20000315

介護保険導入目前 国民的議論で、抜本見直しを

社会保障切り捨てを許すな
現場は混乱、不満噴出は必至


 四月から介護保険が実施されようとしている。本来、政府の責任で行うべき福祉を、金しだいの保険にすることによって、国民犠牲はますます増大していく。小渕政権は、あまりの負担に国民が反発することを恐れ、六十五歳以上の保険料徴収の半年延期などを打ち出したが、露骨な選挙目当てでしかない。現在、厚生省は要介護者は約二百八十万人と推定しているが、実際に介護サービスを受けられるのか疑問の声が続出している。介護保険法制定の際、ヘルパー十七万人をはじめ老人保健施設、老人ホームなどの増強を定めた新ゴールドプランの達成が付帯決議されたが、それも達成していない。また、要介護認定、ケアプラン(介護サービス計画)作成の作業も大幅に遅れ、このまま実施になれば、全国で大混乱が生じるのは必至である。国民的議論を繰り広げ、抜本的に見直すべきである。介護保険についてさまざまな声を紹介する。


老後の安心も金次第
医師

 介護保険の一番の問題は、福祉が保険にかわることだ。つまり、これまで政府の責任で国民の福祉をまかなってきたものを、金しだいに変えてしまう。貧乏人はガマンしろ、死んでしまえ、ということになる。
 事業を行ってきた側からいうと、競争原理が導入されることになる。
 そのために営利を問題にしなくてはならないし、これまでの福祉の考え方でやれば、つぶれてしまう。また、これまでは医療と福祉が連携していたが、完全な競争相手になる。
 介護保険で比較的裕福な人びとは、負担が減ることになる。消費税と同じように、金持ちは負担が減るが、貧乏人は負担が増える。しかも一割負担があるので、介護を利用できない人も多くなる。
 また、地方と大都市の格差はますます開くことになる。例えば、ヘルパーだが、これまで身体介護と家事介護が別れていたが、厚生省から折衷案が出された。それによると一時間当たり二千七百八十円の報酬となる。これでは、数をこなさなければ採算が取れない。だから、地方では企業がヘルパーをやめて、デイケアだけにする所も出ている。地方ではヘルパーが来ない所が出てくるだろう。
 また自治体が、介護保険以上のサービスを実施しようとすると厚生省が妨害するという。全国一律でないとおかしくなるので、厚生省のワークシートに沿って、サービスを行えということだ。それ以上のサービスを実施すればペナルティーを課すという。
 四月実施だが、このまま見切り発車すれば、大混乱を招くだけだ。これだけ問題があるのだから、実施を延期し、抜本的に見直すべきだ。


プラン作成の遅れが大問題
ケアマネジャー

 本来、ケアマネージャー(介護支援専門員)は高齢者に必要なニーズを把握し、よりよいプランを立てなければならないが、ぼう大な事務処理に追われている。だから、コンピューターを使えというが、管理ソフトさえ出来ていないのに何を言うのかと思う。
 三月一日になって、書類の書き方の研修があったが、とにかく間に合わない。毎日残業しているが、それでも終わらない。
 こうした現状であり、ケアプランは四月までに絶対にできない。なぜなら私は一人で五十人をみなくてはならない。十人はやったが、来週から毎日三人を訪問調査し、ケアプランを立てなくてはならない。五十軒を今月中に回り、ケアプランを立てるなど不可能だ。
 介護保険はとにかくお金でしかない。情けない話だが、電卓をもっていって、相手にこれこれのサービスでいくらかかる、という話をして歩いている。お金がない人は、結局サービスを手控えて、通所リハビリだけでよい、現状でよいとなってしまう。もともと介護保険では、サービスが四割しか供給できないといわれていたが、実際に使うのも四割程度になると感じている。
 厚生省は在宅介護を強調し、在宅の高齢者にこれだけ高額のサービスをするところはない、といっている。だが、在宅の人は、お金がない人もいるし、各種サービスを駆使してまで在宅介護を希望する人はいない。
 これは、政府が施設・人材不足を家族介護で乗り切ろうとしていることだ。「介護の社会化」などといっても、実態は家族の負担増に変わりがない。
 また、介護保険について理解されておらず、利用の最高限度額が三十六万八千円というと、それだけのお金がもらえると思っている人が実に多い。三十六万円といっても、一割を負担しなくてはならないので、果たして要介護度を高く認定されても、その人にとってよいのか疑問だ。とにかく矛盾だらけだ。


介護を食い物にする企業
ヘルパー

 介護保険が実施されれば、どうなるのか、現場では想像できない。厚生省の家事介護と身体介護の折衷案は一時間半で想定されている。だが、普段の家事介護でも二時間や三時間はかかってしまう。
 相手の家に行って、それから買い物をして、食事をつくり、洗濯や掃除をするのはかなり重労働になる。それとあわせて身体介護など、一時間半でできるはずがない。
 介護の必要な人は普段から洗濯や掃除などできないので、掃除にしてもかなり念入りにやらないときれいにならない。また、買い物にしても、終わってから「あれも欲しかった。悪いけど買ってきて」などということはしょっちゅうだ。こうしたことにこたえられないと、高齢者の生活を支えることはできない。
 最近、介護事業に参入しようとする企業は、時給が安く、運転免許を持ち、二十四時間働ける大量のヘルパーを募集している。
 だが、ヘルパーの仕事は、高齢者によりよい生活を保障するためのものだ。企業による金もうけ主義では、高齢者の生活はよくならない。


生活の脅威を感じる

 厚生年金だけで生活しているが、介護保険が始まり、保険料を取られることになる。私がいくら払うかだが、月額4907円で、妻は3271円となる。2人で年間に9万8136円となり、国民健康保険料より高くなる。
 これは国保に上乗せされて請求されるので、国保料金が倍以上になったのと同じになる。現在は、無料サービス的な介護はすべてビジネスになり、1割の負担を負わされる。さらに、老人医療費も引き上げられる。
 住民税、都市計画税などを合わせると、生活の脅威を感じざるを得ません。
(東京都葛飾区・73歳、男性)


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