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2019年8月25日号 2面・解説

米経済/
FRB利下げで世界に波紋

 米国内の矛盾はきわめて深刻

  世界経済は成長率の鈍化と債務拡大のなか、米連邦準備理事会(FRB)が再度の金融緩和に踏み出すことで不安定さを増している。再度の金融危機が迫っている。こうしたなか、マスコミは米国経済を「独り勝ち」などと評価しているが、事実は異なる。米国経済の先行きは世界に大きな影響を与え、それは対米従属のわが国の環境を大きく規定する。


  マスコミは米国経済について、「十年を超える持続的な改善」「史上最長の景気拡大」(ニューズ・ウィーク)などと宣伝している。
 確かに、二〇一八年第4四半期の実質国内総生産(GDP)は前期比年率で二・六%増で、前期から減速したものの、他の先進国に比べれば「高い」ことは間違いない。失業率は五十年ぶりの低水準に近い。
 この「持続的な改善」は、リーマン・ショック後の大規模な財政出動、金融緩和による株高、政府と民間(企業と家計)の債務拡大、さらにトランプ政権による金持ち減税などによって、辛うじて支えられたものである。

米企業のリストラ相次ぐ
 だが、今年に入って局面は明らかに変わっている。
 実質GDP成長率は、一九年第1四半期の三・一%から、第2四半期は二・一%に減速している。
 米国による中国への相次ぐ制裁措置も、ハイテク業界をはじめ、米企業に悪影響を与える「ブーメラン」となっている。金融環境は、長期金利が短期金利を下回る「逆イールド」(景気後退の予兆とされる)を呈した。 米企業の一九年第1四半期の企業収益は、一株利益が前年同期比で十一・四半期ぶりに減益となる見通しである。
 米大企業は景気後退を意識し、それに備えて労働者への犠牲しわ寄せを強めている。
 自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)は今年に入って以降、四千人の解雇を発表した。トランプ政権による鉄鋼関税の引き上げや原材料高を理由としている。これだけではない。一八年第4四半期、企業の人員削減計画は十七万二千六百人に達し、前年同期から八割も増えた。続く一九年一〜二月も同六割増となっている。
 こうしたなかでFRBは七月末、十年半ぶりの利下げ(〇・二五%引き下げ、年二・〇〇〜二・二五%に)を実施した。さらに、資産縮小を年内に終了する構えに転じ、九月中旬の連邦公開市場委員会(FOMC)での追加利下げに含みを持たせた。国内矛盾の深刻化に対処を迫られたのである。
 この影響と、米中協議が進展する(その当時の)「予想」と相まって米株価は一時急回復を見せたが、この乱高下は「次の破局」の芽となっている。

国内の格差が大きく広がる
 「持続的な改善」の裏側で、米国内の矛盾は深刻さを増している。
 人種暴動、銃・麻薬などの犯罪だけではない。
 米国では、「スーパースター都市」と呼ばれるごく一部の都市と、その他の都市、地方間の「格差」がますます著しくなっている。
 「スーパースター都市」の例が、テネシー州ナッシュビル、カリフォルニア州サンフランシスコ(ハイテク業界の中心都市)やテキサス州ヒューストン(エネルギー産業のメッカ)などである。
 たとえば、ナッシュビルは州都ではあったが、以前は「カントリー・ミュージックの町」という以上の存在ではなかった。だが、リーマン・ショック以降、市当局による大規模開発計画によって、数千室以上のホテル群、コンベンションセンターができあがり、通販大手アマゾンは五千人を雇用する巨大物流拠点をつくった。テネシー州も、金持ち優遇の所得税制を導入して企業誘致を進めた。
 これにより、〇〇年〜一七年で、人口は十二万人以上も増加した。同規模の人口を持つデンバー(コロラド州)では、同期間に六万人程度しか増えていない。ナッシュビルの雇用増加率は七年で約三〇%で、全米平均の二倍、地方(都市以外)の平均の六・七倍にあたる。
 「ロイター」によると、一〇年〜一七年において、米国の三百七十八の都市を比較すると、新規雇用の四〇%が上位二十都市で生み出されている。賃金上昇に占めるシェアもほぼ同様だった。この二十都市のほとんどは、南部・沿岸部に集中しており、北東部にはまったくない。内陸の「ラストベルト地帯」に位置する都市は、どん底から少し「回復」したデトロイト市など二都市しかない。
 ただし、これら二十都市の人口総計は、全米人口の約四分の一にしかならない。
 上位二十都市とそれ以外、さらに地方との格差は大きく開いている。一六年の大統領選挙では、この二十都市のほぼすべてで、民主党のクリントン候補が勝利した。
 トランプ政権は、こうした「発展」から取り残された地方の不満を、「米国第一」のスローガンでダマして登場した。トランプ政権は、再選のために、この層の支持をつなぎ止める必要性に迫られている。
 FRBの利下げは、こうした事情を勘案していることは間違いない。アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁は、都市と地方の格差拡大について「優先的に解決すべき課題」と述べている。
 だが、米国経済の現状は、その欺まんが持続する保証はない。

