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2018年8月25日号 2面・解説

トルコを発火点に危機波及

米国の不当な圧力が引き金

  トランプ米大統領が八月十日、トルコへの経済制裁を発表したことを機に、トルコの通貨リラが、一時、二〇%近く下落した。この影響で、南アフリカ、ロシア、メキシコなどで通貨が下落するなど、新興諸国をめぐる危機が発火する気配である。米国を中心とする資金移動の変化、さらに「米国第一」を掲げるトランプ政権の策動が、世界的を混乱を深めている。


 トランプ政権は、トルコから輸入する鉄鋼に五〇%、アルミニウムに二〇%の追加関税を課した。トルコの二閣僚には、資産凍結などの制裁対象に指定した。トルコは強く反発し、米国を世界貿易機関(WTO)に提訴するなど、圧力に屈しない姿勢である。独立国として当然である。

世界的な資金移動の変化
 トルコは、原油などの資源を輸入に依存する一方、欧州連合(EU)向けの輸出拠点として、日本企業を含む進出が盛んである。とくに、自動車・同部品が同国最大の輸出品目である。経常収支は慢性的に赤字で、その多寡は、ほぼ資源価格に規定されている。
 トルコは国内の貯蓄率が低いため、経常収支赤字をファイナンスするには、外国からの資金流入に頼らなければならない。
 リーマン・ショック以前、トルコは米投資会社がBRICSに次ぐ成長期待国(ネクスト )に加えるほど成長していた。リーマン・ショック後も、米連邦準備理事会(FRB)など先進国が行った大規模な金融緩和であふれ出した投資マネーをひきつけた。とくに多かったのは、欧州からの資金流入である。
 これを背景に、二〇〇三年に政権を握ったエルドアン首相(現大統領)は、二三年までに経済規模で「世界のトップ一〇」に入ることを目標に掲げた。
 だが、一一年以降、世界的な成長鈍化は鮮明である。他方、FRBは一五年末以降、金利引き上げと緩和の「出口」に踏み出し、欧州中央銀行(ECB)もその方向を示している。先進諸国の金利引き上げは、長期金利の上昇傾向となり、新興諸国に投資されていた資金が先進諸国に巻き戻される契機となった。
 併せて、原油価格は一六年春以降、上昇に転じた。
 トルコの経常収支赤字が拡大、資金流出(通貨安)が進む要因が増大した。

政治要因加わり不安定化
 これに、政治要因が加わった。
 一六年に入り、ダウトオウル首相の退陣(五月)、クーデタ未遂事件(七月)など、国内政治の混乱が続いた。さらに、シリア内戦の影響を受け、「イスラム国」(IS)やクルド人勢力による武装抵抗が激化した。
 エルドアン大統領は政権の求心力を高めるため、一七年四月に憲法改正のための国民投票を実施、今年六月には大統領選挙と議会選挙を繰り上げ実施し、いずれも勝利して大統領権限を強化することに成功した。
 他方、欧米諸国から、エルドアン政権の「権威主義的傾向」を懸念する向きが浮上した。
 エルドアン政権は景気対策で支持をつなぎ止めることを狙い、併せて政策金利の引き上げに難色を示してきた。トルコ中銀は昨年十一月以降、追加利上げを見送っている。

米国が引き金を引く
 ここに、「米国第一」を掲げるトランプ政権からの「津波」が遅いかかった。
 エルドアン政権は、クーデター未遂事件の背後に米国在住のイスラム教指導者がいるとして米国に「引き渡し」を求め、さらに、トルコ在住の米国人牧師を逮捕した。米軍がシリアのクルド人勢力を支援していることも、トルコの不満の種である。
 内政問題だが、トランプ政権は難クセを付けた。また、トルコによるロシア製ミサイルの購入を理由に、トルコへの最新鋭戦闘機の売却も禁じた。イランとの関係を口実に、トルコ国有銀行への罰金も検討しているという。
 エルドアン政権は報復として、米国から輸入する乗用車やウイスキーなどへの関税を倍増させた。また、米国をWTOに提訴した。カタールとの通貨スワップ協定締結や、同国からの百五十億ドル(約一兆六千億円)直接投資受け入れも決まった。
 国民に「強さ」をアピールしているエルドアン政権は、対米譲歩は難しい。トランプ政権にとっても同様で、中間選挙を前にしての妥協は難しい。
 対米関係の悪化によって、トルコ経済はさらに揺さぶられることになった。

