労働新聞 2006年1月1日号・2面〜5面

2006 新春・
大隈鉄二議長インタビュー

広範な闘い発展させ党の前進を


 激動の内外情勢の中、二〇〇六年を迎えた。労働新聞編集部は、労働党中央委員会議長の大隈鉄二同志に、新春インタビューを行った。議長は、昨年成功裏に行われた第六回党大会の成果をはじめ、内外情勢や党の闘いについて、縦横に語った。以下、掲載する。(聞き手・編集部)

大きな成果あった党大会
この13年、激動の内外情勢

編集部 新年、おめでとうございます。

大隈議長 おめでとうございます。

編集部 例年のように情勢などについてうかがう前に、労働党は昨年、一九九二年以来十三年ぶりの党大会を成功裏に開催しました。どんな具合だったんですか、それを最初にお聞きしたいのですが。

大隈議長 前回の党大会は十三年ぶりですから、党の内外で関心がもたれているのは当然です。大会については、以降「労働新聞」で解説のようなこともされるでしょうし、多くはそれに譲るとしても簡単にでも触れておきたいと思います。
 前大会を開いた九二年というと、社会主義諸国、ソ連とその周辺の東欧諸国が崩壊して間もない時期です。中国はその前から、私にはなじめない考え方ですが、市場経済を基礎にして、社会主義をうち立てるなんて、そんな道に踏みこんでいました。そんなことと関連して、それ以降、この十三年間の世界情勢はずいぶんと変わった。
 国内もずいぶんと変わったですね。ちょうど宮沢内閣の時ですが、その前はバブルだった。国民は豊かになったと聞かされ続けた。けれども、庶民から見ると実感がわかない。宮沢は、国民が実感がわくようなことをやります、と言って登場した。今振り返ってみれば、宮沢がそう言った時にはもうバブルがはじけてたんですね。だから、新聞とかいろんな景気判断をする人たちの話や宣伝はあてにならんのですね。
 その後、企業家も生き残りをかけて、リストラをやった。中小企業もつぶれましたが、労働者がいちばん悲惨だった。
 政治、政党再編があって、国内政治はすっかり変わった。われわれは八五年のプラザ合意のころから、政治、政党再編は避けがたいと、繰り返し言ってきました。見通しをもっていました。なぜかというと、国際化の時代ということで、「前川レポート」が作成され、市場開放が宣伝されてましたから。
 それが、自民党単独支配が崩れたことにつながるわけですね。九三年には細川、小沢や羽田らも、新しい党で選挙をやった。「さきがけ」もそうですね。自民党が比較第一党ですから、常道でしたら、自民党中心に組閣が始まるわけですが、小沢が細川を中心にみんな集めて、七派の政権ができた。財界がこれを強力にバックアップした。二大政党の流れにもっていく、という構想で。
 私は、日本の政治には、財界と政治家の中枢に、強力に組織された指導部があるとずっと思ってきました。そんな気がするのです。
 それから細川政権がなくなって、羽田がちょっぴりやって、村山と。今までには信じられないような、自民党と社会党が連携して政権をつくるというようなこと。さまざまなことがあったんですね。
 それ以外のことも、変わった。政治も経済も非常に大きく変わった期間ですね。党は、こういう情勢をどう理解するかということも含めて、なかなか難しくて忙しい、そういう時期でした。十三年たったんですが、あっという間だったですね。
 やってみて、大会の任務は三つだった。一つは、情勢を内外ともに的確に解明すること、二つ目は、党の経験を徹底的に検討すること、最後は、強固な指導部の形成でした。情勢研究と党の経験の研究には、ある程度満足感があります。

