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2019年10月5日号 2面・解説

中銀の「緩和競争」再び

 「出口」どころか危機は深刻化

 欧州中央銀行(ECB)理事会は九月十二日、量的緩和政策(QE)の再開を決めた。米連邦準備理事会(FRB)も十八日、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を〇・二五%引き下げるなど、二カ月連続の利下げを決めた。英イングランド銀行、日銀は追加緩和を見送ったが、世界的緩和競争が再開されたことは明白である。これは世界資本主義の危機の深まりを示すものである。


 ECBによるQEは三年半ぶりで、月二百億ユーロ(約二・四兆円)のペースで国債などを買い入れるというものである。さらに、銀行がECBに余剰資金を預ける際の金利を現在のマイナス〇・四%から同〇・五%に引き下げた。マイナス金利の「深堀り」である。さらに「物価目標の実現がしっかりと見通せるまで」政策金利を引き上げないと約束した。これにより、当分の間、金融政策の「正常化」に踏み込まないことになる。
 FRBは、FF金利の誘導目標を年一・七五〜二・〇〇%とするとともに、民間銀行が預ける超過準備預金への付利を二・一%から一・八%に引き下げた。

リーマン後の大規模緩和
 二〇〇八年のリーマン・ショックを機に、世界的な金融危機が発生、実体経済も恐慌に陥った。
 世界の中央銀行はほぼいっせいに、空前の金融緩和に踏み込んだ。
 FRBは政策金利の引き下げに加えて三次に渡るQEを実施、イングランド銀行もほぼ同様の措置を行った。ECBもギリシャなどの国家債務(ソブリン)危機を経て、一四年にマイナス金利を導入し、一五年にはQEを開始した。日銀は一三年、黒田総裁の下、それ以前からの緩和政策からさらに踏み込んだ「異次元緩和」に踏み込んだ。
 さらに、各国政府は景気対策として膨大な財政出動を行った。政治面でも、二十カ国・地域(G20)会合などで「国際協調」を図った。中国は四兆元(約五十三兆円)の景気対策で、需要をつくり出した。
 これらによって、世界経済は破局に陥ることから逃れられた。
 だが、緩和政策によって膨大なマネーが垂れ流された。米ドルを例にとれば、ワールドダラー(ベースマネーと外国保有の米国債の計)は、リーマン・ショック後、四倍以上に膨らんだ。
 中央銀行の資産規模も急速に膨らんだ。たとえば、FRBは約四・五倍になった。
 低金利でただ同然の資金を受け取った巨大企業や投資家は、株式などの金融市場、新興国への投資などでますます巨利を得た。
 金融緩和政策の正体は、巨大金融機関を頂点とする多国籍大企業、投資家を助けるものであり、労働者をはじめとする全世界人民からの収奪にほかならない。
 全世界人民はますます「生きられない」状況に突き落とされ、自国政府への不満を高め、闘いに立ち上がっている。合法・非合法にかかわらず、各国で階級矛盾が激化している。

「出口」もままならず
 こうした対策にもかかわらず、とくに一一年以降、世界経済の実質成長率の鈍化は鮮明となった。このわずかな成長さえ借金、すなわち、官民(政府と企業、家計)の債務拡大によって支えられたものである。
 他方、緩和政策を続けた中央銀行は、バブルの膨張とその破裂を恐れ、金融政策の「出口(正常化)」に迫られるようになった。「出口」とは、QEの停止と資産縮小、さらに政策金利の引き上げである。
 FRBは、一四年にQEを終了させ、一五年十二月に約九年半ぶりに利上げを行ったのをはじめ、九回にわたる金利引き上げを行った。ECBも一八年十二月にQEを終了し、利上げのタイミングを探っていた。
 だが、米国の政策金利は最高時でも二・二五%〜二・五〇%であった(FRBは三・五%を目標としていた)。ECBは、利上げに踏み出すことは一度もできていない。日銀に至っては、QEの停止さえ展望できない状況である。金融政策の「出口」には、ほど遠い状況であった。
 それでもFRBは、一九年七月に十年ぶりの利下げに追い込まれた。今回の利下げは、これに続くものである。
 背景は、世界経済の成長鈍化がさらに鮮明になったことである。世界貿易の伸びも鈍化が鮮明で、一九年は〇九年以来の低さが予想されている(国際通貨基金=IMF)。
 米国では、中国に対する制裁措置が自国に跳ね返るなどでの経済成長の減速や、レイオフ(一時解雇)の急増である。さらに、大統領選挙を意識したトランプ政権の「利下げ」要求に配慮したのである。
 ECBも、英国の欧州連合(EU)離脱や、イタリアの政情不安などの「政治リスク」に備えることに迫られた。結局、再度のQEに追い込まれたのである。

