980405


やっぱ好きやねん

北京と南京(中)

ひまな ぼんぺい


 北京で前半のスケジュールを終えて南京に向かう日の午後、僕は同行の人と別れ、かつて日本に留学していた三人の友人に会った。

 待ち合わせの北京飯店から、黄暁憲の車(四年前に会ったときはダイハツのシャレードだったが、今度はドイツ車と合弁のサンタナ)でまずレコード屋に連れていってもらった。唐詩のCDを買いたかったのだ。王府井のはずれにある大きな店だったが、『学唐詩』というものしかない。

「子供の勉強用のかぁー」と言うと、「子供用でも唐詩は唐詩ですよ」と黄元。

 そりゃそーなんだがと、「学唐詩」「中国琵琶名家名曲」「京劇大師 梅蘭芳」の三枚のCDを買った。

「梅蘭芳は好き嫌いあるんですけどね……。私はあまり好きじゃない」

 蘇東坡の賦(ふ)に曲をつけたり、日本で開かれた中国人歌手のリサイタルでピアノ伴奏をしたりしたことのある黄元は、教養人なのである。

 彼の奥さんの藩希耿さんが「凡平、なに食べたい?」と聞くので、まかせると答えると、三人で相談していたが、老北京人ともいうべき黄暁憲の車が着いたのは、天安門を挟んで天壇公園の真北にある地壇公園。「壇根院食坊」というレストランだった。

 入るなり感激しましたねー。どーんと広く、天井が高い。

「清朝の雰囲気を残しているんですよ」と藩さんが言うように、紫檀か黒檀だかのテーブルにベンチ、白の上着に黒のゆったりしたズボン、白の靴下に黒の布靴、カンフー映画に出てくるような服装の二十歳くらいの服務員。礼儀正しいきりっとした彼らが左肩に掛けている毛巾(タオル)が実にきまっている。

(少年愛の美学はもちあわせていない。だが、たとえば陳凱歌監督の「覇王別姫」で、京劇修業中の少年たちが川に向かって歌う場面などには、じーんときてしまうのだ)

 ビールを飲みながら肉団子の鍋や炸醤麺や、なんだかいろいろと食べた。僕はメニューに「臭豆腐」があったので挑戦することにした。

「これから飛行機で南京に行くんでしょう? 周りの人はみんな逃げちゃうよ」

 黄元は「これだけは、私はダメ」と言う。しかし、「臭豆腐を食べれば中国通」といわれているのだ。

 腐乳(豆腐の塩漬け。沖縄の豆腐ヨウにそっくり)をさらに発酵させて、ずるっと鼻水のようなものを引いている。

 黄暁憲にお手本を示してもらう。いっしょに出された窩頭(ウオトウ。トウモロコシ粉で作った蒸し菓子)を薄く切ったものに臭豆腐を箸で塗って食べる。鼻につくのは、ちょうどクサヤのにおいである。臭いがうまい。これにぴったりと合うと聞いていた「二鍋頭」という北京の安い地酒のポケット瓶を注文した。

 機内で皆さんに嫌われると困るので、二口、三口、ともかく口にしたというところにしておいた。

 格子の入った窓から差し込む日と影とが交錯した落ち着いた雰囲気の中で過ごした二時間は幸せだった。

 帰国後、「学唐詩」は毎日聴いている。「春暁」や「早発白帝城」など、漢文の授業で習ったものなどを含め十八首の詩が入っている。リーダーの子がまず一首を読み、そのあと大勢が読む、次にひとくぎりずつ交互に二回読む。ゆったりした音楽をバックに唐詩を勉強する中国の子供たち。『万葉秀歌』のCDを子供向けに岩波書店が出したなんて話は聞かないし、今回の旅では、中国の人びとがうらやましくなることが多かった。


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