世界の主要矛盾、その変化について

大隈議長 党大会で何をやったんだということですが、何を解決しようとしたかですね。
 冷戦崩壊以降で、前大会の九二年には、われわれの国際情勢の見方は、こんなふうなものでした。
 一口に言って、以降の国際情勢は、一つは冷戦が終わったこと、もう一つは、八五年のプラザ合意、この通貨調整で見られたように、経済で見る世界主要国の力関係が変わったこと、米国が弱体化し、債務国に転落し、日本が最大の資金供給国になったこと、これら二つの変化によって、主要矛盾としての体制間矛盾は消滅した、また、主要資本主義強国間の争奪は、これまでとは異なった発展を見せるだろう、そして世界は安定ではなく不安定になる、というものでした。
 前大会の当時としては、情勢認識はあれでよかった、基本的には正しかった、としました。だが今回は、いっそう努力したんです。
 国際情勢では、現在世界の主要矛盾の問題です。冷戦終えん以降、九〇年代以降の問題です。これまで党内では十分解決していなくて、議論したわけでもなく、なんとなく一部の同志でやってきました。
 主要矛盾の問題ですが??
 第二次大戦以降から社会主義陣営が崩壊するまでの世界情勢の変動の主要な要因はなんだったか、主要矛盾の問題ですが、一時的ではあれ資本主義陣営が勝利し社会主義陣営が崩壊して大きな敗北をこうむったので、冷戦の終えんとなった。当然、それまでの主要矛盾としての両体制間矛盾は消滅したんですね。
 その両体制間での主要矛盾の意味ですが、この二つの陣営、一方は、米国を筆頭とする先進資本主義諸国およびその他の弱小諸国、他方は、ソ連やその他の同盟している一連の社会主義諸国、この対立と、その力関係の変化と推移で、世界情勢の全体が変化発展する、他の要因(矛盾)はこの動きに条件づけられる。
 対立する両陣営の内部には、それぞれ矛盾を抱えていた。社会主義陣営にはソ連と中国、国際共産主義運動内での対立があった。資本主義陣営でも強国間に鋭い経済問題での対立があったし、先進諸国と発展途上国、資源輸出諸国との闘争もあった。それでも両側面で決定的な力を持っていたのは、米国とソ連であった。他の諸国は情勢の推移にわずかしか、あるいはほとんど影響を与える力はなかった。それでも、その中で少しずつさまざまな力が変化して、やがてこの対立の構図が消滅した。体制間矛盾、米ソ対立の時期といっても成立時と終えん時とではずいぶんと違っていましたがね。いろいろな時期があった。
 正月に読まされるのは大変ですから、このくらいで。
 (資本主義と社会主義の)両体制間の矛盾が主要となったのは、二次大戦の終わってすぐではありませんが、非常に明確になったのは、五〇年前後からでしょうか。それが、九〇年前後、一連の社会主義が崩壊し、世界的な体制がなくなったんです。当然、主要矛盾は変化することになった。
 突然そういう情勢があらわれたわけではないですよね。たとえば先進諸国でいうと、八五年ぐらいになるとこうでしょう。米国が借金国に変わる。ほんとは六〇年代、あるいは七〇年代のブレトン・ウッズ体制の崩壊の時には、ドイツや日本が復活してきている。不均等に発展して、八五年には最大の資金供給国が日本になる。そういう流れで、体制間矛盾の内側もいろいろ変わってきたわけですね。
 それが、体制間矛盾が終わった後の政治に色濃く反映している。つまり、九〇年代以降の政治の特徴というのは、体制間矛盾の時期の間にすでに形成されてきているんですね。
 社会主義陣営も同じで、中ソ論争というのは五〇年代の終わりから始まって、ベトナム戦争ぐらいは中ソはケンカもしながら、いっしょにベトナムを支持するという流れがありましたよね。しかし、米国のキッシンジャーが手を差し込んで、ベトナム休戦になったようなこと以降は、社会主義陣営を形づくってはいても中国だって「反ソ統一戦線」などと言って。それの善し悪しはともかくとして、九〇年代近くなりますと、中国は堂々と国際資金を受け入れた市場経済の国ということですよ。
 そこで、私は九二年のころはこう言っていたんです。一つは、冷戦以降の情勢は、プラザ合意の痕跡が残っていて、資本主義内部の力関係が変わってきたと。もう一つは、社会主義陣営が崩壊したこと。この二つが結びついて以降の情勢を形づくるだろうと。
 例をあげると、体制間矛盾があった時には資本主義列強間の矛盾ね、つまり経済的には非常に不均等に発展してきて、し烈な闘争をやっていたわけですが、しかしそれが政治になかなか出にくい。それは、体制間矛盾に制約されていたからですね。しかし、この制約はなくなったわけだから、公然と争う場面が出てくることだろうと言ってきたんですね。
 米国も体制間矛盾の重荷がなくなってきている。例えば日本などとは経済矛盾がずっとあったんですが、体制間矛盾があった時には、日米の経済摩擦が起こると安全保障問題が出てきて、日本が勇ましいことを言うと経済の矛盾は勘弁してもらえる面があったんです。ですが、クリントンになって「今から遠慮せんよ」と言う。「経済安保」なんて言ってね。
 それから、ボーダーレスになったわけですよね。世界の再分割といってもよいし、政治や安全保障という壁がなくなって、広い世界市場が広がったというようなこと。資本主義が再分割の時代、「大競争の時代」とか言っていました。
 私がもう一つ言ったのは、体制間矛盾が終わったので戦争の危機が去る、平和になるという見解があるが、そうはならんだろう、と。
 この三つが、九二年の党大会をやったころの、これからの世界を判断する時の大きな視点だったんです。この十何年か見ていて、間違っていなかったなと思うんですよ。
 資本主義諸国、列強の間の矛盾、ちょうど一次大戦、二次大戦までは、列強が争って戦争に至るという意味で列強間矛盾が主要矛盾だったんです。体制間矛盾が終わって、そういう面から見ると非常にホッとしたんでしょうが、そうかといって、二次大戦以降は、資本主義列強が主要に争って国際情勢を規定していくということはないですね。例えば、米欧間の亀裂が起こったので、そうなったという意見もないではないですが、まだ、そうはなっていない。
 なぜかというと、二次大戦までは、一七年にソ連があらわれたにしても、社会主義は一国でしょう。先進諸国はやや心配して内政干渉するんですね。シベリア出兵があったり、反革命軍を支援したりすることはあった。しかし、しばらくしてみると、資本主義強国同士の競争にまた熱中するんです。そして三〇年代の不景気でしょう。その段じゃない、自分も生き残らなければならんわけです。やがては戦争になったんですよ。これはソ連にとっては、とても息継ぎできた。
 だから、一次大戦、二次大戦の時にはそういうロシア革命のような問題もあるけど、比較的列強間で争うヒマがあったというか、資本主義を脅かす勢力がいなかったんですね。
 二次大戦後、続々と立ち上がったような植民地諸国。これらも中国のように党があって、二次大戦をきっかけにして一国を治める方法というのは、世界全体から見ると特異な状況です。全体としては、資本主義列強が石油を安く買いたたき、あちこちに王様を復活させて国をつくって、といろんなことがやられた。帝国主義にとって、あまり抵抗する力は存在しなかった。そういう条件なんですね。
