20010725(社説)

教科書問題

小泉政権のアジア敵視を許すな


 近隣のアジアとは激しい敵対関係、遠くの米国とは従属関係――これが小泉外交の実態である。
 来年度から使用する中学歴史教科書をめぐって、わが国は韓国、中国と激しく対立している。ことの本質は、単に教育問題ではなく、まして「内政干渉」という問題でもない。わが国がどういう歴史認識に立って近隣諸国と付き合うかという外交問題であり、わが国の生き方が問われる問題である。
 今回の問題も、先の日米首脳会談に見られるように米国と戦略的同盟関係をいっそう強化し、アジアで一定の大国として振る舞おうというわが国の危険な動向と深い関係がある。イデオロギー攻撃でもある。しかも、小泉首相はアジア諸国との敵対に輪をかけるかのように、八月十五日に靖国神社を事実上公式参拝することを再三公言している。
 こうして近隣諸国と敵対、孤立する小泉外交は断固打ち破らなければならない。世界が同時不況の様相を呈する中で、近隣諸国との善隣友好、平和な環境はわが国の繁栄と安寧の条件である。「新しい歴史教科書をつくる会」(扶桑社発売)などの教科書採択を各地で断固阻止するとともに、要求のあった教科書内容を修正させなければならない。こうした国の進路の課題で広範な人びとと闘いを進めることは、この時期きわめて重要である。

アジアで孤立する小泉政権
 今回の教科書問題は、すでに「つくる会」などが教科書検定を申請した昨年春以来、韓国、中国とは外交案件となっていた。「つくる会」の教科書は、アジア侵略戦争と植民地支配を正当化、美化するきわめて反動的、有害なものだったからだ。したがって、韓国、中国は再三、これへの正しい対処を日本政府に申し入れてきた。
 だが、両国の要求を拒否し、若干の小手先の修正をしただけでこの四月、文部科学省は結局、検定に合格させた。「つくる会」の教科書記述は、初期ほど露骨ではなくなったが、アジア侵略正当化の文脈が巧妙に生かされている。例えば、「つくる会」教科書は、中国での「南京大虐殺」について、「実態については……疑問点も出され……論争が続いている」と記述。これに対し、中国政府は「日本軍が一般人と捕虜に対して計画的に大規模な虐殺を行った事実を隠している。極めて少数の異論を、普遍性をもった議論として誇張、東京裁判の結論を疑うように誘導をする意図がある」と批判している。このように、この教科書は南京大虐殺自身に疑問を向けさせ、しかも他人ごとかのように見せかけるのに巧みである。きわめて意図的、悪質である。
 また、「従軍慰安婦」の記述は今年度までの教科書では七社が記述していたが、新しい教科書では四社が記述をしていない。全般に最も反動的で焦点となっているのは、「つくる会」のものであるが、それだけではなく他社の記述も後退している事実がある。歴史教科書全般が後退したことは、そこにはさまざまな政治圧力、思惑が働いたとみるべきであろう。
 まさに事実上、文科省と当事者との結託に他ならなかった。こうした反動的教科書を合格にしたのは、まぎれもなく政府であり、その責任は逃れようもない。
 そこで韓国は五月、「つくる会」教科書への二十五カ所、他七社へ十カ所、計三十五カ所の修正を要求、中国も「つくる会」教科書に対して八カ所の修正要求を行った。しかし、日本政府は七月九日、「事実誤認以外は修正できない」として韓国、中国の要求をほぼ拒否した。
 これに対して、韓国政府は与党三党幹事長の訪韓に対して金大中大統領が会見拒否、防衛高官交流の中止、日本文化開放策の延期などの抗議措置をとった。抗議の国会決議もされた。現時点では、生徒を中心とした日韓間の都市交流、スポーツイベント、ホームスティなど、民間交流の中止ないし無期延期は、すでに全国で八十四件にも達しているという。韓国における官民問わずのこうした激高は当然であろう。
 さらに、日韓間には靖国参拝、北方領土付近での漁業問題もある。
 中国との間でも、五月の田中外相の訪中、最近の与党幹事長訪中で厳重に抗議、要求を受けている。もちろん、朝鮮民主主義人民共和国との間でも、教科書問題、国交正常化問題がある。こうして、わが国は韓国、北朝鮮、中国との間で孤立した。まさに、わが国のアジア外交は最近では最悪の状況にある。
 ところが、他国から歴史認識についていわれるのは「内政干渉だ」という極論も、自民党、民主党の一部にある。これらの連中は、かつて日本軍国主義がアジア諸国を軍靴でじゅうりんした歴史を忘れたわけではあるまい。国の存在すらわが国に否定された歴史を持つ諸国が、わが国の動向に敏感になるのは当然であろう。このままでは、わい曲された歴史観で教育が強制され、誤った国論が形成されることになる。近隣諸国が警戒するのは自然である。
 かつて八二年にも、「侵略」を「進出」に書き換えさせた教科書問題は、アジアで大問題となった。その時、政府はいわゆる「近隣諸国条項」で「歴史事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮」をすると国際公約した。だが今回、問題が再燃することは、過去のアジア侵略に対してわが国が本気に反省していない証拠であろう。というよりも、支配層に別な腹黒い狙いがあるに違いない。

