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読書のすすめ

闘い続ける勇気与える本

「自由への長い道―
ネルソン・マンデラ自伝」

(南アフリカ大統領)

原口 弘


 感動的で、元気の出る本である。今日の社会で抑圧されている多くの人びと、虐げられている民族、人種、階級に、希望と闘い続ける勇気を与えてくれる。

 ネルソン・マンデラは、アフリカ大陸の最南端に位置する南アフリカ共和国大統領。これは彼が大統領になった時点までの自伝だが、立身出世話や成功物語ではない。

 アパルトヘイトという世界にも類のない白人優先、黒人差別の人種隔離政策、政治支配体制と苦難のなかで闘い続け、ついにこれを打ち破って政権を握るまでにいたったアフリカ人の闘い。その指導者の経験、波乱に満ちた生きざまが血と汗をともなってつづられている。

 私は、南アフリカの歴史を変えたマンデラのたいへん素朴で実直な語り口に親しみと強さを感じながら、一気に読んでしまった。

   ◇     ◇

 マンデラは一九四四年、ANC(アフリカ民族会議)の青年同盟創設に加わって「自由の戦士」としての長い道を歩み始める。最初はエリート大学に行って出世しようという道を歩いていたのに、その道を捨てなぜ自分が政治に携わるようになったか、解放闘争に一生を費やすという意識がいつ芽生えたか、「正確に言うことはできない」と次のようにいう。

 「南アフリカでアフリカ人であるということは、自覚のあるなしに関わらず、生まれた瞬間から政治に関わっていることを意味する」。

 アフリカ人専用病院で生まれ、アフリカ人専用バスで自宅に連れ帰られ、アフリカ人専用地域で育ち、アフリカ人専用学校に通う。就職も、居住区も、汽車やバスも「専用」の差別――アフリカ人の人生は、成長をむしばみ、可能性を狭め、生活を妨げる差別的な法律や規則でがんじがらめになっている。この現実こそ原因だと指摘する。

 また、マルクス主義から大きな思想的影響を受けたことを素直に述べている。マンデラは当初、共産党員のひたむきさに敬意を表しながらも、政治的に一線を画する態度を保ち続ける。だが、闘いのなかで、闘いの発展の必要さから、マルクスやエンゲルス、レーニン、スターリン、毛沢東の著作を学びはじめ、「偏見」を払拭する。

 「弁証法的唯物論には、人種抑圧の闇夜を照らす探照灯と、その闇を終わらせるのに使える道具という、両面が横たわっているようだった。これを知ったおかげで、黒人対白人というプリズムを通す以外の見方で、状況をながめられるようになった。闘争を成功させる鍵は、黒と白の関係を超えたところにあるのだ」。

 マルクス主義を闘いの武器として徹底的に使おうとする実践的態度に学ばされる。

 こうした闘いと学習、組織的訓練をへて、マンデラはANCの指導者として成長を遂げる。

 南アフリカでは、人口のわずか一八%にすぎない白人が、自分たちの王国を維持し得たのは、まさにアフリカ人内部の部族対立を含む徹底した分断政策によってであった。

 マンデラをはじめとする指導者たちの成功は、運動内部に存在するさまざまな対立、矛盾を、闘いの経験を通じて、ねばり強い説得、議論を通じて克服し、敵の分断策を打ち破る団結した力をつくりあげたことである。

 この本は、そのためのマンデラらの忍耐強い、広範な大衆の利害に基づく努力の生き生きとした数々の実例で満たされている。

 マンデラはアフリカ人の闘いを新たな段階に引き上げるうえで、決定的な役割を演じた。闘争の発展が、それまでの「非暴力」路線の限界を表したとき、敢然として、「組織化された暴力の道」を切り開く先頭に立った。

 一九六一年十一月、ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)という軍事組織を作り、最初の司令官になった。ここでも手探りで、先人の経験に学び、軍隊組織を作り、資金集めをし、敵との闘争で成果をあげていく。

 こうした「功績」ゆえにマンデラは、二十七年間の獄中生活を強いられるが、ここでも闘いはやめない。獄中生活とそこでの闘いは、一度でも獄中生活を体験したものにとっては、まさに共感の連続である。「刑務所は、人間の性格の試金石のような場所だ」!

 解放と革命事業に主体的に加わっている者にとっては、どんな困難な条件下でも真正面から現実と格闘し、大衆から離れないで闘えば展望が切り開けること、組織こそ敵に打ち勝つ力だということ、原則を踏まえた実際的な対応能力、大衆のさまざまな組織化、多様な創造的な戦術の駆使などなど、実に教えられるところが多い。

 マンデラは自伝の結びを、「私の長い道のりは、まだ終わっていない」という言葉でくくっている。

 われわれと同時代になお闘い続ける先輩の自伝を、迫り来る危機の時代にどう生きるべきか、闘うべきかを模索せざるを得ない労働者と、青年・学生に読んでもらいたい。

 「楽観的であるということは、顔を常に太陽へ向け、足を常に前へ踏み出すことである」「勇者とは、何もおそれない人間ではなく、おそれを克服する人間のことなのだ」。

発行・NHK出版

上下巻各二千五百円


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