 だから、強い国がケンカしたんだと思うんですね。社会主義の威信という意味では、レーニンの党が政権を奪取してすぐに、戦争後も賠償を取らないとか、民族が独立して平等にと言ったでしょう。こういうことで威信は広がって、その証拠に民族闘争の高揚に一定の貢献をしたわけですが、植民地が現実に立ち上がって続々と国をなすようなことは二次大戦を境にしてですよね。
 その後も七〇年代の初期までは民族運動もありましたし、「世界新秩序をつくれ」などすさまじかった。その後、非同盟諸国はだんだん力をなくしていく。
 五〇年代に英国がエジプトをいじめたんですね。(スエズ動乱、五六年)エジプトの抵抗もあったんですが、ソ連は近代兵器やミサイルも持っていて、「持たない国にやったとしたら」と英国を脅かすんですよ。そうすると英国は単独でやれんから、米国に頼むんです。ところが、当時の安全保障や政治関係を見て、米国もおいそれと英国の助っ人には出られんわけです。そこで、両体制間の力のバランスの下で、エジプト、中東諸国は得をするんですね。米国は強大な軍事力があるけどソ連と対抗しているので、米国があそこへ侵出すると第三世界を敵にまわす。だから、石油の支配はままならんかった。
 だから、九一年の湾岸戦争はソ連が実質的に滅びたことを確認し、ソ連がこれに参戦しないと確認してやっているんですよ。だって、可哀想ですよ。イラクの副総理、今捕まって裁判になっている人物。彼らが何度も何度も、崩壊したソ連の残りかすのところに(支援を求めて)通ったでしょう。私は言ってましたよ、「やるもんか」と。でも、なんとかして希望をつなごうとする。私は「ソ連の崩壊を待ちきれないようにして、石油を押さえにいったというのが湾岸戦争だ」と言った。
 そういうことはあったんですが、それでもソ連が九〇年代に崩壊した後、まったく二次大戦前と同様の無力な中東、アラブではなかった。あるいは世界ではなくなっていた。
 国連の力関係を見ればわかります。今の国連の二百カ国くらいの中で、四割ぐらいでしょうかね、戦後にできた国です。彼らは前のように民族的な抵抗勢力ではなくて、弱いなりにも一つの国家を持っているし、武力も持っている。政治的にもみな覚醒(かくせい)し、二次大戦で政治的独立を闘いとって、まだ経済的な独立にはいかないにしても、知識人の数もうんと増えている。民族ブルジョアジーもそれなりにいるわけですから。そういうことが国の力になっている。第三世界の雰囲気は、ソ連の体制が崩壊したからといっても、強まったことは事実だと思うんです。これが一つです。
 もう一つ。崩壊したソ連や東欧などの社会主義、これは地球から消えたんじゃないですよ。社会主義でなくなったけれど、国として残っておる。例えばロシア。ソ連が崩壊したけれども、核兵器の遺産はそのまま残っています。中国も中華人民共和国、名前は前の通りです。失礼にならないように言うと、自分の国は「発展途上国だ」と言っているんですから、国際的には発展途上国に入るんですね。だけれども、先進諸国から見ると投資の対象国。一連の旧社会主義諸国も全部、米国、あるいは資本主義側から見ると搾取の対象ですね。
 そういう意味で、ソ連は崩壊し、社会主義世界体制は崩壊したんですが、戦後の体制間矛盾の間にいろんなものが変化したんですね。
 第一の変化は、資本主義諸国の力関係が大きく変わりまして、世界経済は、ドル体制は弱ってきているんです。今、これほど不均衡でしょう。政治的な対立もある。これが一つの面。強い側の変わり方ね。
 もう一つは、弱い側は二組ある。二次大戦中に独立した新興、あるいは発展途上国。これは、体制間矛盾の間に以前より強まっています。もう一つの部分で、旧社会主義世界体制にあった諸国は消えたのではなく、時に名前を変え、時に体制を変えたんではあるけど、先進諸国から見ると新しい搾取の対象ではある。カネを貸して利子を取り上げる。先進諸国の品物を売るところ、資源を略奪とはいわないが安く買いたたく、そういう場所でしょう。そういう点では、新興国と社会主義から転落した国とは同じ立場にある。そういう力関係なんですよ。
 したがって、以前のように先進諸国が対立をいっそう深めている段ではないんです。彼らは、搾取対象の国に資本を投下、市場、資源を搾取して楽に暮らすには団結せねばならんのです。そのほうが自然ですね。
 私はこう思うんですね。体制間矛盾が終わった以降の世界の主要矛盾は、一次大戦、二次大戦の時と違って、米国を中心にする帝国主義諸国とそれ以外の国との間にある、と。
 これをもうちょっと補強すると、先進諸国の人数ね、多く見積もって十億人としますよ。それ以外の国が五十億なんです。まず、人数が違うでしょう。もう一つ、資源を見ると、石油はあの中東だけでも七〇%ですよ。これを安く買いたたかなくてはならん。そのためにこそ、フセインをやっつけたりして弱らせているんですから。しかも、アフリカ、中南米もそうですが、希少金属等々入れると世界の資源のほとんどは、五十億のところにあるんです。
 そして、もう一つ、帝国主義世界がどんなふうに豊かに暮らしているかをみると、仮に十億は、どんなに少なく見積もっても、平均して二万ドルから二万五千ドル(の所得)でしょう。他の国はどうですか。中国は豊かになったというけど、千ドル以下ですね。つまり、きわめて少数のやつが豊かで、あとの大多数が貧乏に暮らしている。それは一握りの帝国主義が、五十億の世界から資源を安く買いたたき、カネを貸しては利子を取り立て、高い製品を売りつけるからでしょう。不平等なこと。
 しかし人間の脳みそはどうかというと、変わらんですよ。ブレジンスキーは「昔と違う」と書いている。それぞれの民族や発展途上国のリーダーは高等教育を受けている。広がりという点では少ないかもしれないが、知恵があるわけです。
 歴史の発展を見ているとよくわかるんですが、遅く資本主義に参入したやつは早く工業をつくる。それは最新の技術を取り入れるからですね。技術は隠し通せないですよ。知識人もいるし、エリートは大学、中にはまっすぐ米国に渡ったりして苦学して一定の地位を得て、何もかも身につけているんです。中国が強くなった経過の中でもわかると思うんです。そういう人びとは自国に展望が出てくると、続々と帰ってくる。自国の資源を自分たちのために、自分の国のために生かしたらと思わない人はいない。
 それがこうやって何十年分も差をつけられているというのは、列強が共同してやっつけているからでしょう。こういう理屈から見ると世界のアンバランスなことが何故もたらされているかというと、最終的には軍事でもっています。
 したがって私は、九二年以降の基本的な世界情勢の発展はわかっていた。平和ではないであろうということや、八五年のプラザ合意と社会主義体制が崩壊したことが痕跡を残す、それが入り交じって世界の発展があるだろうと。で、現実はそういうふうに動いてきた。
 今度大会で解決しようとしたのは、特に九〇年代以降の世界情勢をどう見るかということだった。特に日米関係があるでしょう。日本は狭い国で資源もない。世界の経済や政治の中でしか生きられない。国際情勢にきわめて規定されているから、正確に展望したい。

