労働新聞 2006年11月25日号・2面 社説

米国のFTAAP構想

わが国の対米追随外交の
限界、またも露呈

 ベトナムのハノイで開かれていたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議は十一月十九日、「ハノイ宣言」を採択して閉幕した。  会議では、世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)についての議論が行われ、その「再開」で合意した。
 米ブッシュ大統領が直前になって提唱したAPEC全域での自由貿易圏(FTAAP)構想に関しては、検討は来年以降に先送りされた。
 また、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核・ミサイル実験については、米日が策動した「宣言」への「非難」盛り込みは、中国の抵抗などにより、議長の口頭による声明扱いとなった。
 台頭する中国に対抗し、北朝鮮問題や知的所有権問題などで、米日・オーストラリアの三国が連携する場面も目立った。安倍首相も「同じ価値観を共有する」などと、この連携を持ち上げている。
 このように、今回のAPECでの議論は経済問題にとどまらず、わが国がアジアでとるべき進路とはどのようなものなのかが改めて問われた。
 そして、対米追随を続け、中国に対抗したアジアの大国の道を進もうとする安倍政権の時代錯誤ぶりもまた、明らかとなったのである。

アジア市場狙う米のFTAAP構想
 ブッシュの提案したFTAAP構想の持つ意味は、日本にとっても大きい。
 これは、APEC二十一カ国・地域全体で関税などを撤廃する自由貿易圏構想である。世界人口の四割、国内総生産(GDP)の六割を占めるAPEC地域を一つの巨大経済圏とすることで、自国多国籍大企業によるアジア太平洋地域への資源・市場支配を強めようというのである。
 これは先に、東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日本、中国、韓国)、オーストラリア、ニュージーランド、インドも加えた十六カ国での「東アジア経済連携協定(EPA)構想」を提唱した、わが国を抑え込もうとするものでもある。ブッシュは、日本のこの構想が米国抜きのものであることを知り、激怒したという。
 さらに、ASEANプラス3によるEPA構想を主導する中国をけん制するものでもある。加えて、昨年末にドーハ・ラウンドが決裂したことの原因ともなった、農産物問題などでの欧州連合(EU)との対立を、アジアを抱え込むことで自らに有利に運ぶという狙いもあった。
 米国内の事情からしても、住宅バブルが崩壊するなど、経済の先行き不安を打開するためにも、成長するアジア市場を重視したいところであった。

アジアの自主性を嫌悪する米国
 もともと、アジア太平洋地域の多国間枠組みとしては、ASEANプラス3(日本、中国、韓国)や、東アジア首脳会議(ASEAN十カ国、日、中、韓、インド、オーストラリア、ニュージーランド)があるが、いずれも米国は加盟していない。ASEAN地域フォーラム(ARF)には参加しているが、同フォーラムは安全保障問題をめぐる各国の意見交換の場にすぎず、また、EUや、米国が敵視する北朝鮮も参加しているなどで、米国が画策できる余地は少ない。
 だからこそ、米国はAPECを最大限に活用して、自らの政治・経済上の狙いを実現しようとしている。
 APEC自身が九四年、クリントン政権の主導の下、米シアトルで初めて首脳会議が開催され、「貿易・投資の自由化促進」が提唱されたという経過をもっている。これと結びついて、アジアに十万人規模の米軍を維持するという、東アジア戦略構想(ナイ・イニシアチブ)が出され、以降のアジアにおける米軍事戦略の基礎となったのである。
 現在のブッシュ政権もクリントン前政権と同様、アジア市場を重視してきた。わが国の国会で「米国は太平洋国家である」とぶち上げた(〇二年)ことはその典型で、この市場を支配せんとする米多国籍大企業の意思を露骨に示した発言であった。
 一方で米国は、米国抜きのアジアの独自な動き、とりわけ日本がこの地域で独自に振る舞うことに対し、妨害を繰り返してきた。マレーシアが提唱した東アジア経済協議体(EAEC)構想に一貫して反対したのはもちろん、九七年のアジア通貨危機に際しては、日本が主導しようとしたアジア通貨基金(AMF)構想をつぶしたという経過がある。
 今回のFTAAP構想も、こうした流れの中にある。

支持得られぬ米国の態度
 だが、このような米国の策動が、アジアの支持を得られるものではないことは当然である。
 アジア諸国は、これまでも米国の妨害に屈せず、「ASEANプラス3」という形で事実上のEAECを発足させたり、〇〇年の「チェンマイ・イニシアティブ」で通貨スワップの仕組みを構築するなど、独自の存在感を高めてきた。
 加えて、全世界の反対を押し切ってイラク戦争に踏み切ったあげく、占領に手を取られている米国は、アジアにおいても、その存在感を著しく低下させている。この流れは、もはや押しとどめようがないのである。
 事実、今回のFTAAP構想にしても、「あまりに性急」(中国)などの意見が出されたし、先進国と途上国を一律に自由化させる点には、タイなどからも異論があった。ケンヨン・ASEAN事務局長も、米国排除の経済構想を否定しつつも、「(米国には)静かに座っていてほしい」と発言している。こうした声の結果、ブッシュの提案は検討自身が先送りされた。
 加えて、本来は経済協力のための会議であるAPECに北朝鮮問題などの政治課題が持ち込まれることについては、アブドラー・マレーシア首相が「安全保障問題を討議の対象に含め始めたことで焦点を失っていく危険性がある」との懸念を表明したほどである。
 一方で、中国はAPECを機会に活発な首脳外交を展開、アジアでの存在感を高めている。韓国もまた、APEC支援基金に二百万ドル(約二億三千六百万円)の援助を表明、途上国への情報支援を行う意思を示している。
 アジアはすでに、米国の思い通りになる地域ではないのである。

対米追随続ける安倍政権打ち破れ
 このようなすう勢に反し、わが国政府は北朝鮮問題を持ち込むなどで米国のお先棒を担いでいる。一方、「東アジア共同体構想」を掲げるなど、わが国支配層は米国の衰退を横目に、自らの意思としても、アジアの大国となることを狙っている。
 だがそれは、過去の侵略と植民地支配を忘れていないアジア諸国から歓迎されないことであることはもちろんである。
 加えて、頼みとする米国の警戒心も呼んでいることは、述べた通りである。今回のFTAAP構想について、わが国政府は「米国抜きの経済圏づくりをけん制するメッセージ」(経済産業省幹部)と、その意図を十分に知りつつ、「北朝鮮問題を考えれば、回答はイエス以外にない」(外務省幹部)と、いち早く支持を表明、屈服した。
 結局、わが国支配層は、(彼らなりのやり方としてでさえ)米国とアジア、どちらの側を向いて生きていこうとするのかを鮮明にさせることができない。支配層の対アジア戦略の調整は避けられまい。
 このような、自主性のない支配層にわが国民族の将来をゆだねては、民族の前途を誤ることになる。
 勤労国民が願う日本の進路は、対米追随とアジアでの大国化の道ではない。それは、独立・自主、アジアの平和の道に反するからである。
 安倍政権を打ち破り、過去の侵略に対する真摯(しんし)な謝罪と反省を前提に、政治軍事大国としてではなく、アジアと共存・共栄する日本を実現するしかない。
 その進路の実現は、労働者・労働組合を中心とする、広範な国民的戦線の形成抜きには不可能である。


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