退職金、社内預金をすぐ払え
福岡県・アサヒ靴退職者
私は希望退職に応じたが、定員に達しない場合には指名解雇があった。指名解雇になれば、五十歳を超えていた私が、真っ先に切られるのは明らかだった。
八月にアサヒ靴を辞めた退職者の多くが参加して「アサヒ 合理化退職者の会」ができている。会は会社と交渉しているが、そこでは退職金や社内預金などについて、多くの不満や要望が出ている。
退職金は年代別に六割支給、五割支給などとなっていたが、私の場合は半分以下だった。残りは四年間の分割払いだが、これも会社が再建されなければもらえない。会社の再建を願って退職した者としては、会社の状況をもっと知りたい。これはみんなと同じだ。だから、退職者の会と会社、労組の三者協議を要望している。
また、社内預金も三分の一は来年三月末までには払うといっているが、残りの三分の二も会社が再建されれば分割で払うといっている。だが、われわれ退職者にはもっと配慮すべきだ。今のところ、失業保険で食いつないでいるが、失業保険も切れる来年になったらどうするのか。せめて失業保険が切れる頃までに、退職者については優先的に返してほしい。
希望退職の時にいわれた失業保険も、実際には条件が違っていた。また、会社は月の途中で退職させると、社会保険などを半分出さなくてもすむので、あえて八月半ばで退職させた。
そのため私たちは、そのため余計な保険料まで払わされた。こうした会社のやり方には不満だ。希望退職に応じた者をもっと大事にしろといいたい。
再就職問題だが、久留米市にはほんとんど求人はない。特に五十歳以上だと、ゼロといってもよい。退職者の中で再就職できたのは、五十人くらいだといわれているが、それでも退職者の一割にも満たない。県や市は、われわれの再就職のあっせんなどもっと努力してほしい。
銀行だけでなく、失業者救済を
神奈川県・失業者
私は三十年以上、建設職場で働いてきた。元々は設計事務所にいたが、引っ張られて今の仕事をしていた。ところが、この不況で失業した。会社から「給料を払えるほどの仕事がない。休業扱いにしたいが、給料保証はできない」と言われた。つまり辞めたければ辞めてくれというもので、実際には解雇された。
しかし、形式上は自己都合退職になっているので、失業保険を受けるにもすぐできないし、苦労している。しかも会社は細かい事務処理ができない中小なので、事務が遅れている。実際に失業保険が出るのは来年になってしまった。
これまでの蓄えを取り崩しているが、失業保険が終わって再就職ができなかったらどうするのか、という不安がある。
政府は銀行ばかり救わないで、他の業界にも資金をまわすべきだ。そしてわれわれ失業者に対し、再雇用のために役立つ政策を具体的な形で示してほしい。
今の人間は五十歳代といっても、三、四十歳代並みの体力があって、元気で働ける。だが、事業資金が不足している。つまり、銀行の貸し渋りがわれわれの仕事を奪っている。
政府は、銀行が不良債権があるといえば、銀行に金をまわしている。なぜ銀行だけなのか。とても納得できない。
私は、これまで三十年以上年金保険料を払ってきたが、年金制度も悪くされようとしている。政府は、給付額を下げるとか、六十五歳から支給するなどというが、とんでもない。やっぱり政府は、中小商工業者の実際など知らないのか、あるいは知っていても銀行や大企業を大事にし、無視しているのかと思う。
いずれにしても体は丈夫なので、仕事があれば働きたいし、働く意欲もある。失業者は誰もがそう思っているだろう。政府は、そのことを理解すべきだ。
3万人もの首切りを許すな
主要企業の人員削減計画(一部)
富士電機 グループで3000人削減(2000年度まで)
沖電気 グループで2700人削減
鐘紡 2400人削減(2001年3月まで)
ユニチカ 1270人削減(2001年3月まで)
日清紡 1000人削減
富士紡績 300人削減
東急建設 1000人削減(2001年3月まで)
大和ハウス パート700人削減
大林組 約600人削減(99年度まで)
飛島建設 250人の希望退職
伊藤忠 2500人の早期退職
NKK 2000人削減(2000年3月まで)
新日本製鐵 700人削減(2年間で)
INAX 900人削減(98年末まで)
東京ガス 1300人削減(2000年3月まで)
旭テック 400人削減
日本製紙 800人削減(2001年3月まで)
三井化学 700人削減(2001年3月まで)
田辺製薬 400人削減(2000年3月まで)
クラヤ薬品 400人削減
三菱石油 700人削減(99年度末)
ジャパンエナジー 800人削減(2001年4月まで)
鬼怒川ゴム 700人削減
蛇の目ミシン 500人削減
ニコン 500人削減(3年間で)
東急百貨店 500人削減(3年間で)
日本製粉 412人削減
日清製油 約300人削減(99年3月までに)
Copyright(C) The Workers' Press 1996, 1997,1998