強大な党建設へ

大隈議長 その次に党建設です。忙しい十三年、情勢に対応して、いいこともずいぶんやりました。けれども、評判はよくても党はあまり強くならんのですね。これはどうしたことかと。こんなことを続けたんでは、格好いいことを言ってもものにならず……ということもありまして、党建設の問題を徹底的に研究してみたいということでした。
 社会主義の威信はある意味で地に落ちましたが、われわれはその威信を借りてこの国でやろうとしていたわけではなく、自国の労働者階級や諸階層を基盤にして成立してきたわけですね。
 それでも世界の社会主義運動が失敗して信用が地に落ちたことが党建設に影響しなかったわけではないと思うんですね。にもかかわらず決定的な影響、というような意味で党建設が前進しないのは、片一方で大衆のいろいろな苦しみがあったわけですから、情勢のせいにもできん。社会主義の崩壊のせいにもできんと。自分たちのやり方に問題があるということをちゃんと認識して、どこに弱点があったんだろうかと、これを究めたかった。この点では成果があったんだろうと思うんですね。
 ご存じかもしれませんが、ここ二、三年の旗開きには毎年、いろんな勉強をしましたと、こう言った。ほんとは六、七年前からですが。言ってみれば簡単なことなんですが、唯物論、唯物弁証法的な世界観というか、これをきちんともつことですね。それから歴史観ですね。唯物論的歴史観ですね。歴史の発展観。一般法則というか、唯物論的な弁証法ですね。この三つが他の諸党派と違うといえば、われわれはこの三つを理論的な基礎にして、十分ではなかったわけですが、この間のいろんな情勢分析や運動の進め方、もちろんその中には党建設もあるんですが、この理論を基礎にして考えてきたわけですよ。
 しかし、大会を経て今考えてみますと、そういう理論を基礎にして三十年やってみましたが、ここ数カ年のこの方面の認識の前進から見て、それ以前はきわめて生半可で、その生半可な知識もごく、私も含めて少数の人しか身につけておらず、全党をそういう理論で、そういう哲学で十分武装していたのかということからみて、「お恥ずかしい話」と思ったんですね。
 とにかくこの大会の準備期間、大会文書そのものは書き始めたのは半年ほど前ですが、準備という意味ではもう数カ年かけています。一昨年の五月以降というのは集中的にやりましたので、ずいぶんと以前は暗かったところ、よく理解していなかったことが明るくなったと思うんです。
 もうちょっと内容的に見ますとね、国際情勢はいろんな方面から勉強しました。経済や金融のようなところですね、これはだいぶ前進しました。
 この十三年間でいろんな変化が資本主義の経済に起こったとすれば、不均等発展の中で、昔からわかっている理屈ですが、多国籍企業の発展ですね。八〇年代後半、特に九〇年代に入ってからは急速です。プラザ合意の通貨調整で不均衡を片づけようとしたんでしょうが、多国籍企業間の競争はいっそう激化するんですね。
 その後が八〇年代の後半から、実物経済と金融の乖離(かいり)。投資する場所がなければ、どんどんカネ余りですよね。ゼニを運用せねばならんので、どんどん市場をつくりだすんですね。かけ事も含めて、なんでも市場になる。先物市場もあるし、あっちがもうかるとなるとドッと、やばいとなるとまたドッと帰ってきて、ぐるぐる回っているという世界。
 特によくいわれるのは、ドルはいつ暴落するだろうかという話です。われわれは当初のころは、競争力が弱いから経常赤字が出る。これはいつまでも続かないということで通貨は暴落すると。しかし、米国の現実は必ずしもそうではないですね。今か今かと暴落するのを待っていても、いつまでたっても暴落せん。
 つまり、経常収支の問題とドル高・ドル安は直接には結びつかない。一般的な条件ではあるんですが。しかし、ドルも売り買いですから、それを欲するやつがあれば高くなるですね。
 世界の破局がいつくるだろうか、どういう条件でか、ということなども、勉強する機会がありました。つまり、日本の運動を進める上で革命的な危機の諸条件がいつごろ、あるいはどういう方面からということは、今度の大会でのわれわれの大きな関心事だったということです。そういうわけで、大会はいろんな問題を解決する。党建設の問題では、今度は理論的にも解決したように思います。
 それから、新しい指導体制をつくった。十三年やりますと、若いやつは成長するし、歳とったやつは力をなくするわけですよ。個人差はありますが。というわけで、できるだけこの時点における、あるいは少し長い目で見て、将来性のある最良の指導部を形成するような努力をやってみました。そして、顔ぶれには変化が出てきたんですね。そんな具合ですかね、大会は。


国際情勢について
力の限界さらす米帝国主義

編集部 国際情勢ですが、昨年は以前にもまして、米国の孤立、力の弱まりが明らかになった。シリアやイラン、朝鮮民主主義人民共和国に対して引き続き、それに中国にも通貨問題を含めて圧力をかけている。しかし、イラクはもちろん、アジアも中南米も思うようにならない。内政も困難続きです。こういう中、居丈高な政策が以降も続くのだろうか。読者も関心があるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。

