労働新聞 2006年8月25日号・2面 社説

小泉首相が靖国参拝を強行

対米追随の軍事大国化と
結びついたもの

 小泉首相は八月十五日、靖国神社に六年連続六回目の参拝を強行した。内外の批判を押し切っての参拝によって、日本のアジアでの孤立はいっそう深まった。この亡国の策動を、断じて許してはならない。
 靖国神社は、戦前・戦中は軍によって管理されていた。そして多くの国民は、侵略戦争の中で「靖国で会おう」などと言われて死を強制されてきたのである。
 このような靖国神社への首相・閣僚など政治家の参拝は、わが国による侵略戦争と植民地支配を肯定・美化するものである。同時に、政教分離を定めた憲法に違反し、国民の思想信条の自由を踏みにじるものでもある。
 この点は、日本の戦争責任・戦後責任の不十分さとともに、戦後一貫して問題になっていた。平和を願う大多数の日本国民が、首相などの参拝に反対してきたのは当然である。もちろん、わが国の侵略と植民地支配によって甚大な被害を受けた中国や韓国などアジア諸国が、これを許容できるはずもない。
 それにしても、執拗(しつよう)に参拝を繰り返す小泉首相の行動の背景には、以上の戦後繰り返されてきたものとは段階を画した、支配層の政治的狙いがある。それは決して、小泉個人の性格の問題ではないのである。
 二〇〇一年に登場した小泉政権は、国内では改革政治を進めるとともに、外交面では、対米追随の政治軍事大国化の道に大きく踏み込んだ。
 小泉政権は、米国のアフガニスタン侵略やイラク戦争を支持し、ブッシュ・ドクトリンや「不安定の弧」戦略に追随して、「日米共通戦略目標」で合意し、在日米軍再編への全面協力を約束した。イラクなどへの海外派兵拡大と有事法制整備、米主導のミサイル防衛(MD)構想への参加と武器輸出三原則の緩和などが強行された。教育基本法と憲法改悪も、日程にのぼりつつある。
 この過程で、中国や朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は事実上の仮想敵国とされ、北朝鮮による拉致問題やミサイル発射なども口実として、敵視と排外主義が強まった。各種の北朝鮮への制裁が発動され、最近では「敵基地先制攻撃論」までが公然と「議論」されている。
 小泉首相による靖国参拝は、こうした中で継続された。それはまさに、歴史わい曲の教科書問題や日の丸・君が代の強制などと同じく、国民を対米追随の軍事大国化の道へと根こそぎ動員するための、思想攻撃の一環なのである。
 こうした策動は対米追随であると同時に、多国籍化した大企業の意思でもある。多国籍大企業は、自らが海外に得た膨大な権益を守るため、日本の政治軍事大国化を熱望しているのである。
 だが、それは国民大多数の願う、アジアの一員としての独立・自主、平和な国のあり方とは相容れないものである。
 ところで、日本のアジアでの孤立が進んでいることに危機感を深める財界や与党の一部には、次期政権に靖国参拝を「自粛」させることで、対アジア関係を修復させようという動きが広がっている。
 だが、わが国支配層が対米追随でアジア敵視、政治軍事大国化の道に明確に踏み込んだ以上、仮に次期首相が靖国神社への参拝を「自粛」したとしても、日本の対アジア関係の改善が本質的に保障されるわけではない。中国・韓国などとの一時的な関係「改善」はありうるが、安定的なものではあり得ない。
 対アジア関係の抜本的な改善には、将来にわたっての、閣僚・政治家による靖国参拝中止が不可欠である。政府はそのために、あらゆる努力をなさなければならない。同時に、対米追随の政治軍事大国化の道ではなく、独立・自主、過去の侵略・植民地支配への真剣な反省の上に立った、アジアとの平和・友好的関係の樹立が必要である。それこそ、わが国の真の国益にかなう道だ。
 広範な国民運動が求められている。労働者・労働組合の役割は、いっそう重大なものとなっている。


Copyright(C) Japan Labor Party 1996-2006