要性と相まって、成長が鈍化した。
 こうしたなかで一七年、「米国第一」を掲げたトランプ政権が登場した。トランプ政権は、台頭する中国を抑え込むため、追加関税を手始めに全面的攻勢を始めた。この巻き返し策は、世界経済の危機をいちだんと深めている。
 さらに、人工知能(AI)や5G(第五世代通信規格)など急速な技術革新が各国・各企業間の争奪を激化させ、危機を深刻化させている。
 米国は今年七月、利下げに転じざるを得なくなった。これにより、一般論では、新興諸国の通貨は相対的に上昇傾向となり、資金は再度流入傾向となるはずである。
 だが、実際には新興国への資金流入は進まず、むしろ「リスク回避」を目的に新興国通貨が売られている。なぜか。

中南米経済低迷の背景
 中南米諸国の相次ぐ通貨安の背景には、経済状態が「ゼロ成長」近辺に悪化していることがある。国際通貨基金(IMF)の見通しでは、中南米諸国の成長率は〇〇年代には五%前後だったが、一九年はわずか〇・二%にとどまる。
 また、多くの国が、経常収支と国家財政の「双子の赤字」を抱えていることがある。世界経済の低迷を背景に、原油やシェールガスなど資源価格が低迷していることは、中南米諸国の「双子の赤字」をさらに加速させた。たとえば、アルゼンチンの国家債務は、国内総生産(GDP)の約一〇三%にも達している。
 中南米諸国が中国への依存度が高いことも理由の一つである。ブラジルは、輸出の約二六%、輸入の約一九%が中国である(一八年、以下同)。その中国経済が、米国からの「貿易戦争」などによって成長率が落ち込んだことの影響がある。チリも輸出の約三分の一、輸入の約二三%が中国である。
 わが国マスコミはいわゆるポピュリズム(大衆追随主義)に責任を転嫁するが、きわめて一面的な見方である。

各国の対応策
 こうした背景によって、通貨安が進行している。通貨安は輸入物価を引き上げ(インフレ)、国民生活を悪化させしている。外国からの投融資に依存していた企業は、資金の引き揚げによって倒産に追い込まれ、そこで働いている労働者は失業に追い込まれた。たとえば、ホンダは、アルゼンチンの自動車生産から撤退することを決めた。外国人投資家に債券を販売していた国家も、資金負担が増大した。
 中南米諸国は、急速な通貨安への対応を余儀なくされている。
 チリ中央銀行は為替介入で通貨安を食い止めようと、外貨準備(現在約三百九十億ドル)の約半分を投じて「ドル売り・ペソ買い」の為替介入を実施すると発表した。
 ブラジル中銀も「ドル売り・レアル買い」の為替介入を行った。だが、一方で景気対策のために政策金利を引き下げる(五%に)など、通貨安につながりかねない政策も採らざるを得ない苦境にある。
 アルゼンチンはすでにデフォルト危機に直面している。
 アルゼンチンだけの危機であれば、世界経済全体への影響は大きくはない。デフォルトの保険債券ともいうべきクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を保有している投資家にとっては、荒稼ぎの好機でもある。
 ただ、危機がアルゼンチンだけにとどまる保証はなく、投資家は危機感を深めている。

階級矛盾が激化
 一部の中南米諸国は、危機脱出のためにIMFに資金援助を求めた。求めた国は融資条件として、そうでない国は自ら、緊縮財政策などの「痛み」を伴う政策を断行した。
 これに対する、国民犠牲の政策に対する反発が広がっている。
 チリのピニェラ政権は、地下鉄の運賃引き上げなどの緊縮財政策を打ち出した。これも対する反政府運動が激化し、百万人規模のデモが起こった。これにより、十一月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)のチリ開催は中止に追い込まれた。
 アルゼンチンでは、国民の三分の一が貧困状態にたたき込まれ、緊縮策を進めたマクリ大統領が十月の大統領選で敗れた。フェルナンデス新大統領は、IMFに返済の猶予を求めている。認められる可能性は低いが、「貧者の抵抗」は当然のことである。
 同じく、IMFとの合意によって緊縮財政策を強いられているエクアドルも、燃料補助金の削減に反対する大規模デモが起きている。
 ブラジルでは、右派・ボルソナロ政権が年金制度改悪法を成立させたのに続き、公務員の給与引き下げなどで歳出削減を進め、国民の反撃が始まっている。
 ホンジュラスでも、エルナンデス政権による医療・教育サービスの民営化計画に対する抗議デモが高揚している。
 コロンビアでも、ドゥケ政権による年金制度改悪などに反対し、全国ストライキが闘われた。
 中南米諸国は、まさに騒乱状態になっている。階級矛盾の激化による各国政府の不安定化は、通貨安をさらに加速させている。

危機が世界に波及か
 通貨安の危機は、中南米諸国だけにとどまらない。
 トルコでも通貨安が起き、大幅利上げを余儀なくされた。これにより、四〜六月期の実質GDPは前年同期比で一・五%も後退した。エルドアン政権の求めに応じ、中銀は七月に大幅利下げを行ったが、またも通貨安に襲われている。
 エジプトも通貨安にさらされ、シシ政権に対する抗議運動が高まっている。インドネシア・ルピア、マレーシア・リンギ、韓国・ウォンなどのアジア通貨も一時、下落傾向を示した。
 しかも、ここにトランプ米政権の「米国第一主義」が加わる。
 すでにトランプ米政権は、ブラジルとアルゼンチンから輸入する鉄鋼とアルミニウムに追加関税を課すと表明した。両国の通貨安を意図的なものと決め付け、米国の輸出品が不利を受けていると主張しているのである。
 同様の非難は、すでに中国に対しても行っている。昨今の中国は、人民元安への誘導というよりも、むしろ、元安を介入で押しとどめているのが実態である。だが、トランプ政権は八月、中国を「為替操作国」に指定、追加関税措置を合理化する口実とした。
 トランプ政権の態度は、世界経済の現状からすれば荒唐無稽な難クセで、大統領選挙に向けたパフォーマンスである。それでも、追加関税が実行されれば、対象となった国だけでなく、世界経済をさらに不安定化させるものである。
 中南米諸国の混乱は、新たな世界的金融危機につながりかねない「芽」の一つとして育ちつつある。(K)

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