大隈議長 そうですね、イラク戦争を始めて今度で三年目ですね。でも、われわれはこの間言ってきたんですが、あの戦争にかかわって、米国の衰退は早まったんだと思うんですね。力も伸びきってきたと思うんです。これは。
 イラクで選挙に基づいて「政府」が発足して、安定に向かうんだろうか。ブッシュ政権があそこを侵略して、「民主主義」というか、彼らの言う議会政治、これを押しつけることによって、いくらかの変化は及ぼしたとしても、米国で公式に言われているような社会になるとも思えないですね。
 この間、フランシス・フクヤマ、彼が読売新聞(〇五年十二月十一日)に書いてました。もはや米国では、イラクから撤退するしないの話じゃなくて、ブッシュも含めて「いつ撤退するか」というふうになっておると。しかし治安が収まるふうもないし、今度の「政府」が成功する見通しもないということをあげて、「たった一つ希望がある」と、こういうことを言ってるんですよ。
 シーア派が選挙に備えていくつかの政党をつくった、この政党が連携して大きな影響力を持っている。この党が軍と警察の要所要所に自分の党員を配置したと。これらは、既に正式な政府の指示でなく、その政党の指示で動いていると。これがあって、だんだんに勢力を伸ばしてきていると、シーア派の中でですね。
 実際のイラク全体の動きを見ていると、北部のクルド族、あそこには石油資源があって、政治的にも軍事的にも押さえている。シーア派は多数派だから、これまた南の方を押さえておって、これも石油資源がある。そしてスンニ派は少数派で、砂漠の方に、資源のない方に追い込まれていると。これが「希望が持てる」とね。
 イラクの政府が安定すれば米国は帰れる。事実、シーア派の指導的なやつが「米国が妨害さえしなければ、われわれはイラク政府を安定させれる」と、こう言ってるんだと。もちろん、ブッシュが今公式に言っているような「民主主義社会」とはほど遠いと。血なまぐさい虐殺もやってるし、今しばらくそういうこともあるだろうと。しかしこの虐殺が終わってくれば、スンニ派は人数が少ないんだから、血なまぐさい後には「平和が来る」「安定が来る」と、こう書いてるんですよ。
 そして、米国はそれ以外に方法がないんだから、シーア派が言うように妨害しないで、安定するまでの今が大事なんだと。安定もしないまま、見通しもなく引き揚げると、イラクはますます混乱すると。「民主主義」にはほど遠く、血なまぐさいこともあるだろうけれども、シーア派が押さえて安定すれば悪いことではない。米国は引き揚げられると。それに、他の友好諸国、つまりヨーロッパなども悪いこととは思わないだろうと。そこに安定した「政府」ができ、混乱したりしてもイラク人が実際に政権を握るわけではないし、石油等々は買えるわけだから、友人も理解するだろう、これ以外にないと。今が大事だから、「民主主義で安定を」というのは捨てて「安定」だけを取るべきで、それには拙速を避け、それから引き揚げるということを言ってるんですよ。
 そういうわけで、ブッシュが言うようにイラクに「民主主義」を植えつけてそこに米国の友好国をつくって、という可能性は、もはやないと思うんですね。今、シリアも脅かしてます。シリアはこの間のレバノンでの暗殺問題ね、あの問題もあって、ヨーロッパも関心を持ってるようですが、イラクのように軍隊を送ってということはヨーロッパはなかなか納得しにくいんじゃないかと思うんですね。イランも、米国は脅かしはしているけれども、主導権はヨーロッパが握っている。権益も深くかかわっていると思うんですよ。そこにも軍隊を送れない。
 朝鮮はどうかというと、もうこの一年ですっかり変わってますね。だから私は、米国はこのところ力が伸びきっていると思うんですね。そうかといって、米国が明確に負けた形は取れないと思うんですよ。そうなれば、米国の影響力はもっと後退するわけですから。
 それから米国の上部構造と下部構造の話ですが、共和党であれ民主党であれ、その交代が米国社会の下部構造を揺るがす政変ではないことは間違いないんですよね。
 しかし、この民主党と共和党の基礎にある米国の経済構造をだれが握っているかという点では、やっぱり金融寡頭制ですから。しかも、米国は実体経済の競争力は弱いもので、特に金融で仕事をすることに重きを置く、そういう社会なんですね。そういうシステム。その点では変わりがない。そしてその点で、彼らは基軸通貨としてのドル、ドルが基軸通貨であることによってきわめて恩恵を受けているわけですから。
 だから、根底的に変わるとは思わないです。それにしても、米国のネオコンというやつです。これは特にイラク戦争で、ブッシュ政権で権力に就いて、九・一一があって、そしてアフガンからイラクまできて。今のような政治で、世界情勢を力で大きく変えられるという幻想を持ったんでしょうが、やった結果として、米国の保守派とネオコンの間には大きな亀裂が、つまり共和党の中に亀裂があるということですね。
 だから、ネオコンは米国政府の中で後退せざるをえないですね。そういうのが端々に出ていると思うんですよ。ブッシュ自身が手直しもしているでしょ。政権が続く続かないにしても、少なくともブッシュがやってきたこれまでの政策は、変わる変わらないは別にして、変えざるをえなくなってきた、そういう流れの中に今、米国政治はあると見ていいんじゃないでしょうかね。
 そうすると、以後、大きな冒険は、やる力はないと見ていいと思いますね。むしろ、イラクを収拾したいが手いっぱいで、新たに何か始めるというのは、その失敗を忘れて、そしてブッシュの時代でない時に、またこないとも限らないですよね。危機が深まってますので。
 それで最近のブレジンスキーの見解(「孤独な帝国アメリカ」)を見ますと、面白いことを言っていますよ。一つはですね、テロをどう分析するかで、テロの社会的な側面、これを明確に見にゃならんと。イスラム教がもともと直接テロと結びつくわけじゃない。過激派のいろいろなところを分けて対処せにゃならんのだと。分けないで、十把ひとからげでテロをたたくと、彼らは後から後から兵力を補充すると。しかし、分けて、テロの背景を理解して、そこはそこで手を打てば、テロと切り離すことができると。後続部隊を断ち切れると。そうすれば簡単には片づかないにしても、いつかは長期戦で可能性はあると、非常に慎重に出ている。
 もう一つは、有志連合とか、そんなことじゃどうにもならんのだと。これも崩れているんだから。だから、友好国と関係修復せにゃならんと言って、ネオコンとその影響下のブッシュを批判してますね。米国の力の限界というのを強調している。これはずっと前のナイ(元国防次官補)なんかと同じですね。
 それから例の「アメリカ時代の終わり」を書いたチャールズ・カプチャン、これもキッシンジャーとか保守派の中の若手のやつですけれども、これの考え方も基本的にこう言ってるんですよ。「テロが主要ではない、ヨーロッパが強くなってきたことだ」と。別な言い方をすれば、米国の経済が衰退する歴史的な局面にあるんだから、これはどうにも止まらないという認識ですね。問題はヨーロッパのところだと。
 カプチャンは非常に具体的な状況を分析してですね、これだけの肥大化したマネー社会で、経済のグローバリゼーションだけでなくて金融のグローバリズムもある。九七年(アジア通貨危機)で試験済みで、一カ所でことが起こればたちどころに世界に波及すると。
 彼はそういう時、米国が衰退し他の強国が入れ替わってくる時代、覇権を試みる新たな新興勢力、中国ですね。それにどう対処するかを基本的戦略として、三つ言ってますよ。
 ひとつは、「抑制」。つまり、帝国主義がいま強いからといって、力に任せてやってはならないと。伸びる勢力、いまより発言権を求めている勢力、これを抑えることができないわけだから、力のあるうちに、自分の欲望を抑えて彼らに「出番」を与えて、いわば「取り込め」ということなんですね。そうすれば彼らもその国際システムに入ってくるだろうということですね。いわばサミット(主要国首脳会議)とかいろんなことですね。
 それから「システム化」。国際的ないろんな仕組みをつくれと。そしてここにみな、組み込めと。六カ国協議もそうなんでしょうが、そこで合意すれば、一国ではなかなかそこから離れられんと。孤立するから。
 三番目に「社会化」と言っている。「社会化」ということは、十九世紀後半のドイツ帝国のビスマルク時代の経験。ビスマルクははじめはダダッーと周辺国を攻め滅ぼすようにして隷属させ、領土を広げるんですね(普墺戦争・普仏戦争など)。その後、ピタッと侵略をやめる。そして、きわめて友好的にやり始めるわけね。その情勢を固定化させようとするわけだ。その結果として、第一次大戦までの三十年か四十年ぐらい、平和が続くんですね。このときビスマルクがやったのは、ヨーロッパの貴族とか皇帝、政治家、そしてその家族までをつき合わせて、個人的なネットワークをつくっている。政略結婚もやるんですよ。これを「社会化」と言うんだね。
 つまり基本的な政策、登場してくるやつを「取り込め」と。具体的には「システム化」だと。国際的な機構の中にみな、取り入れてそこで議論をし、米国も「抑制」しながら、彼らの意見は「それはいい意見」と言って取り入れると。まだ力のあるうちに、反対することもできるけれども、先は見えているんだからむしろ反対しないで、その意見を信じてやれと。もう一つは、個人的なことでもみなつき合う。その三つを、基本的な米国の戦略にあげようと。
 彼は面白いことを言っている。歴史上、「強い国が滅びるときに、それを阻止できた国はない」と。ローマ帝国以来ね。ないけれどもそうやって、短期間の個々の経験、部分的な経験の中にはあるんだと。それを総括して「抑制」「社会化」「システム化」だと。
 これは、米国の有力な戦略家たちが、米国の先が見えているということを知っているわけですよね。で、その場合、念頭にあるのはヨーロッパに対する不安ですよ、みんな。そういう状況ですね。