国の進路の課題として広範な戦線を
 一方、六月末の日米首脳会談で、小泉政権は、新ミサイル防衛構想、集団的自衛権行使で日米軍事一体化を進めようとするブッシュ米政権の安保防衛・外交政策への追随をはっきり印象づけた。ブッシュ政権は、中国敵視を明確にし、台湾問題では武力行使を辞さない態度をいち早く表明した。
 小泉政権が、このような米国との「同盟強化」に同調・追随するならば、わが国にとって隣国である中国、韓国・朝鮮との関係悪化、敵対につながることは言うまでもない。こうした米国からの軍事同盟強化の圧力と、今回の教科書問題は決して無縁ではない。アジアで大国として振る舞うのを掃き清めるものとなるからだ。
 東アジアに再び緊張と敵対をもたらす米政権に対して、アジアの一国として独自の善隣友好外交の姿勢ももたず、また歴史認識問題でも対応ができないのであれば、わが国はアジアで孤立する一方である。対米追随以外能のない、外交無能政権といわれても仕方あるまい。アメリカに追従して近隣アジア諸国と敵対する道は、わが国の進路を誤らせ、国益に反する道である。
 もちろん、八○年代後半から、わが国多国籍企業が広く世界中に進出し、その海外権益は拡大の一途をたどった。これを軍事的にも守る必要性が増大してきた面も見逃せない。自衛隊の海外派兵拡大もまた、支配層の要請でもあるからである。
 「親米一筋小泉外交、対アジア戦略マヒ」(朝日)といわれるように、小泉政権のアジア外交が破たんしているのは、誰の目にも明らかである。まして、靖国参拝を強行すれば、決定的となる。アジア外交では小泉政権はまったく窮地に立っており、この打開は緊急の課題である。
 教科書問題でも、韓国の激しい抗議と交流中止などの措置によって、小泉外交への疑問も広がりつつある。教科書採択では、栃木県でいったん「つくる会」教科書を採択決定をしながら、真剣な議論で撤回するような動きもある。労組や市民の取り組みもある。「つくる会」教科書の採択をやめさせ、記述内容の修正を求める闘いは重要である。
 国の進路の課題として闘えば、広範な戦線をつくることが可能である。


近隣諸国条項
 1982年夏、高校歴史教科書の検定において、アジア「侵略」を「進出」に書き換えさるなど、反アジア的な検定に対してアジア諸国、国内から批判が噴出し、外交問題にまで発展した。その結果、時の鈴木政権は、教科書検定基準の中に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」いう条項を設けた。

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