映画紹介
「ドバアーン!」……船首に立つ砲手が慎重にねらいを定め、銛(モリ)を発射する。銛に結びつけられたロープが瞬時に波間を泳ぐ。やがて、海が赤く染まり、巨大な鯨(くじら)の体が浮かび上がってくる。
日本で今でも捕鯨(ほげい)が行われていることをご存じだろうか。この映画は、日本の沿岸捕鯨と北太平洋での調査捕鯨、ノルウェーを取材し、「捕鯨」のありのままの姿を記録したものだ。
国際捕鯨委員会(IWC)は八八年から商業捕鯨を全面禁止にしたが、ゴンドウ鯨やツチ鯨はIWCの管轄外。日本沿岸では独自の捕獲量を決めて鯨漁が行われている。
しかし、日本の小型捕鯨船はわずか五隻。九七年の捕獲枠はゴンドウ鯨類百二十頭、ツチ鯨五十四頭だった。
また、調査捕鯨では北太平洋などでミンク鯨を年間三百頭、捕獲している。
映画は、沿岸小型捕鯨船の第 純友(すみとも)丸の生活を追う。この船には六人の漁師が乗り込み、鯨漁が解禁される五月から十月まで海で共同生活を営む。純友丸の捕鯨枠は二十頭だ。
砲手と機関士との絶妙なチームプレイで鯨に近づき、銛を打ち込む。ときには、発射するタイミングを逃すこともあるし、銛を打ち込まれた鯨がロープをつけたまま海に深く潜ることもある。鯨捕りはまさに真剣勝負だ。
「私たちは生き物を殺している。でもそのことをいつも忘れないようにしている」と語る砲手の和泉さんは、鯨の供養のために小さな仏像をいつも身につけている。
映画では、日本の鯨捕りの伝統がさまざまな職業をうみ、海の恵みに感謝する芸能や道徳が生まれたことが映し出される。
元砲手の小浜渉さんは、「欧米の主張はなんの根拠もない感情的なものだ。二十頭の群れであっても実際に捕ることができるのは一頭だけ。ミンク鯨は確実に増えている。欧米の主張を受け入れたために、大勢の鯨捕りが生活の場を奪われた」と怒る。
捕獲された鯨は熟練した職人の手で手際よく解体され、そのすべてが無駄なく人間のために利用されてきた。鯨は日本人の貴重なタンパク源であり、捕鯨は日本の伝統文化だったといえる。
鯨はいつの間にか日本人の食卓から消えてなくなった。一度消えた習慣や文化はもうよみがえることはむずかしい。
乱獲は許されるものではないが、人間が生きるために鯨を殺すのは「かわいそう」なことなのか。
梅川監督は、「私は人間が他の生き物を殺して食べることなしに生きてゆけないことをあらためて思い、捕鯨の仕事に従事する鯨捕りにこそ、生命の尊厳が宿っていると確信した」と語っている。
欧米から押し付けられた「捕鯨禁止」。その理不尽さにあらためて気づかされる、説得力ある作品だ。 (Y)
六月二日=東京・有楽町朝日ホールで上映
六月三日=東京・なかのゼロホールで上映
各地での自主上映受付中
問い合わせ先 シグロ
電話03―5343―3101
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