20000125

介護保険 介護の商品化ねらう制度

抜本的な見直しが必要
国民的議論を起こそう

九州大学助教授・伊藤 周平(講演要旨)


 介護保険制度導入がいよいよ今年の四月に迫ってきた。介護保険の具体的な内容が明らかにされるにしたがって、国民の批判が高まってきている。昨年十二月十八日、東京で「矛盾だらけの介護保険で老後の安心が消える」と題したシンポジウムが開かれた。その講演の中から、九州大学助教授・伊藤周平氏の講演要旨を紹介する。


 介護保険で家族介護の負担がほんとうに軽減されるのか、という点についてお話したい。介護保険を打ち出す時に厚生省や推進する人びとは、家族介護の負担が軽減されたり、介護の社会化が進むといった。家族介護の現状は非常に悲惨なので「介護を社会全体で支え合う」といわれると、みんなそれはいい制度だろうと思う。目的や理念の出し方が非常にうまかった。
 現実問題として厚生省はそういうことは全然考えていない。あくまでも財政的な見地から介護保険というのは出てきている。介護保険で家族の負担が軽減されるかということはだれも検証していない。にもかかわらず介護保険の延期論とか見直し論が出てくると「介護の社会化を後退させるな」と大新聞も書いている。私はそのへんが非常におかしいと思う。
 介護保険の宣伝が幻想だということに、多くの人が気づきはじめている。九九年六月の朝日新聞の世論調査でも、家族の介護負担が「軽くなる」と答えた人はわずか一八%。「重くなる」と答えた人が三五%にものぼっている。

介護保険の問題点

 介護保険は実際に多くの問題を抱えている。一番大きな問題は介護保険の給付水準が低いこと。在宅で重度の障害をもった人が生活できる水準を達成するとすれば、保険料がすごく高くなる。高額保険料を徴収することになると、国民の大きな反発が予想されるので、最初から給付抑制、保険料を低く抑えたいというところから出発している。
 結果として無償の家族介護に頼るというのは現行制度とほとんど変わりがない。しかも、在宅介護の場合は保険がきかない部分が多く出てくる。その部分は全額自己負担となり、今まで通りの福祉サービスを利用していたらとんでもない高負担になる。  たとえば、自宅で八十五歳の痴ほうの母と知的障害の姉を介護しているAさん。「家族のきずなを大切にしたい」として、施設に入れずに在宅でやっている。今はデイサービスに毎日行っているが、介護認定ではおそらく週三回か四回。保険がきかない部分は、一日一万円くらい自己負担しなくてはならなくなる。
 そもそも介護保険は前提が間違っている。高齢者はお金持ちだという前提に立っているが、高齢者の半分くらいは生活保護基準以下の年金で生活している。もう一つの間違った前提は、高齢者は犯罪や虐待などに対抗できる判断能力と予防力をもっていると思っていること。高齢者はそうでない人も多く、食い物にされる可能性がきわめて高い。
 また、要介護1か2の人は、施設にとっては収入が低いので、結果的に入所を断わられる可能性もある。九十三歳の女性が「要支援」と認定され特別養護老人ホームを五年後に出なければならないことになって「政府は私を殺す気か」と怒っていた。これが介護の社会化なのか。
 介護報酬が決ってケアプランをつくる段階になると、自分はこれだけのサービスしか利用できないのかということになれば、現場で大きな混乱が起こるだろう。
 要介護認定の公平性も問題だ。コンピューター判定で要介護度が高いほど認定が軽く出る、そういうのが八十カ所もみつかっている。厚生省はコンピューターソフトの手直しをやろうとしない。それは、給付金を抑えたいからだ。たとえコンピューター判定を改善したとしても、給付金をコントロールできるようなしくみをどこかで厚生省は残すだろう。
 介護保険のねらいは、社会保障構造改革の一歩として、福祉を介護サービスにしてしまおうということ。お金のある人は自己負担でいいサービスを利用できるが、お金のない人は必要なサービスを給付されず、家族がいれば家族の負担になる。痴ほうのお年寄りで資産をもっている人が囲い込まれる可能性もある。グループホーム(小規模な老人施設)の経営に暴力団関係者が乗り出したという話もある。貯金通帳をとられたり、何をされるかわからない。今のしくみでは、こういう人が入ってくるのを防げない。

国民の批判恐れ特別対策

 政府・与党は国民の批判の高まりによる次期総選挙への影響を恐れ、保険料の半年間の徴収凍結や利用者負担の軽減、家族介護者への慰労金の支給などを打ち出した。この特別対策が出たために、介護保険がもっている本質的な問題がぼかされたんじゃないか。
 公明党が家族介護慰労金をうちだした時に厚生省は喜んだ。これで議論が「女性を介護に縛り付けるものだ」という方向へいったからだ。介護保険がもっている本質的な問題はうまくごまかされて、法改正もしないという申し合わせができたんで、厚生省はほくそえんでいるだろう。
 もう一回、介護保険は介護の社会化を推進するものなのか、あるいは保険制度というものが、いったい何をめざしているのか議論してほしい。
 介護保険というのは介護している家族や介護を必要としている人のための制度であるべきだ。企業のための制度ではない。定額保険料は低所得の人ほど負担が大きくなり、あまりにも逆進性が強すぎる。社会保障ではやってはいけない制度だ。
 介護保険は介護の社会化ではなくて介護の保険化、介護の商品化をめざしていると思う。それが本質だとするならば、介護保険を抜本的に見直し、それに代わるものをみんなで議論する。国民的議論を起こす必要があると思う。


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