20001105 社説


歴史教科書の検定問題

アジアに敵対する右派勢力が策動


 産経新聞が十月中旬以降、文部省の教科書検定審議会委員問題を取り上げて執ようなキャンペーンをくり広げている。二〇〇二年度から使う中学歴史教科書の検定問題である。
 最初は十月十三日の朝刊一面トップに、「中学歴史教科書 審議委員の元外交官 検定不合格を工作 外務省幹部も関与の疑い 近隣諸国に配慮」と大見出しをつけ、「元外交官」の委員が「特定の出版社の教科書を検定で不合格とするよう他の委員に手紙や電話で働きかけをおこなっている」と報じた。それ以後も、「中国、教科書検定に圧力」と中国にホコ先を向けたり、「元外交官」の罷免要求、外務省攻撃などのキャンペーンを繰り広げている。
 きわめてセンセーショナルな書きぶりで、露骨な中国への反感をあおる論調である。
 時あたかも、中国の朱鎔基首相が来日、米朝共同コミュニケが発表された時期であった。「元外交官」の「法的には問題ない」働きかけを口実に、「中国の圧力だ」とあおり、後藤田正晴元副総理らの名前をあげて「関与」を執ように書き立て大騒ぎする産経新聞は何を狙っているか、その背景は何か。

指弾されるべきは産経新聞
 今回の産経新聞のキャンペーンは、まさに逆上したかのごとくである。それもそのはずである。「元外交官」が「あの教科書は日本の戦争犯罪の記述が足りず、おかしい」とした教科書というのは、ほかならぬ産経新聞社系列下の扶桑社発行のものである。「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、つくる会と略)のメンバーが執筆し、産経新聞社がスポンサー役となって、今回世に出そうとしている教科書に「待った」がかけられたからだ。
 だが、理由はそれほど単純ではない。「元外交官の働きかけ」、「中国の圧力」を書き立て国民に強く印象づけることで、黒白を転倒させ、歴史わい曲の問題教科書への批判を封じ、なんとしても検定を通そうとの魂胆が透けて見える。
 その証拠に、産経新聞は問題の焦点である教科書の内容にはいっさいふれず、奇妙なことに「中国の圧力」だけを非難し、韓国の厳しい批判はその事実さえ報じていない。
 「つくる会」の教科書の内容は、どんなものか。九月十三日の朝日新聞によれば、日本の過去の侵略戦争と植民地支配が正当化されて記述されている。まさに歴史わい曲のとんでもないしろものだ。
 韓国併合は、『日本の安全と満州の権益を防衛するには必要』だった、朝鮮半島は『日本を攻撃する格好の基地となり、後背地をもたない島国の日本は、自国の防衛が困難になる』と説明し、『東アジアを安定させる政策として欧米列強から支持された』と記述されているという。
 さらに、太平洋戦争はアジアの解放を目指すものだったとして『大東亜戦争』と呼んでいる、など……。
 それは文部省が定めた検定基準、「近現代史の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮をする」という近隣諸国条項にも逸脱していることは明らかである。こんな教科書が、検定を通り、採択され、全国の中学校で使われることになればどうなるのか。
 たちまちにして、韓国、中国をはじめとするアジア諸国との関係は悪化し、信頼を失い、わが国は孤立する。子どもたちにはわい曲した歴史教育が強制され、民族差別と排外主義が鼓吹され、誤った国論の温床となろう。それは、わが国を破滅に導くゆゆしき事態であり、アジアの平和を損ない、日本の国益を損なうことは必定である。
 すでに中国だけでなく、韓国からも厳しい批判が出ている。八月から韓国マスコミではこの教科書の内容が紹介され、問題となっていた。「また頭をもたげた歴史わい曲」(東亜日報)、「日本右翼の歴史虐殺」(中央日報)、「不吉な日本支配層の歴史わい曲」(ハンギョレ新聞)などと。
 チェ駐日韓国大使は、世界平和研究所(中曽根康弘理事長)の招請講演会の席上で、公式に「韓日両国の未来志向の関係のためにも、確認された歴史的事実は大切にしなければならない」と強調し、「日本の国内問題に介入する意図はないが、歴史の真実をわい曲することがあってはならない」と警告していた。金大中大統領も九月末の来日時に、「許可されないと信じている。もし必要ならどんな形をとってでも(日本政府に)意思表示する」と憂慮を表明していた。
 それだけに「元外交官」が、「不合格」の警告を発したのは、時宜にかなった正論である。近隣国との友好関係を堅持し、国益を守ろうとする勇気ある態度である。
 指弾されるべきは、そうした正論を封じ、近隣国との間に波を立てようとする産経新聞の方である。

