20010405

資料

歴史わい曲の教科書是正を


 大江健三郎氏(作家)、隅谷三喜男氏(元東京女子大学学長)ら十七人の学者・文化人が三月十六日、過去の侵略をわい曲した「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)による歴史教科書などに抗議して、政府に是正を求める声明を発表した。その要旨を掲載する。

加害の記述を後退させた歴史教科書を憂慮し、政府に要求する(要旨)

現在、二〇〇二年から使用される教科書が文部省の検定を受けていますが、あらたに扶桑社から「つくる会」編集のものが提出されています。
 これらの歴史教科書の多くは、次の世代に歴史の真実を伝えるのに不適当であり、また一九八〇年代に外交問題にまでなった教科書以上に、近隣諸国民の対日不信を深めるおそれがあることを考え、私たちは憂慮にたえません。
 そこで私たちは、政府と関係者が、次のように再検討を行うことを要求します。
 第一に、新聞報道などによれば、「(従軍)慰安婦」に関する記述が四社のものから姿を消すなど、加害の記述を大幅に後退させる傾向が、ふたたび現れています。
 日本が犯したこれらの行為は、たとえ日本の教科書が隠しても、世界周知の事実として、二十一世紀に国際社会の法秩序づくりを論じる際に言及を避けられないものであり、もし日本の次世代が正確な知識をもっていなければ、国際社会の一員としての資格を欠くことになります。
 第二に、私たちが重大視するのは、扶桑社版の検定申請本が、植民地支配と侵略を肯定する内容のものであることです。たとえば「韓国併合」について、日本の行為は列強から支持され、合法的であったと述べています。
 このような歴史認識には、日本の植民地支配と戦争が、アジアの諸国民に損害と苦痛を与えた事実の正確な認識も、それに対する誠実な反省と謝罪の姿勢も見られません。
 第三に、私たちは、アジア諸国を中心とする国際的批判があるというだけの理由で、先述の要求をするわけではありません。
 私たちは、過去の事実を隠蔽(いんぺい)し、一面的に自国を美化する歴史観にもとづいて次世代の国民を教育するならば、アジアで、また国際社会で、信頼を得て生きていくための知識と感受性を欠いた日本人を生み出すことになるという点を深く危ぐしています。
 第四に、私たちは、多様な歴史観の出版物が刊行されることは、当然許容されるべきだと考えます。
しかし、政府による検定制度が存在する以上、今回のような申請本を教科書として合格させるならば、それは日本政府がそうした立場を認めることに外ならず、その責任を政府が国際的にも負わなければならないのは当然です。
 きわめて問題の多い、政府による検定制度を今後も続けるべきかを含め、教科書の作成・採択をどのようにするかを広く公開の議論にゆだね、国民の理解と国際的信頼を得られる、よりよい教科書づくりの制度に改めていくことを要求します。

荒井信一(駿河台大学教授)/井出孫六(作家)/井上ひさし(作家)/入江昭(ハーバード大学教授)/鵜飼哲(一橋大学教授)/大石芳野(写真家)/大江健三郎(作家)/金子勝(慶応大学教授)/小森陽一(東京大学教授)/坂本義和(東京大学名誉教授)/佐藤学(東京大学教授)/東海林勤(日本基督教団牧師)/隅谷三喜男(元東京女子大学学長)/高橋哲哉(東京大学助教授)/樋口陽一(早稲田大学教授)/三木睦子(元首相夫人)/溝口雄三(大東文化大学教授)