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労働新聞 2018年1月1日号・13面

自治体病院は「国民皆医療」に
不可欠

命と健康の「最後の砦」

全国自治体病院協議会
邉見公雄会長

  「地方創生」を唱える安倍政権だが、地方経済は疲弊を深めている。自治体病院は「効率化」の名の下、統廃合や病床数削減などが進められ、地域住民の命と健康は危険にさらされている。自治体病院の現状と課題などについて、自治体病院の全国組織である全国自治体病院協議会の邉見公雄会長に聞いた。(文責・編集部)


−−全国自治体病院協議会についてご紹介下さい。

邉見 全国自治体病院協議会は、自治体病院が加盟する全国組織です。 自治体病院と一口にいっても、都道府県立、市町村立、それと複数の自治体でつくる組合立の三種類があります。協議会には約八百八十の自治体病院が加盟していますが、最盛期には約一千百ありました。このほか、約二百の準会員施設があります。
 毎年一回、「全国自治体病院学会」を開き、記念講演やシンポジウムなどを行っているほか、情報交換や行政への要請活動などを行っています。十月にも、千葉県で第五十六回全国自治体病院学会を開いたばかりです。

−−会員数減少は、自治体病院の統廃合などの影響でしょうか。

邉見 何らかの理由で脱退する例もありますが、大部分は、財政難を理由とする統廃合による減少や、診療所への変更による準会員への「移行」です。
 また最近では、麻生知事時代の福岡県や佐賀県武雄市で行われたような民間への売却や、「公設民営」の指定管理者制度への移行が全国で相次いでいます。指定管理者の場合は会員として残ることも多いのですが、完全民営化されてしまうと、そうはなりません。

−−自治体病院が果たしている役割について、教えてください。

邉見 自治体病院は、全国の病院数の約一一%しかありません(図参照)。病床数では約一四%です。ところが、救命救急センターの受入数では約三七%にも達します。四十七都道府県中、二十六で救急車の半分以上が自治体病院に向かっています。都市部に多い、「タクシー代わりの救急車」を入れてもこの数ですから、地方の救急医療は、ほぼ自治体病院が担っているといってもよい。 また、本協議会の会員病院の約三分の一が、過疎地や離島に位置しています。
 診療科目別では、周産期医療の約三五%、精神疾患医療の約五五%、感染症の約五九%を、自治体病院が受け入れています。いずれも、民間では「カネにならない」とされる科目です。
 たとえば、二〇〇三年に世界的にSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した際、兵庫県内で患者を受け入れたのは三つの自治体病院だけでした。民間病院は、「病棟閉鎖」につながりかねない患者の受け入れに消極的なのです。
 第二に、「災害大国」である日本における、医療活動の役割です。全国の基幹災害拠点病院の約五〇%は自治体病院です。基幹災害拠点病院では、日常的に、水や食料、使用頻度の低い薬剤などのストックを用意し、「万が一」に備えています。こうした備えがあったからこそ、熊本地震の際にも、「九州地区自治体病院災害時相互援助協定」に基づき、熊本市民病院の入院患者を二十四時間以内に無事移送できました。
 第三に、専門医の研修受け入れです。小児科や産婦人科では三〇%以上、平均でも二〇%以上は自治体病院が受け入れ、予算を使って研修を行っています。
 このように、自治体病院は地方、とくに過疎地での医療を担い、国民の命と健康を守る「最後の砦」の役割を果たしていると自負しています。

−−では、自治体病院が現在直面している課題を、お聞かせください。

邉見 たくさんあるのですが、絞ってお話しします。 まず、「効率優先」の政策による、病院の統廃合です。
 会員数の減少に如実に反映されているのですが、国や自治体の財政難を理由としたものですね。自治体の「あり方検討会」に出席すると、実態は「なくし方検討会」だったりすることが少なくありません。
 日本は経済大国でありながら、住民がお産ができない、手術が受けられない町村があります。
 しかも、そのような町村に住む住民も、健康保険料は負担しなければなりません。「国民皆保険制度はあるが、国民皆医療ではない」のが実態です。
 これで、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という憲法第二十五条が守られているといえるでしょうか。 消費税増税の問題もあります。自治体病院の多くは、高度経済成長時代に建てられたものが多く、耐震化や老朽化で更新時期を迎えています。一九年十月に消費税が増税されれば、病院の存立はさらに厳しくなります。
 このほか、医療人材の確保や、医師の「働き方改革」の問題などがあります。

−−安倍政権は「地方創生」を掲げているのに、統廃合が進むのは矛盾しています。

邉見 地方創生に必要なのは、大企業を誘致するようなことではないと思います。仮に誘致できても、このご時世ですから、いつ、海外に出て行かないとも限らないでしょう。
 私としては、地方創生に必要なのは、医療、教育、第一次産業の三つだと思います。
 自治体の財政事情は理解しないわけではありませんが、地域の医療機関を維持し、発展させることが必要だと思います。
 もう一つ、「地域医療構想」の問題があります。団塊の世代がすべて「後期高齢者」となる二〇二五年に向けて、政府の指示の下、全都道府県が「地域医療構想」をとりまとめました。「地域の特性に応じて急性期の病床削減や回復期病床の充実、在宅医療等の整備などを進める」という趣旨です。
 これにより、一三年比で、全国で十五万六千床(一一・六%)もの病床が削減されます。鹿児島、熊本、富山など地方八県では、削減率が三割を超えています。これで、病床数のピーク時から三十三万床もの削減になります。
 問題は、医療費削減という財政上の理由が先行していることです。診療報酬も全体としては引き下げられる傾向ですから、地方の病院は「入院患者の回転数を挙げる」ことなしには、ますます経営が成り立ちません。地方の医療現場は、まさに「ハイリスク・ローリターン」の世界です。
 これで、患者に対する万全の医療が確保できるのか、あるいは医療現場の気概を維持できるかどうか、大変不安です。

−−効率性や経済性を優先してはいけないということですね。

邉見 はい。「資本の論理」は田舎では通用しません。スキンシップやフェイス・トゥー・フェイスが必要な行政や医療は「ムダ」が多いのは当然です。すでに述べたように、自治体病院は大きな役割を果たしていますし、基幹災害拠点病院などは財政上の負担も相当に負っています。
 しかも、「効率」を盛んに強調する政府の審議会委員には、企業家の皆さんが多い。経済人としては成功したのでしょうが、運には恵まれていても、地道な経営で成果を上げている人は少ないように思えます。  私は、「地方の医療現場を知っているのか」と、言いたくなります。

−−地方住民に訴えたいことはありますか。

邉見 私たちは、全国自治体病院開設者協議会(自治体病院を有する首長で構成)や全国町村会、知事会などとともに、政府に地方交付税による措置など、さまざまな要望を行っています。
 ただ、それだけでは足りません。 住民の皆さんが「自分たちには受益がない、負担だけだ」と、医療機関を守るための世論づくりと行動を起こしてくださることを、切に願っています。

−−ありがとうございました。


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