米欧亀裂、世界の「反米」の高まり

大隈議長 したがって、私はさっき党大会のところで、九〇年代以降の、社会主義諸国が崩壊して以後の主要矛盾というのは、米国先頭の先進国、あるいは帝国主義といってもよい、そしてそれ以外だと。そして、それ以外を二つに分けて、二次大戦後独立したような新興発展途上国の一部と、社会主義が崩壊して「ふつうの国」になってきた国。これは決して先進国ではないわけですから、それ以外の国の途上国などと同様だと。
 で、片一方で少数が豊かに暮らしていると言ったんですが、その中でも、いまのヨーロッパを、米国を支配しているイデオローグ、戦略家はえらく意識してますよ。ですが、社会主義が崩壊したにもかかわらず、二次大戦までのような時代と状況は根本的に違っている。帝国主義諸国、先進諸国はその生活を守る、経済を守るためには結束せざるをえないという姿勢になるわけですよ。
 その米欧亀裂をどう評価するかというと、ヨーロッパもドル体制の崩壊を望んでいるところはまだないんですよ。中国はもちろん、日本ももちろんそうです。ヨーロッパもユーロをつくって、これはドル体制の動揺とかいろんなこともあったり、二次大戦前の歴史の経過もあります。が、いまのところ、きわめてユーロは防衛的ですね。にもかかわらず、実態としてはどんどんドル圏を侵食していることは間違いない。
 だけれども、攻めて、ドルを攻めて闘い取ろうとはしていない。これはね。あまりにも、世界経済にとって混乱は恐ろしいことだから、そういう意味で、ドル支配がしっかりと働いているわけですよ。
 しかし、耐えきらんのも事実でして、そういう意味で、この世界の主要矛盾が米国先頭の帝国主義とそれ以外の国にあっても、米欧というこの一対の矛盾、これをひとつの矛盾としてとらえると、この矛盾の地位が、だんだんに上がってきている。
 この矛盾というのはずっと昔からあるわけですよ。しかし、これが政治の世界でも初めて顕在化した、そして世界政治に影響を与える、そして米国がこれをさかんに気にせざるをえない。そういうところまで、さっき主要矛盾で、他の国は支配的な位置に立ったやつの成り行きで、皆、身の処し方を決めるという言い方をしましたが、この帝国主義陣営の中で、米国が確かに頂点に立っているんだけれども、衰退しつつある米国。もう一方は登場しつつあるヨーロッパ。世界政治を動かす上で、この帝国主義陣営の中で、ヨーロッパの比重が高まっておる時期。しかし、彼らの間の対立が中心で、世界が動くという時代ではまだない。そういうことですね。
 それで、今度のわれわれの大会のところに「反米の高まり」ということが書いてありますけど、それはこういうことですね。ふつうから見ると、帝国主義陣営、米国がその頭目だから、「反米」っていうのはある意味当然で、世界で批判が上がる。だけれども、「反ヨーロッパ」「反仏」「反独」とかいうことも色濃く映るはずですよね、ふつう。利害があるんだから。
 しかし、必ずしもそうならない理由は、ひとつはこの数カ年、イラク戦争が起きたでしょ。その時、ヨーロッパは石油を押さえられるという危機感から、これを抑えようとしたんですね。つまり、ヨーロッパは独り占めに反対なんです、石油の。しかし、分けてくれるのならばよい、ということですね。それがさっき、フクヤマが、そういうイラクの「安定」ならば友好国も悪くはないのではないかといった理由ですね。そしてフクヤマは追加しましてね、そんなことに手を取られると、「対中国が遅くなる」と。ここを早く引き揚げて注目しないと、と。中国は皆、十五年か二十年の射程が限界だと見ているようですね。
 さっきの話に戻しますがね、「反米」が高まる理由はですね、イラク戦争を契機にして、米欧亀裂が戦後政治の世界で初めて顕在化したわけですが、このときヨーロッパが米国に対抗するには、「全世界」の名においてやらにゃならん。だから、イラク開戦時にシラクがアルジェリアに行ったのは、あそこでイラク戦争反対をやることが、フランス、ドイツを中心とするヨーロッパが「そこの味方」だということを示すことなんです。帝国主義で実際は争奪なんだけれども、それを「多数派」の名によってやった。つまり、非常に政治的に策をもってやった。米国は単調だから、そこでズラッーと「反米」に向けたという。それは国内政治でもあったわけですね。しかし、国際政治でもあったんですね。
 話はちょっと違うんですが、よく悪い市長が出るでしょ。そうすると後釜を狙う市長候補、政治家ね、これが「オレの利害を侵した」といってケンカはしないんですよ。「いまの市長は市民のためにならん」と、こう言うんですよ。なんのことはない、これが代わったら同じような悪いことをする。同じ帝国主義ですね。まあ、そういう、毎日われわれが見ているような政治が、国際的にやられたと見て間違いない。
 それで、皆、ヨーロッパを「味方」というか、眉唾(まゆつば)ものだけれどもそう感じて、とりあえず世界の世論が米国に向いているということでしょうか。もちろん、米国に向いたということは、米国が世界のいろんなところを侵しているからですが、独仏に向かわなかった理由はそういうことですね。そして、ああすることによって、アラブ諸国のヨーロッパに対する見方は少し変わったんだと思うんです。
 そして、また独仏の支配層、その政治家たちの国内における政治的地位も一時高まったんですね。それを「矛盾論」風に言うと、米欧の、つまり全体として主要矛盾は帝国主義、米帝国主義と他との間にあるんだけれども、しかし、米欧の間にもずっと以前から矛盾があって、そしてイラク、つまり石油問題をきっかけにして、この対立もやや世界政治に影響を及ぼすように、「矛盾の地位が高まった」ということですね。副次的な矛盾と言ってもよい。主要矛盾が帝国主義全体と他、といったことから、もう一つの米欧の矛盾というのも、それほど決定的ではないけれども、そしてまだ、彼らも同一性の内に収まっているような状態だけれども、しかし、その矛盾の地位がやや、世界政治を動かす要因の一つになってきておると。それが現象的には「反米」の高まりということになるんだと思うんですね。

