労働新聞 2004年3月5日号 社説

国論の分岐におびえる支配層

「イノベート・ジャパン」提言を
暴露する

 イラクへの自衛隊本隊の派遣が開始された。日の丸をつけ、重火器で武装した自衛隊が、戦後初めて、海外の戦闘継続地域=「戦場」に投入された。イラクの人々はもちろん、だれの目から見ても日本の海外派兵で、米軍中心の軍事占領への加担である。
 イラク現地の情勢は、戦後復興どころか、イラク人民の反米、反占領闘争の激化の中で、米主導による占領政策は泥沼にはまっている。欧州などとの対立激化の下、米国は孤立し、窮地に追いつめられており、わが国の経済、軍事での対米支援は、国際社会でも突出したものとなった。
 圧倒的多数の国民が、小泉政権のこの選択、対米追随の海外派兵に反対するのは当然である。
 一方、わが国経済は引き続き深刻で、小泉改革政治の下、国内製造業や中小商工業者、労働者などは塗炭(とたん)の苦しみにある。
 ところが、破たんした長銀(日本長期信用銀行)を、二束三文で買い取った米国資本リップルウッドは、公的資金注入など、「盗人に追い銭」の手厚い支援を受けた上で、2月19日、株式を再上場、1日で1兆円というぼろもうけを稼ぎ出した。まさに、米国資本による日本企業の買いたたき、食い逃げで、小泉改革の、売国的実態が暴露され、国民の怒りと反米感情はかつてなく高まっている。
 このような中、日経新聞紙上で「イノベート・ジャパン・プロジェクト」なるキャンペーンが執拗(しつよう)に続けられている。
 16日付の3面立ての全面広告では、この運動の発起人であり、熱心な推進者である東海旅客鉄道株式会社社長・葛西敬之氏が、突如として、外交・安保政策を取り上げ、「地政学的な国際認識に立ち包括的な日米関係の構築を」などという提言を発表。この時期に、あえて軍事、経済一体の対米協調なるものを叫びだしたのである。
 ここには支配層の幻想にあふれた情勢認識というだけでなく、対米関係での、国論の重大な岐路の接近におびえる支配層の危機感が反映している。

多国籍企業ための「刷新」目指す イノベート・ジャパン

 「イノベート・ジャパン」(日本を元気にする経営者会議)なるものは、トヨタ自動車やキヤノン、東芝、損保ジャパン、野村ホールディングス、そして東海旅客鉄道などの大企業の社長、会長らが発起人に名を連ねる団体で、昨年5月に結成された。以降、日経新聞紙上でほぼ毎月、「日本を刷新するための提言」なるものを発表してきた。
 この団体の呼びかけ文である「イノベート・ジャパン宣言」は、「いまこそ経済人が(資本家が)自らの思いを存分に語り、経済人の信条に沿った新しい日本をつくるとき」と、多国籍大企業、財界の利益に沿った日本の大改造を明けすけに標榜(ひょうぼう)している。これはいわば、財界のための改革政治推進の国民運動団体とでもいうべき代物である。
 その「総括提言」の中で葛西氏は、「日本が21世紀を生きていく上で、1番必要なこと」は、この国の国際政治的位置づけ、つまり外交・安保の基本姿勢を明確に認識することだ、と言うのである。彼は、「日本は、太平洋の西端にある海の国で、ユーラシア大陸の東端にある陸の国ではない」として、日本は米国と「包括的な協調関係」を結び、強大化する中国などのユーラシア大陸と対抗することを、その国家戦略の基本に据えねばならない、と叫ぶ。
 そして日米関係は、「単に安全保障を意識した同盟としてだけでなく、経済的な相互依存と役割分担を併せて構築していく必要がある」とし、具体的には、集団的自衛権の行使による軍事での米戦略の補完、製造業などの面で相互の経済的分担関係を認めあうことが、日本の果たすべき役割だという。
 ことさらに中国を脅威と描き、これに対抗し、アジアでの指導権を確立するためには、米国の力が必要だと強弁する。そして、軍事、経済など全面的に米国を支え、米国に認めてもらいながら、しだいにアジアと世界での指導権に近づこうというのである。

