990905


やっぱ好きやねん

三好万季という女の子がいた!

ひまなぼんぺい


 和歌山の毒入りカレー事件のことだけど、昨年の九月ごろだったか、長いつきあいのある友人と久しぶりに飲んだとき、彼が「和歌山の事件な、あの現象どう思う?」と聞き、その〈現象〉の奇妙さについて説明した。しかし、僕はほとんど関心を示さなかったらしく、記憶に残っていない。

 ところが、三好万季(みよし・まき)という中学三年生の女の子は違っていた。事件の第一報を報じた九八年七月二十六日付の日経新聞(!)朝刊の社会面に載った短い記事を見たとき、「カレーライスで食中毒なんて…、こんなのあり?」という疑問をもったのだという。

 つまり、「カレーには多くのスパイスが入っていて、食中毒を起こしやすいインドや東南アジアでの、食生活の知恵でもあったはずだ。カレーに食中毒の原因菌が繁殖するのだろうか」と考えたわけだ。同時に、記事によると和歌山市保健所は集団食中毒とみているが、食べてすぐに手がしびれたり、不整脈が出たりなどということがあるのだろうか、という疑問もいだく。

 さっそくハウス食品のホームページにアクセスし、カレーに入っているスパイスについて効能を調べ、自分の仮説がほぼ正しかったことを確認する。さらに、食中毒の原因菌の特性をインターネットを使って徹底的に調べる。

 こうして彼女は、これが食中毒でないことを確信する。この日の昼NHKニュースでは食中毒から一転して「青酸カレー」事件として報道され、彼女の直感は的中したわけだが、すでに四人が亡くなっていた。

 食中毒と毒物中毒では処置がまるで違うはず、処置の過ちが四人を死に追いやったのではないか、これでは医療による「さらなる加害」ではないかと彼女は憤るが、それにとどまらず、これは青酸中毒なんかではないと考える。なぜなら、青酸中毒の特徴的な症状は急激で激しい呼吸困難であるからだ。ところが、この事件の患者たちは一様に消化器系に強烈な打撃を受けているではないか。

 彼女は二冊で二万四千百二円もする専門書を買い、さらにインターネットを駆使して調べ、砒素に対する疑いを強める。そして、事件発生から九日目に砒素が検出される。

 「何が起因毒物であるかを教えてくれるのは、症状そのものである。この点では警察や保健所だけでなく、何よりも臨床の現場の医師や薬剤師が、警察の発表などに依存することなく、自らの目と自ら集めた情報によって、症状を分析し、起因毒素を突き止める努力をしなくてはならないだろう」

 小学校二、三年からシャーロック・ホームズを耽読(たんどく)し、一時は探偵になろうと考えていた彼女が、フッとわいた疑問から仮説を立て、インターネットで資料を集めて取捨選択、自分の仮説の正しさを立証していき、ついに「業務上過失致死傷ではないかとの疑問を呈さざるをえない」と結論づける過程には興奮を覚えるほどだ。それにしても、直前に引用した「自らの目と自ら集めた情報によって、まず症状を分析せよ」という態度には、五十づらをさげて恥ずかしい限りだが襟を正さなければならない。

   *     *

 こんなすごいことをやってのけ、『中央公論』(九九年九月号)には「全中高生に無料でパソコンを!」という文章を書く万季ちゃんだが、彼女のホームページを覗(のぞ)くと、しっかり女子高生(今は高校一年)をしていることがわかる。もっとも、年間十万ページを超えるという読書記録には圧倒されてしまうが。

 女子高生を「コギャル」一色にしか見ることができなくなっているオジさんたちには、まず本書を読み、このホームページを覗いてみることを特にお勧めする。あわせて三浦正雄編『乙女の教室』(筑摩書房、八百八十円)も読んでほしい。そうすれば、女子高生に対するやさしいまなざしを獲得できるはずである。もっとも、彼女たちに対するやさしいまなざしを獲得したからといって、急にモテはじめるわけでは決してない。ただ、電車の中で彼女たちに行き会った場合の、精神のありようは確実に違ってくる。

 ○三好万季著

『四人はなぜ死んだのか―インターネットで追跡する「毒入りカレー事件」―』(文藝春秋、本体1143円)

 ○ホームページ

 http://www.platz.or.jp/‾yoroz/


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