国内情勢について
急速に潮目が変わった政局

編集部 国内情勢ですが、昨年九月の総選挙で自民党が大勝した。しかし、以降の改革政治の本格化の中で、地方や医師会などの団体も抵抗を強めた。アジア外交の行き詰まりも打開できない。選挙の結果だけでは、がっかりする向きもあるわけですが、その後の変化を中心にお話し願えますか。

大隈議長 九月の総選挙、あんなふうに圧勝するとはだれも思わなかった。小泉もそう言ってるんだから。
 われわれは、矛盾が深まっている下での選挙だったという評価でした。それを、あの三百議席の圧勝というのを見ると、予測を超えた事件が起こったので、ふつうはそれ以前の判断の基礎を疑う。しかし、よく分析してみると、この勝利が彼らを有利にした面もあるけれども、矛盾を深めたということが確認できて、やや少し長いスパンで見れば、彼らは強い立場ではなく、むしろ難しくなったのではないかという結論になったわけです。
 長いスパンというのは、一つは、小泉は今年九月に辞めると。そうすると、もう指導力が落ちるだろう。つまり、周囲はあまりペコペコしないでよくなるわけだから。
 もう一つは、改革政治が正念場にかかる。地方の反乱もあるわけだし、そういう難しさが出てくる。
 それから自公ですね。この矛盾もはっきりしてきて、局面が変わった。従来のような、公明党から見れば自民党にくっついていることによって自分の党派を伸ばすことが難しい、限界に来た。自民党の側から見ても、公明党なしには生きていけないが、改革ではジャマになるというような面ですね。だから、そういうところもやや、ターニングポイント、折り返し地点に来ているなというようなことですね。
 もう一つはアジア外交ね。中国で反日デモがやられたことなどです。これはますます険しくなってくるということで、長いスパンで見ると、むしろ危機に向かっているというか、不安定に向かっていると評価してよいと。これが私の結論だった。
 それと二〇〇七年が来るので、参議院選で自民党が勝つ保証はない。さらにそのあと二年すると、次の総選挙がやってくる。小泉がかき集めて選挙に出したような連中、あれは小泉がいないと、風のまにまに上がる候補だから。従来の保守派は、伝統的に長い結びつきでやっているから、弱いようで強い。さっとした風で伸びない代わりに、さっとした風で崩れもしない。ただ、じわじわと衰退するというね。
 ところが、もう去年の暮れ、十一月ぐらいからがらりと雰囲気が変わってきた。早いものだと思った。
 ちょうどそのころブッシュが来たですね。それでアジアを回った。あれは日本に来たからホッとして、自分の家に来たようなもの。しかし、韓国ではお世辞を言わないといけない。中国でも芳しくない。韓国は「出ていってくれ」と言っているわけだから。そういうわけで、ブッシュの外交はとても力が弱ったのがミエミエだった。
 その日本の新聞が、ブッシュが日本から韓国に行ったその日のうちから、「小泉・ブッシュの関係も限界ではないか」「日本も考える時期にきた」と、いっせいに書いた。こういうことですね。
 私は〇七年とか、そういうスパンで流動化する、今の政治が揺らぐだろうと見ていたが、たった三カ月で潮目が変わってきた。これがいちばんの印象で、この正月以降の政治というのは、そういう流れで動いていくと思うんですね。

最近の経済情勢について

大隈議長 経済ですが、いま好転するとかしないとか、企業利益が上がったとかはもう四〜五年になりますからね。その延長で、最近の株高です。
 これは、谷垣財務相が面白いことを言っていた。この間の円が一二〇円前後に下がった頃ね。それから株が上がった。とくに円について、「日本のファンダメンタルズかな」と。それじゃあ、いまは一一五円ぐらい。これを何と言うんだろう。「いっそう強まった」と、十日とか一週間で言えるのか。
 この間のG7のときに、世界的には流動性が大きいのでインフレ対策、金融を引き締めなければならない、世界的な規模で。しかし不均衡だから、個々に見ればヨーロッパはどうか、日本は……というのがあって、米国は利上げが続くだろうということがありました。それで、「人民元を上げろ」という要求を日本だけがやったというんです。もちろん、米国もしたんでしょう。ところが円にはだれもふれない。それで調子が悪かったんでしょう。矛先を人民元に向けているわけです。当時の円安は必然性というか、「なるべくしてなっている」という解説をするわけね。「これが日本の基礎的な経済力を反映したもの」と。そういうわけで、いい加減なものだと私は思う。
 したがってですね、やはりいまの政治家、いろいろ言っても、世界経済の状況について、あるいは世界政治の動きについて、十分な見通しをもっているのはだれもいないと言ってもよい。ただ、資産家たちがあり余ったゼニをどう守るかで、投機的というか、だれかは個人の判断でやるし、だれかは専門家に任せて、汲々(きゅうきゅう)としている時代というか、そう思います。
 だから、考えてみると、今日明日の株価がどうなるかについてはルービン(元米財務長官)ほど、あるいは人の財産をかすめ取るような専門家に比べれば間尺に合わない理論だけれども、長期的な点から見るとマルクス主義がもっとも優れていて、これに代わる、世界を洞察するものは、私はないと思うんですね。