時代錯誤の亡国の道

 しかし、財界のいう強大な米国は幻想で、米国は今や、経済での衰退のすう勢が止まるところを知らず、産業競争力も低下し、世界最大の経常収支赤字国、その上財政赤字も最悪を記録し続けるに至った。このような中で、世界の投資家はドルへの不信を強め、むしろ存在感を高めるユーロへのシフトを強めている。最近の急速なドル安はそのことを示しいる。世界最大の借金国米国の、異常な高消費を支えた、ドルの環流システムはいよいよ行き詰まり、米経済とドル体制はいつ破局に陥っても不思議でない事態を迎えている。
 支配層が頼みとする、米国の強大な軍事力も、この衰弱しつつある経済の上に咲くあだ花である。米国は、むしろ衰退を押しとどめようと、ことさらに軍事を前面に掲げ、世界でことを起こし、世界支配を維持しようと妄動しているのである。ブッシュ・ドクトリンとは、こういうものである。
 米国は、アジアでも自らの支配権を維持するため、危機をつくり出すことを狙っている。朝鮮半島、台湾海峡、みな米国の演出する危機である。この米国の戦略に従い、集団的自衛権、軍事でもこれを補完するなど、地域の緊張を高め、米国の引き起こすアジアでの紛争の矢面にわが国を立たせる、極めて危険なものである。これは、戦前の誤りを繰り返すもので、まさに時代錯誤で、幻想に満ちた、亡国の道である。

相互依存関係など真っ赤なウソ

 しかも、膨大な米国債を買い続け、資金を環流させて、衰退する米国経済を、1人支えているのもわが国政府である。昨年も国家予算に匹敵する規模の為替介入を行い、ドルを買い支え、そのドルで米国債を買って米国への「仕送り」を続けた。しかもドル安は止まらず、昨1年で8兆円、1昨年で6兆円もの目減りで損失を被っている。
 さらには先述したように、日本からの資金を元手に肥え太った、米ハゲタカファンドによる、わが国企業の相次ぐ乗っ取りである。
 これは、世界でぼろもうけし、ドル資産を積み上げて、米・ドル体制と一蓮托生(いちれんたくしょう)で生きようとする多国籍大企業の利益で、要求ではあるが、国内基盤の製造業など国民経済からすれば、急速な円高で輸出競争力どころか存立の危機に立たされ、その上為替介入で収奪され、果てはハゲタカファンドに食い物にされる。これが、こんにちの日米関係の実態である。
 この構造のいったいどこに相互依存、役割分担などがあるというのか。あるのは米国による、わが国国民資産の収奪、一方的な犠牲の押しつけのみである。

国民的世論と運動で国の進路転換を

 このような中、国内各層から従属的日米関係の見直しの動き、世論が高まるのは当然である。
 引退した元自民党幹事長の野中広務氏は小泉政権を「アメリカ型の市場万能主義の急速な導入とアメリカの権益がかかる戦場への日本の派兵」(著書「老兵は死なず」)を進める売国政権と批判した。イラクへの自衛隊派兵に当たっては、自民党内の有力議員の中からさえ国会議決に欠席して抗議をあらわす動きが表面化した。イラク侵略にいち早く賛成した中曽根でさえ、アジアや対中国外交では揺らぎを見せている。
 なにより、売国政治に苦しむ中小商工業者、農民、さらに国内市場を基盤とする経営者らの中からも、「売国奴小泉」と憤激の声が高まっている。
 米国に収奪され続け、ともに衰亡する道を歩くのか、それともドル依存体制からの脱却、自立、アジアとの共生を目指すのか、国論は重大な岐路に直面せざるをえない。
 葛西らの焦りは、ここに向けられているのである。
 窮地に陥っているのは支配層である。苦しまぎれの反動、売国キャンペーンを、はっきり見抜く必要がある。
 今こそ、従属的日米関係を根本的に転換し、独立、自主、アジアとの共生を目指す、まさに広範な国民世論と、国民運動を巻き起こさなければならない。


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