990615


高齢者介護の現場は…毎日が苦闘の連続

介護保険 疑問に答えられぬ行政

老人保健施設職員 西山 妙子


 介護保険制度の実施を来年にひかえ、自民党内からも来年四月実施の先送り論が噴き出したり、それを打ち消すために市町村への補助金で保険料を軽減する動きや、保険料の減免、徴収猶予などの案がでてみたり、介護保険制度をめぐる議論がここにきて再び活発になってきたように思います。でもそのほとんどが国民の反発で選挙が不利になるとか、公明党対策だとかで、実際に介護を求めている人たちのためとは思えません。

 大騒ぎした「地域振興券」がほとんど景気に影響もなく、地域振興にはあまり役立たなかったようにいわれていますが、知り合いの町役場の人は、六十五歳以上の高齢者で振興券をもらえなかった人からの苦情の電話処理で大わらわだったそうで、「あんなものは二度とやってほしくない」と腹立たしく話していました。

 とにもかくにも六十五歳以上の高齢者は政治に翻弄(ほんろう)されています。

 実際、私たちのように老人保健施設で介護の現場で働くものにとっては、制度の問題点もさることながら、入所している一人ひとりのお年寄りにどういう介護ができるのか、どうすれば少しでもよい状態にもっていけるのか、また入所の相談に来られる人の話を聞いてどんなふうにすればいいのか、毎日が苦闘の連続です。おまけに、施設長は介護保険で「もうけられる」と思ったのか、去年「意欲的」に施設を増床し、職員も増やしたので、施設間の競争は激しくなるし(私の県では老人保健施設は全国平均に比べても多い方です)「ほんとにうまくいくのかな」と心配するくらいです。

 私自身の仕事は、入退所の相談やケアプランを取りまとめる仕事が主ですが、現場の介護をめぐっては看護婦や介護職員との間にいろんな摩擦もあります。とくに痴呆の老人の場合、介護というより「入院患者」という感覚で接する看護婦さん(うちでは介護職員より看護婦がハバをきかせている)もいて、昔の精神病院の感覚ですぐに「抑制」してしまうのです。

 施設長などにも事あるごとにいうのですが、なかなか直りません。先日も、夜中に徘徊(はいかい)する人の居室にカギをかけてしまったために、その人が怒って窓ガラスを割ってしまいました。さすがに施設長も、かなりきつく注意したようです。働く側からすれば少しでも楽をしたい気持ちもわからないではありませんが、老人介護の質が問われるこれからを考えるとき「大変だなあ」とストレスが結構たまってきます。

 それでも職員が増えたので、最近入ってきた若い介護職員などを見ていると変化を感じます。今年になって七人の若い人が入ってきましたが、そのうち四人は二十歳代の青年で、一人は工業高校をでて建設会社で数年働いていたのですが、介護の仕事がしたいという希望で入ってきました。

 別の一人は、高校中退でしたが、ガソリンスタンドで働きながら大検の資格をとり、介護の専門学校を卒業して介護福祉士の資格を取得して入ってきました。ガソリンスタンドで鍛えられて「おはようございます」と元気よくあいさつするのでとても人気があります。

 いまうちの施設では介護職員の半数近くが男性です。不況で就職先がないということもあるかも知れませんが、望んで介護の仕事に就いてくる人たちですから、介護の仕事そのものに問題意識をもって入ってきているので、割り合い自分の意見をきちんともっています。

 昔は「寮母」とかいわれて、女性の仕事のようでしたが、男性の方がおうよう(もちろん個性もありますが)で、こういう仕事には向いているのかもしれません。また、別の若い女性ですが、自分の理想とかけ離れていたようで、問題点を指摘して「仕事を辞めたい」と事務長に宣言しました。事務長も「やる気」を買って気に入っていた人で、あわてて慰留につとめたので、残っていますが、こういうことは最近の職場の変化で、私も若い人の元気をもらって、ストレスと闘ってがんばっています。

 昨年ケアマネージャーの資格をとった関係もあり、いま町の介護保険の計画策定委員会の委員もしています。二カ月に一回程度会合があり、来年四月のスタートにむけて準備が進んでいるところですが、たしかにそこからみえてくる問題点はたくさんあります。町の担当職員、議会、施設職員、医師、各団体の代表など約二十人くらいが委員です。先日の会合で、委員をしている整形外科のお医者さんが「私はこれまで、身体障害者手帳の申請などでも広く『救う』立場からやってきました。ところで今度の介護保険は『救うのですか』それとも『切り捨てるのですか』」と町の担当職員に突然質問しました。誰も答えられませんでした。いまの町の予測では、八百人くらいの申請があり、そのうち四百人くらいが給付の対象となりそうです。「救うのですか」「切り捨てるのですか」という素朴な質問に答えられない、とてもお粗末な日本の老人福祉の現状です。


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