「緩和競争」の再開
 最大の経済規模を背景とするFRBとECBが再緩和に踏み出したことは、世界経済に巨大な影響を与え始めている。
 ブラジル、オーストラリア、フィリピン、トルコ、ロシア、メキシコ、インドネシアなどの新興諸国は、次々と政策金利を引き下げた。中国も、預金準備率を下げた。
 新興諸国には金利を米ドルと連動させる「ペッグ制」を採用している国が多いとはいえ、まさに世界的な「緩和競争」である。
 これはすなわち「通貨戦争」と同義であり、どの国も、海外への輸出で自国経済を再建する道を強化することにほかならない。急速な技術革新と相まって、世界の市場と資源をめぐる争奪は、ますます激化せざるを得ない。
 これは政治に反映し、諸国間の対立はますます鋭くなる。「自国第一」の立場をとらない限り、政権が倒されかねないからである。
 まさに世界は大激動で、「戦争を含む乱世」である。
 日銀による「正常化」はますます展望できなくなり、「マイナス金利の深掘り」などが迫られる事態となった。
 だが、すでに発行済み国債の約四割を日銀が保有しているなど、緩和政策は限界である。「マイナス金利の深掘り」は、経営難の地域金融機関の経営をさらに悪化させ、地方の疲弊をさらに深めかねない。
 緩和政策は世界的に限界をさらし、危機を深めているが、わが国ではとりわけ深刻なのである。

資本主義の末期症状深刻に
 リーマン・ショック後の経過を見れば、金融緩和だけでは経済を成長させることはできない。
 各国中央銀行が繰り返す「物価目標」はいずれも達成できていない。それどころか、ゼロ・マイナス金利が長期化することで、「デフレ心理を促している可能性もある」(マーティン・ウルフ・英「フィナンシャルタイムズ」チーフ・エコノミクス・コメンテーター)。デフレが定着することで、景気後退の長期化、失業率の上昇、賃金低迷となる。
 こうした状況下、中銀が金融政策の目安とすべき対象が「物価目標」なのかどうかさえ、怪しいものとなっているのである。
 中銀、世界の支配層は「何を目安に金融政策(ひいては経済政策)を行えばよいのか」さえ、分からなくなっているということである。
 先述したように、世界には資金があふれている。官民の過剰債務も空前の規模になっている。米国は衰退を巻き返すため、中国に対する攻勢を激化させている。英国のEU離脱は、世界に何らかの衝撃を与えずにはおかない。世界を破局に突き落としかねない「爆薬」はいくつもある。再度の金融危機が近づいている。
 世界の支配層、中銀がとり得る対応策は、ますます限られている。支配層は現状にとどまれなくなっており、戦争以外の「打開策」がとり得るかどうか。MMT(現代貨幣理論)のような怪しげな「対応策」が吹聴されるのも、危機の深さが背景である。
 この根源は、人民が貧しく、消費が増えないからである。賃金を大幅に引き上げ、社会保障制度を充実させて不安感をなくし、雇用を安定させてこそ、「デフレ脱却」が可能になる。だが、自らの利を求めて飽くことがない多国籍大企業、投資家、その代理人である各国政府には、労働者・人民を豊かにすることなど思いもつかないことで不可能である。
 まさに世界資本主義は末期症状で、その度合いは深刻化している。
 支配層、帝国主義者が人民に犠牲を押し付けて支配を再編して危機を乗り切るか、全世界、とくに先進諸国の労働者階級が革命政党を鍛えて政治的に前進するか、情勢の推移はその「競い合い」にかかっている。 (O)


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