財界の願う二大政党制は容易ではない

大隈議長 民主党のことを言うと、面白いなと思ったんですが「政策を競い合う」というやつね。前原代表が米国で「中国脅威論」をやったことも話題を呼んでいる。私もなるほどなと思ったことがあった。
 いま、米軍再編で沖縄問題がなかなか片づかないわけでしょう。前原は「特措法賛成」と。しかし、自民党の古い政治家たちは、いままで沖縄問題でずいぶん苦労をしてきている。抑えつけただけでは片づかないわけですから、ゼニも使ってずいぶん支援してきた。こんどは、はじめからゼニを見せびらかしてもいかんので、「ていねいに説明する」と言うんだけど、ぜんぜん手がかりはないですよね。住民も反対しているし、自治体もみな反対しているわけですから。それでも、自民党は辛抱強く、最後には特措法とか伝家の宝刀を握っているにしても言わないですよ。かえって反対を誘うから。
 前原はそういう経験もなく、初めからダンビラというか「特措法」と言って、弾圧するということでしょう。自民党からすると、危なっかしくてしょうがない。もちろん、政権を取っていないのでいいんだろうが。そういう民主党ですね。
 したがって私は、日本の政治再編は容易でないと思う。支配層から見てね。というのは、二大政党の一方が民主党だけど、政策的にも反対軸をつくれない。例えば、米国に余裕があれば、だれかは親米で、だれかは「反米」とは言わないまでも、中間ぐらいの「抗米」とか「非米」とかでもよい。しかし、それさえ米国にとっては心配なわけでしょう。
 さかんに前原が「労組依存から離れて」とかやっているが、小沢などがきわめて用心深く社民を取り込んで壊して、最近だって横路氏を副議長に据えたとか、そういう手の込んだことをしているのに、前原はあっけらかんとして「労働組合いらん」と。これは、二大政党制に向かうには、まだ早すぎるようですね。


06年、労働党は断固闘う
米軍再編挫折させる広範な戦線を

編集部 そういう情勢で、〇六年、わが党の闘いについて、最後にお話しください。

大隈議長 長期的な視野では、世界的な危機が緩和する方向にはないと思い、われわれは党の建設を急ぎ、この局面で労働者や国民諸階層の要求を断固として支持して闘います。
 今年何をやるかということで、一つ明確になっているのは、米軍の再配置ですね。これは近来にない、広い戦線がつくれると思うんですね。政府がこれをやろうとすると、自治体の協力なしには基地問題は片づけにくいですよね。強制的にということになると、一つや二つでない。前の沖縄特措法(米軍用地特措法)などという範囲ではなくて、どこもでしょう。これを政府が片づけるのは容易なことではない。
 しかもこれには改革政治で地方をどんどん切り捨てていることへの不満も重なっている。地方がみな不満をもっている中で、政府がやることに賛成せにゃならんという空気は吹っ飛んでいるわけですね。
 それから、地方議員が動いていることと関連があるんだけれども、保守政治家の中でも、あるいは品川正治さんのような財界人でも、米国に協力する小泉のやり方に批判がある。再配置は西の方では石油を狙っているけれども、こちらは基本的には中国をにらんでいるわけですね。朝鮮問題もその一部ですよね。
 しかも、台湾で危機が起これば、そのまま戦争になる可能性があるわけですから。そういうばく然とした不安感をみな持っていますから、基地反対闘争はむしろ共感を覚えられる、広い支持が得られる。孤立することはないですよね。
 それにもう一つ、最終報告は三月で、急いで解決しないといけないのに、自治体選挙が翌年にある。そうすると、いま地方の首長にしても議員にしても、住民がこれだけ反対しているのにどういう態度を取るかで、あと一年して来年選挙で落とされる可能性がある。そういう面でも、いくらか地域にゼニをもらうよりも、議員であれば落ちることの方が大変ですわな。これは首長だって同じだと思うんですよ。
 従来、うまいことをいって妥協するのが首長とか議員だったけれども、そういう利害を抜きに反対している。住民は選挙で上がるとか上がらないではなくて、現実の危険を感じているわけですから。目の前で裏切りにくい環境という点から見ると、今度の闘争は、その広がりから見ても状況から見ても、抵抗力があると思うんですね。
 もし、欠けているところがあるとすれば、労働運動がまだ十分これに合流していないということでしょうかね。これもおっつけ、だんだん状況を切り開けることになると思うんですよ。そういう点で、われわれの役割があるわけですから、これはがんばってみたい。
 われわれも支持しともに闘っている自主・平和・民主のための広範な国民連合も、とてもいい仕事をしてきているわけですから、貢献できるのではないかと思うんですね。広い政治戦線がつくれる。

改革・増税反対、賃上げなどの闘いについて

大隈議長 もう一つ。改革政治もいろいろなものがあるんでしょうが、とくに自治体が動くわけですから、政治的な雰囲気をかもし出すための、例えば、国民連合が組織した議員交流会ね、これはいまのような局面、再編問題や改革政治という重要なテーマがあるわけですから、政党間の対立が抜き差しならないようなことにならなければ、この地方議員の結束というか、そういう流れも強まると思うんですね。
 国民連合が、国民連合の基本的な方針を支持してくれていて、しかも国民連合の推薦を望むなら、積極的に選挙を含めて支持しようという、ああいう方針を出したのもタイミングがいいと思うんですね。そういう点で、一つの戦線として地方議員の全国的な連携を、米軍再配置の問題と内政での改革政治ね、このようなテーマで広い戦線をつくって闘える。
 もう一つあるのは、消費税は〇七年までやらないとかいろいろ理屈を言っています。それはそうかもしれないが、すでに大増税の時代に入ったわけですね。だから、これらのところでも、いろいろな運動の進め方があると思うんですね。
 労働組合のところでは、敵側も労働者にはくれないにしても「景気がよくなった」と言っている。これは、やはり大幅賃上げですね。それから、賃上げと首切り反対。とくに労働者は、賃金問題をクローズアップしてやるべきだと思うんです。不景気だということで、いつの間にか労働者は飼いならされて、肩身が狭くなっているけれども、吹き飛ばすようにやるべきです。部分的には賃上げをやるという雰囲気がある。それは「これだけいいよ」と向こうが言ったんだろうが、そういうことではなくて、労働運動が、むしろ世論として労働者の中に、大幅賃上げという広い空気というか、意欲を与えるようにすべきですね。
 それから失業者の闘いですね、これは放置されている部分もあるでしょう、地域差もある。
 そういうところで、闘わなければならないことにこと欠かない。第一に大事なのは、米軍再編の問題で広い戦線をつくることではないでしょうか。
 わが労働党は、これらの課題で広範な戦線を形成すべく闘うつもりですので、本年もよろしくお願いいたしますと、読者の皆さん、支持者や友人の皆さんに申し上げたいと思います。

編集部 ありがとうございました。


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