労働新聞 2006年9月5日号・2面 社説

イランが安保理決議を拒否

「有志同盟」による
制裁参加を許すな

 イランのアフマディネジャド大統領は八月二十九日、国連安全保障理事会決議が求めた、ウラン濃縮停止要求を拒否することを表明した。これは米国が主導する安保理が求めた濃縮停止要求のための「回答期限」が三十一日に迫る中、自主的な核開発の意思をあらためて鮮明にさせたものだ。大統領は「核の平和利用は国家としての権利」と述べたが、当然の表明である。
 米ブッシュ政権は従来、イランに「悪の枢軸」「テロ支援国」などと悪ばを投げつけ、その核開発が「核武装」につながるとして圧迫を加えてきた。今回のイランの「拒否」を口実に、米国はわが国や欧州諸国を引き入れた対イラン金融制裁を画策、敵視を強めている。
 自らの世界支配を維持するため、戦略物資である原油の集中する中東地域を支配することをもくろむ米国にとって、「反米」を掲げるイランの「核武装」を含む強大化は、何としても許してはならないのである。
 だが、米国の中東支配策動はイラク占領でつまずき、イスラエルを使ってのレバノン侵略もヒズボラなどの抵抗で挫折した。米国は、その威信を著しく低下させている。
 こんにち、米国が金融制裁でイランを屈服させようとしても、それは「有志連合」レベルのものにとどまらざるを得ず、「効果」は限られる。安保理常任理事国の中国、ロシアは制裁に抵抗しているし、安保理決議の提案に加わったフランスやドイツも「常に対話を重視すべき」(ドストブラジ仏外相)と、即時の制裁には慎重だからだ。
 まして、多くの中小国はイランの立場を支持している。世界は米国の思い通りにはならないのである。
 しかも、イランの「核武装計画」という米国の宣伝は、実際には何の証拠もないものである。三十一日に公表された国際原子力機関(IAEA)の報告書でさえ、イランが「核武装計画」を進めているという明確な証拠を示すことはできなかった。
 仮にイランが核武装を考えているとしても、それには根拠がある。米国による敵視だけでなく、その手先であるイスラエルが、再三再四、イランへの核攻撃の可能性を明言しているからだ。イスラエルは一九八一年、イラクの原子力施設を爆撃した「前科」をもっている。
 このような環境下で、イランが自国の独立を守るために核を含む手段で武装する道を選んだとしても、だれも批判することはできまい。
 問題は、わが国の態度である。
 麻生外相は、「国によって立場が違う」と述べ、制裁参加には慎重であるかのようだ。だが、日米「共通戦略目標」で合意し、米戦略に協力することを約束した政府にとっては、米国の意に従って制裁に参加・協力する以外に道はないだろう。
 事実、産経新聞は「いずれ制裁に加わる覚悟が必要」と主張している。
 だが、イラン制裁に参加することは、これに反対する世界のすう勢に逆らい、日本の国際的孤立を深めるものである。
 しかも、日本は原油の八〇%以上を中東地域に依存、イランからの輸入量は全体の一五%を超えている。制裁に参加すればこの輸入は止まり、同国のアザデガン油田の開発権も失うことになるのは必至だ。
 これは、エネルギー確保という国益にかかわる死活的な問題である。
 だからこそ、わが国支配層の少なからぬ部分が、イラン制裁への参加に動揺している。麻生の発言はその反映でもある。ここに、広範な闘いを発展させる条件の一つがある。
 かつてわが国は、テヘランの大使館人質事件を口実とした米国の圧力に屈し、完成間近だったイラン・ジャパン石油化学プロジェクト(IJPC)の工事を中止、撤退(八九年)した歴史をもつ。この誤りを繰り返してはならない。
 米主導の金融制裁に加わることは許されない。国民的な大衆行動によって政府の策動を打ち破ろう。


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