990225


自動車工場からの春闘報告(下)

もうけていても低額要求

職場集会で逃げ腰の執行部

自動車工場労働者 青山 元


休憩所で…

 出社するとライン横の休憩所から何人かのにぎやかな声が聞こえてきた。作業服を羽織りながら近づくと、くわえタバコのHさんと目があった。「どうしたい?」と声をかけると「青山さん、新聞を見たかい。下請けA社がクビ切りだとよ。いよいよ俺たちの番だぞ」と言う。

 なるほど、今朝の朝刊にA社の主力工場であるB工場の閉鎖と人員整理案が載っている。自動車の国内販売不振を口実に、七百人の人減らし合理化をやろうというのだ。

 しかし、そもそも、この工場は能なし経営者どもが販売企画を誤り、いつまでも売れない商用車の専門工場として生産を続けていたもので、こうした事態は以前からウワサされていたものだ。「春闘の時期にこんな発表をするのは、不況を口実に賃上げを低く抑えようとする会社側の意図が見え見えだぞ。マスコミは会社とグルになっているぞ」と、Hさんは怒る。

 職場委員のTが組長とならんで歩いてきた。「おいT、明日の職場集会は何時から、どこでやるんだ?」と声をかけると、「ハイ、昼休みに組立工場でやります」と言う。「全員に伝えてあるのか?」と聞くと、黙っている。「なあんだ、聞かなきゃ伝えないのか。そんなことじゃ職場委員として失格だ。職場委員手当を返してもらうぞ」と言うと、「今朝のミーティングで言いますから」と申し訳なさそうに答える。

 すると隣にいた組長が突然顔色を変えて、「ミーティングは会社の業務連絡の時間だぞ。組合の連絡をしてもらっては困る」ときた。さらに続けて、「おい青山、職場集会で変なことを言うなよ。お前みたいなやつがいると、職場の恥だ。職場全体の評価が下がってみんな困っているんだぞ」とぬかす。

 これには温厚な私も切れた。「やい組長、お前はそれでも組合員か。俺が職場集会で発言したことを誰がいちいち人事に報告しているんだ。お前かあ」と言うと、「俺は組合員である前に組長だ」と開き直る。あげくの果ては休憩所でこちらを見ている仲間に向かって「会社をつぶすために会社に来ているやつの話を聞いたらあかんぞ!」と叫ぶ始末。処置なしだ。

職場集会で…

 春闘職場集会は工場の建屋ごとにいっせいに開かれた。組立工場では、約五百人の組合員を集め、職場委員長の春闘をめぐる情勢報告のあと、交渉委員として会社との団交(?)に当たった専従の執行委員から、労使協議会の報告があった。

 この執行委員は「かつてない厳しい春闘」「経営側もギリギリの決断を迫られている」「雇用か賃金かの選択だ」「胃が痛くなる交渉」などと、もっともらしい御託をならべ、終始低額回答をにおわせていた。

 つづく質疑では、まっ先にHさんが発言し「世間は景気が悪いというが、この会社はもうかっている。シェア四位の同業P社より一時金要求が〇・三カ月も低いのは納得できない」「能力別賃金といいながら、中高年というだけで賃上げ額が低いのは矛盾している」といきなり突っ込んだ。

 会場のあちこちからざわめきが起き、まばらではあるが拍手もあって、多くの組合員が同意見であることを示していた。同僚のKさんも、顔を私のほうに向けて大きくうなづいていた。

 これに対する執行委員の回答は傑作だった。「わが社のような大企業になると賃金は社会的制約を受ける。当社の賃上げは関連企業の賃上げに連動し、経営基盤の弱い中小企業は労務費負担に耐えきれず倒産する。当社だけの大幅賃上げは組合間の団結を阻害し、社会不安をまねくものだ。だからひとりよがりの賃上げは許されない」と言うのだ。

 さらに「職能給導入は時代の流れだ。これに立ち遅れたら外国の強大な企業との競争に対応できず、雇用も守れない」とまで言う。

 たまらず私が、「それじゃあ、まるっきり会社側の考え方じゃないか。これまで組合は山を削って谷を埋める長期安定賃金と称して、景気のよい時も世間なみの賃上げで押え込んできたが、それがインチキであったことは明白だ。幹部は自己批判をするべきではないか!」と攻めると、黙り込んでしまった。

 「おい、どうなんだ!」と再度迫ると、うわずった声で「キミは現状の資本主義を肯定するか否か」と文語調できた。

 こっちがあきれていると、また「キミは現状の資本主義を肯定するか否か」と文語調できた。「キミが資本主義を肯定するなら徹底的に話し合おう。しかし、これを否定する共産主義者であるならキミとの議論は不毛だ。今後いっさい答えない!」と、富士政治学校で習ったと思われるセリフをならべた。あとは逃げる一方で、ついには早く集会を終えるよう司会の評議員に求める始末だ。

 三月初めには工場単位で数千人規模の「春闘職場決起集会」がある。私たちの春闘はまだまだ続く。


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