焦りを深めるトランプ政権
 トランプ米大統領が中国製品への追加関税措置を「クリスマス商戦後」まで延期したのは、こうした国内矛盾の対処に焦った面も大きい。むろん、台頭する中国を抑え込むという戦略課題を放棄してはおらず、その実行はさらに切迫したものとなっている。米経済をめぐっては、英国の欧州連合(EU)離脱をはじめ、今後も不確実性は多い。
 トランプ政権の「再選戦略」は、まず、経済方面から揺さぶられている。
 財政問題もある。トランプ氏はメキシコ国境の「壁」建設にこだわり、二〇会計年度(一九年十月〜二〇年九月)の予算教書で、八十六億ドルの建設費を求めている。このほか、軍備拡張の継続による出費増もある。米国債の発行上限の引き上げは、毎度のように、厳しい党派闘争にさらされている。財政をめぐる与野党の対立は深まり、これまた、トランプ政権を揺さぶる。
 景気低迷がさらに鮮明になれば、米国の政策金利は、トランプ政権の要請があろうがなかろうが、ゼロ近辺まで引き下げられることになる。「十年ぶりの金利引き下げ」とはいえ、その前の金利水準はわずか二・五%程度で、リーマン・ショック前の約半分、一九八〇年代と比べれば一〇ポイント以上も低い。現在、利下げ可能な余地はかなり狭く、金融政策の幅は限られる。量的緩和が再開される可能性すらある。
 仮にそうなれば、資産価格の下落や債務返済(バランスシート調整)などの形で、米国経済が世界的金融恐慌の引き金にさえなりかねない。
 米経済は「独り勝ち」どころか、世界経済のリスクの「震源地」となっているのである。

金融危機を切迫させる
 こうした米国経済の現状は、世界経済に大きな影響を与えている。
 こんにち、世界経済は成長率の鈍化、官民の民間債務の増大、一部新興諸国の金融不安定化などに加え、米国による対中国制裁と中国経済の減速、中東の政情不安定化といったリスクが積み重なり、不安定化を強めている。
 ここに、米国の利下げによる、世界的金融事情の変化が新たに重なった。
 世界の投資家は不安を高め、それは国債、金などのいわゆる「安全資産」へと資金を向かわせている。
 この事情は、とりわけ、新興諸国の金融政策を揺さぶっている。
 インド中銀は二月、一年半ぶりに利下げを実施。インドネシアは、七、八月と連続で利下げを行った。ブラジル、韓国、フィリピン、マレーシアも利下げに動いた。
 こうしたなか、先進国、新興国を問わず拡大してきた低格付け債市場からの資金の引き揚げが進行している。二〇一八年の一年間で、低格付け社債市場から四百億ドル(約四兆二千五百億円)余りが流出、今年一月以降もこの傾向が止まっていない。
 アルゼンチンは政権の不安定さが暴露されたことを契機に、またもや通貨下落と債務不履行(デフォルト)の危機に直面している。
 企業債務が対GDP比でバブル期の日本に匹敵する水準となっている中国では、国有企業・青海省投資集団が元利払いの遅延を引き起こした。新規発行社債の額面金利は、投資家の不安感を反映して上昇傾向となっている。
 「米国発」の金融面での新たな変化は、わが国に津波となって押し寄せ、揺さぶる。      (K)


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