20000525


6月総選挙についての声明

2000年5月25日 日本労働党中央委員会


一、衆議院総選挙が来る六月二十五日に行われることが、ほぼ確定的になった

 戦後、悪政の限りを尽くしたわが国の保守党・自民党の単独支配は、一九九三年の総選挙の結果として終わり、細川連立政権となった。この政権は自民党以上に、自民党が掲げていた困難な課題を処理したが、それでも「反自民」の政権で、かつ連立時代への移行であることは確かであった。
 その後、羽田、村山と続くが、わが国保守勢力は様々な策略を弄(ろう)し、早くも九四年六月に、社民党村山内閣のもとで、自民党が政権の実質上の中枢に返り咲き、九六年一月村山が政権を投げ出し、その禅譲によって橋本連立政権が誕生した。社民党は「さきがけ」とともにこの自民党政権を支え続けたことはいうまでもない。
 橋本政権の後をついで自民党は小渕政権をつくり、その後小渕は、自自、自自公、自公保政権、小渕の後をついで自公保連立の森政権となった。
 わが国保守勢力・自民党は一九九三年夏、単独支配の力を失ったが、その後七年間の大半は、策を弄して政権を牛耳ってきた。これは事実だが、その政治は、国民の大多数、有権者の大多数からの信頼を得ることはできず、支持の挽回(ばんかい)はできず、すでに民心を失い、二〇〇〇年五月現在、末期症状をみせている。こうした中で総選挙が行われる。自公保の合計でも過半数割れしかねないというものさえいる。
 本来ならば各野党にとって、この上もないチャンスである。だが国民の大多数、有権者にとって、民主主義と国民生活が破壊され、さらにいっそう脅かされているこんにち、自民党、公明党、保守党の連立政治に反対し、この政治を覆し、国民の大多数が望む新しい政治の展望が見えるだろうか、これが本質的で最大の問題、関心事である。
 各政党の消長などは、各政党それ自身にとっては大問題であろうが、有権者は、結果としてどんな政治が生まれるか、関心事はこれであり、有権者がこの選挙に熱中しないのも、棄権者が五〇%になろうとするのも、このためである。
 今回の総選挙は、以下で述べるように、わが国と国民の大多数が当面している「真の課題」を、各政党が争点としていないので、とりわけ(公明党は敵側に寝返っているので論外だが)自由党はもちろん、民主党、社民党、共産党など野党のごまかし、責任と言わねばならないが、それは際立って茶番劇的で、どんな結果になろうとも、政治の実質に変化が生まれないことは確かである。
 したがって、わが党はこの総選挙で、どんな野党も支持することはできないし、これまで、時には支持した社民党も、今回は支持しない。そして、今年一月の労働新聞新年号の議長あいさつのなかで述べたように、この総選挙が終われば、旧社会党系、いわゆる社民勢力を中心に、闘いを望み、かつ団結できる人びとによって、国政選挙に登場できる「新しい政党」の結成をめざすその努力に、われわれも参加する。