デフォルトの危機に
 国際通貨基金(IMF)は従来、経常収支赤字国の資金流出を防ぐ手法として、政策金利の引き上げを求めてきた。今回、内外の投資家もトルコに同様の政策を「期待」している。
 だが、前述のように、エルドアン政権が利上げに前向きでないことに、投資家は難クセを付けた。
 こうして、一八年初以降、リラの下落幅(対ドル)は四〇%を超え、国債価格も二〇%以上下がった(金利は上昇)。トルコの株式市場も下落している。
 こんにち、トルコの対外累積債務は約四千六百六十六億ドル(約五十二兆円)で、外貨準備高の四倍強に達する。また、対外債務の七割が民間部門によるものである。一年以内に債務返済などで必要となる外貨は二千億ドル(約二十二兆円)を超える。
 外国からの大規模な資金流入または金融支援、あるいは強力な資本規制などを実施しない限り、債務不履行(デフォルト)に追い込まれる可能性がある。

新興国、欧州経済に影響
 トルコの事態が波及し、アルゼンチンは利上げに追い込まれた。通貨防衛のためだが、すでに国際通貨基金(IMF)の支援を受けている同国でさえ、懸念が再浮上している。インド、インドネシアでも、中銀が緊急利上げを行っている。当面の危機対応にはなろうが、景気にはマイナスの効果である。
 総じて、経常収支赤字が大きく外国からの資金流入に依存している国、インフレ率が高く通貨の価値が安定しない国において、資金流出が顕著となっている。
 新興諸国が抱えるドル建て債務は、一七年に約三・七兆ドル(約四百十兆円)と、過去十年で約二・四倍に拡大している。国際金融協会(IIF)によると、六月、新興国市場の株式と債券からの資金流出は二百四十億ドルに達した。
 FRBの利上げが新興国からのマネーの引き上げをもたらしたのは、今回が初めてではない。
 一九九四年の利上げはメキシコ債務危機の引き金を引き、二〇〇〇年前後の利上げは、ブラジルやアルゼンチンの危機につながった。一三年、バーナンキ前FRB議長が「出口」に言及した際にも、資金流出が起こった。
 サンダース米大統領報道官は「米国のいかなる行動の結果でもない」と責任を認めず、新興国の経済動向を意に介さない。
 新興諸国の経済危機が、トルコを発火点として世界に波及する可能性がある。
 欧州に対する金融分野の影響もあり得る。トルコの国内銀行が外国銀行に対して持つ対外債務の約六割が、スペイン・フランス・イタリアによって占められている。ただ、欧州の金融機関から見ると、国際与信残高に占める対トルコの割合は二%未満である。それでも、影響が新興国に広がれば、安心はできない。
 未曾有(みぞう)の危機、リーマン・ショックから十年を経過した。
 金融危機の際に踏み出した金融緩和という「異次元の措置」からの脱却が、新たな危機を生み出している。しかもその危機は、「米国第一」のトランプ政権の対外政策によって促進されているのである。

安全保障上の影響も
 トルコは北大西洋条約機構(NATO)の一員だが、米国との関係が悪化する一方、ロシアや中国との距離が縮まっている。エルドアン大統領は「新たな友人や同盟を探し始めなければならなくなる」とその意思を隠さない。トルコの動向は、米国の安全保障の動向にも重大な影響を与える。
 一方、メルケル・ドイツ首相はトルコに協力する考えを示し、米国との違いを見せた。
 これは、トルコが欧州への難民流入の「防波堤」の役割を買って出ていることの「見返り」という面がある。トルコには約三百五十万人のシリア難民がいる。
 トルコがこの役割が果たせなくなれば、いわゆる「ポピュリズム勢力」が勢いづくなど、欧州政治のさらなる不安定化は必至だ。
 日本にとっては、トルコに進出している多国籍大企業、とくにトヨタ自動車やホンダなどの自動車産業の収益に影響を与える。それだけでなく、世界的資金移動の変化が円高をもたらす可能性がある。
 トルコの危機は、世界中で膨らむ破局の芽の一つであり、その影響を注視しなければならない。 (O) 


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