彼はどんな思いで親の墓前で手を合わせたのだろう。彼の無念やるかたない胸の内は、ともにがんばってきた同業者としてわかるような気がする。
彼は市内にあるしにせのスポーツ用品経営者。若くして身を起こし、有能で行動力ある男であった。その彼が死を選んだのは八月のまだ暑いさなか、父親の墓前で首にヒモをかけて…。墓には線香と新しい花がそえてあったという。
胸のポケットから発見された名刺の裏にこう書かれていたという。『弱い男でした。もうダメです。保険で清算して下さい』
三年程前に会った時には、商売も順調で専門店としての意気込みや夢を熱っぽく語っていた彼。その前日まで商店街のリーダーとして、夏まつりの準備に追われていた彼。「そんな彼がどうして」という驚きを持って、その知らせを聞いた。
私たちのような個人商店は、大型店の集中的出店と消費の急激な冷え込みの中で、厳しい商いを強いられている。
銀行は貸し渋りどころか借入金の返済を求めてきている。担保のない「信用貸し」には、なり振りかまわず厳しい取り立てを行い、担保があっても前年度の決算が少しでも赤字であれば回収する。
銀行は私たち個人商店にとって、本当に血も涙もないものになっている。彼の死は、人ごとではない。多くの商店主が、明日はわが身かと不安な日々を過ごしている。
政府は長銀に五千億円以上の公的資金を投入するという。この国の政治はなんという政治なんだろうと思う。怒りがこみ上げてくる。
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