一九〇三年、大阪天王寺で第五回「勧業博覧会」が開かれました。この催事のパビリオンの一つに「人類館」という、世にも不思議な展示物がありました。それは、生身の四人の女性に琉球、アイヌ、台湾、朝鮮の民族衣装を着せ、何の芸を行うでもなく、見せ物として展示するというものでした。この差別事件には、厳しい抗議が相つぎました。
この「展示」は、日露戦争に突入するために、アジアの人びとに対する差別意識、アイヌや琉球の人びとなど先住民への差別意識を利用し、分裂支配を強めるためのものであったことは、明らかです。
二十世紀の入り口で起こったこの事件は、二つの世界大戦でみる日本の帝国主義者による近隣諸国への植民地政策、人権抑圧、中国、朝鮮など諸国人民に対する大量虐殺事件へと突き進む思想工作であったのです。
神話をもとにした皇国史観教育は、この時代の沖縄にも深く入り込みました。 「人類館」事件について、沖縄の人びとをして、「わが琉球民族は大和民族、天皇の赤子である。それを滅びゆくアイヌや台湾、朝鮮人といっしょに陳列されることは、まかりならん」と言わしめています。
沖縄は七、八世紀ごろから独自の文化をもつ琉球王国として近隣諸国との平和、互恵をもととした交易を広め、「守礼の邦」として尊敬される国でした。このような祖先をもつ沖縄の人びとが帝国主義教育を受け続けることにより、民族差別に加担していくという悲しくも、恐ろしい教育であったということを忘れないでいきたいと思います。
私自身、少年期には軍国主義教育を受け、軍国少年として敵(人)を撃つ(殺す)こと、校庭の裏山に防空壕を掘ることが、毎日の教科内容でした。
今またも、日本政府は北朝鮮人民に対する敵意に満ちた世論づくりを強めています。新ガイドラインのいきつく先が何であるのかよく知っている私たちが、悔いのない闘いを今やらなければならないのだと、自分に言い聞かせています。
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