二、わが国の政治が当面している課題には何があるか

 第一は、小渕(自自公)政権になってから政治反動は急ピッチで進んだが、憲法問題である。
 第二は、村山(自社さ)政権で準備が進み、橋本(自社さ)政権になって行われた日米首脳会談によるいわゆる日米新安保、それと関連してのガイドラインの見直し、有事立法問題などの安全保障問題である。
 第三は、日米間でとりわけ大問題であるが貿易不均衡問題である。市場開放だ、規制緩和だ、内需だ外需だと、一九八五年以来いわれて久しいが、米国の経常収支の赤字は四千億ドルになると予測されるほどになっている。
 第四は、行財政改革問題である。行政改革も容易ではないが、国家財政の累積債務残高は、小渕政権になってからでも倍に膨らんだ。
 この四つの問題あるいは課題は、一九八五年のプラザ合意、一九九〇年の冷戦の終結という世界史的な節目を経たこんにちの、世界経済と世界資本主義の危機の深さ、世界政治の不安定さを反映し、その中にあっての、わが国支配層の「選択」から生じたものである。
 冷戦終結後も引き続く不安定な世界の中で、わが国支配層は、唯一の軍事超大国の世界再支配に加担し、米国の東アジア戦略構想にそって、日米新安保を結び、ガイドラインを見直し、有事立法をもくろみ、海外派兵と軍備強化の道を選択し、歩みはじめた。そのためには憲法に手をつけ、小沢のいう「普通の国」にならねばならないし、民主主義も「公」の名において制限を加えねばならない。これが憲法問題である。
 二次大戦の終結後五十五年になるが、世界の主要資本主義国は不均等に発展し、戦勝国の米国は、経済で見る限りかつての力はなく、年間経常赤字が四千億ドルになろうとする世界一の突出した借金国家、敗戦国日本は米国に次ぐ経済大国で最大の資金供給国家、同じように敗戦国ドイツは、いまや欧州連合(EU)の中心をなす経済大国となった。
 だが世界は、貿易不均衡でそのゆがみは極限にまで達し、マネーゲームにしか使い道のない資金があふれ、その資金は生き血に飢えて世界を駆け巡っている。
 こうした中にあって、わが国支配層は、わが国経済市場の規制を何もかも緩和し、他国に開放し、いわゆる金融ビッグバンでの金融の自由化も進めた。こうした選択は、要するに多国籍化し世界企業にまで発展した、一握りの支配層の利益のためである。行財政改革はつまるところ、大企業家たちの国内でのコスト引き下げのためである。安上がりの政府である。
 与野党を問わず各政党は、こうした情勢への認識と、支配層が選択した問題に、明確に態度を決定し、表明しなければならない。
 だが総選挙を目前にして、各政党は、これに明確な態度をとっていないし、与野党の境界もあいまいである。自民党や保守党はもちろん、公明党も、自由党も、民主党も基本においては支配層の選択を許容し、その実現に腐心しているに過ぎない。社民党は村山政権での安保問題を大会でも清算できなかったし、情勢認識もあいまいで、支配層の選択がもたらす危機の深刻さも分かっているようには見えない。護憲以外には何もない。
 共産党は、政策的には他の野党とはまだ異なっており、比較すれば、まだ国民多数の要求を反映しているが、しかし、ますます細々とした「現実政策」に向かっており、「多くの国民からの共感を呼んでいる」という表現で、マスコミや財界の評判を評価の基準とするようにいっそうなってきた。さらに、民主党に対する評価や態度が常に動揺し、あいまいで、結果として民主党への幻想を増幅し、連合のいっそうの裏切りを側面から支持し、支配層の全政治計画の環境づくりに手を貸している。
 政党の現状況はそうだが、そうは言っても、政党間には若干の違いはあるし、政党の内部には矛盾もある。時にそれが国民の利益とか、闘争の発展に役立つこともある。わが党はそれを無視はしないが、労働者階級と国民諸階級の力がある程度の行動となった時で、現状で評価することはできない。

三、支配層の選択に反対して闘わねばならない

 わが党は、今回の総選挙で野党が主張し、闘うべきは、以下の五点に集約できると思う。言葉の言い回しで実質をあいまいにしてはならない。
一、護憲、つまり現憲法の改悪に反対することである。
 なぜなら、保守支配層と自民党などは口実はともかく、海外派兵と軍事大国化、政治反動をめざしているからである。
二、安保条約を破棄し、わが国からすべての米軍事基地を撤去させ、東北アジア、東南アジア、南西アジア諸国の地域で、非核の集団安全保障体制をめざすこと。
 なぜなら、アジアに米軍はいらないし、アジアが戦争の発火点になることに反対し、平和の砦(とりで)、共存共栄の地域となることを願うからである。
三、市場万能主義と弱肉強食に反対し、社会的・経済的規制、および弱者に対する保護の政府によるある程度の容認が必要である。
 なぜなら、中小零細の商工業、農業、社会的弱者(母子家庭、高齢者、生活の困窮者など)が、規制緩和だとか財政難を理由に、犠牲にされてはならないからである。
四、国民生活を豊かにし、思い切った内需拡大で、貿易不均衡と対外矛盾の解決を図る。
 国民生活を豊かにしないで、内需主導の経済発展は保証されないし、貿易の不均衡問題の解決もありえない。国民生活の豊かさは支配層にとっては一種のコストだから、彼らには解決することができない。これは深刻な闘いである。
 規制緩和政策のいっそうの推進は、わが国と国民生活に展望を与えるどころではなく、倒産と失業をいっそう増大させ、危機を深める結果をもたらすだろう。
五、国家の累積債務の解決と財政再建は、この間に、国家財政をむしりとって肥え太った銀行や巨大企業に負担させて解決すべきである。

四、もう一度、わが党の総選挙に望む態度について

 わが党はこの総選挙で、どんな野党も支持することはできないし、これまで時には支持した社民党も、今回は支持しないと、前のほうで述べた。だが、社民勢力のなかには政治姿勢としても以降の連携のためにも、支持したいし支持できる候補者もいるので、政党としての支持はできないが、候補者に対する支援は惜しまない。労働党の中央は、地方組織にその問題の措置を一任した。
 最後に、闘いの前進と闘う人びとの団結を願って、かつての社会党員、その支持者、闘っている諸党派の人びと、そして労働者階級の皆さんに訴える。目前の野党の現状に対する幻想を捨て、真に闘える砦を築こうではないか。国政選挙でも、より大きな勢力を結集し「新しい、選挙のための政党」の準備を急ごうではないか、と。


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