国の進路にかかわる問題
右派勢力の策動を打ち破ろう
 今回の産経新聞による大騒ぎは、いくつかのことを考えさせる。
 一つは、「つくる会」などの右派勢力が一定の基盤を形成し、自民党をはじめとする一部保守政治家と結びついて現実政治にも公然と発言し始めたということである。
 彼らの策動は、「自由主義史観」研究会発足(九五年一月)あたりから表面化し、九七年一月、西尾幹二、藤岡信勝、小林よしのりなどを中心に「つくる会」の結成となった。以来三年余り、日本の侵略戦争、「従軍慰安婦」問題、南京大虐殺など旧日本軍の戦争犯罪を教科書に記述するのは「自虐史観」だと攻撃し、二〇〇二年から使用される中学校教科書(歴史と公民)に自分たちでつくった教科書を採択させる戦略目標を掲げ、系統的な「国民運動」を展開してきている。
 自民党の「歴史教育を考える若手議員の会」(代表・中川昭一元運輸相)をはじめ保守勢力の国会議員との結びつきも強まっている。並行して、教科書採択制度の改悪(現場教師の関与を排除)をねらう地方議会・教育委員会への請願・陳情を展開している。
 「つくる会」と改憲組織である「日本会議」が一体化し、そこを中心に右派組織全体の糾合が図られている。中央段階では、この四月、「教科書改善連絡協議会」がつくられた。役員には、会長に三浦朱門、副会長に亀井正夫ら、代表委員には石川六郎、岡崎久彦、加藤寛、宇佐見忠信ら有力な財界人、学者、労組OBが名を連ねている
 この三年あまりの彼らの急速な台頭は、明らかに司令部があり、わが国社会のなかにそれを奨励、育成する一部支配層がいることを物語っている。
 いま一つは、これら右翼勢力の急速な台頭は、冷戦後の米国の東アジア戦略への加担、日本がアジアで軍事的役割を果たす日米新安保同盟というわが国支配層の選択の下で、この時期、意図的に育成、助長されていることである。東アジア戦略は、基本的に中国の強大化に備える戦略だが、南北首脳会談、米朝対話など、朝鮮半島をめぐる情勢は不確定要素はあるものの、劇的に変化した。朝鮮半島を含め変化するアジア情勢などによって、米国は東アジア戦略、対中国戦略の再構築を迫られ、わが国にもそれへの同調を求め圧力をかけている。
 わが国でも、「われわれの周囲には、ロシアとの北方領土問題や北朝鮮との国交調整の問題があるが、今後、最も重大な問題となる中国と台湾との関係」(中曽根康弘「二十一世紀日本の国家戦略」)というように、朝鮮半島問題はあるがもっぱら中国・台湾問題を最重要視すべきだとする連中がいる。彼らは、対中国関与政策のもとで「中国は台湾に武力行使する主張を棚上げ」にせよと迫っている。
 今回の右派勢力のキャンペーンは中国に照準が定められていた。「安保解消」を公然と唱える後藤田正晴氏が、彼らの指弾の対象になったのも、決して偶然ではない。
 今回の事件は、右派勢力への警戒を呼び起こすと同時に、わが国の進路を巡る政治闘争がいよいよ重大な段階に入りつつあることを示している。
 今回の教科書問題は、韓国、中国をはじめとするアジアからの多くの非難と警戒が表しているように、単に教科書、教育の問題にとどまらず、二十一世紀の国の進路にかかわる問題として重要である。
 各界の広範な国民世論を盛り上げ、広範な運動を形成して、反動的逆流を打ち破らなければならない。


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