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農家の限界超えた低価格

農業はみんなの生命なのに…

農業  大橋 咲子


 東北のみなさんには笑われてしまいそうですが、関東近辺は一月から大雪で大変でした。私は有機栽培の野菜を毎日収穫して配達しなければならないので、仕事に追われているうちに畑は真っ白になり、朝にはトンネル(低い枠組みにビニールをかけたもの)はつぶれ、作物はすべて雪の中に埋もれてしまいました。次の日の収穫から雪をかき分けねばならない日々が続きました。昨年の春には熱風が吹き、秋には雨が降らない日々が続き、お天気を相手に仕事をしている農業にとって、異常気象は手のほどこしようもありません。消費者のみなさんは、高い野菜を買っているのでしょうね。

 この異常気象は日本だけではありません。昨年の十二月にはメキシコに百十六年ぶりに降った雪が大雪で、十二人が凍死するような事態です。メキシコは日本向けカボチャの一大産地ですが、一部の地域では全滅、その他の地域でも収穫は半減ということでした。もう一方の輸入先のニュージーランドでも霜害が発生し、生産に大打撃、商社は在庫で対応するということです。

 アジア南部は平均気温が三度も高いところや、降水量が平均の七倍というところもあり、インドネシア、フィリピンは極端な干ばつで、逆にアフリカ東部では大雨で洪水が発生し、ソマリアでは千五百人もの死亡者を出しています。異常気象は農作物に深刻な被害をもたらします。食糧が不足して国家非常事態宣言を出す国もあります

 中国を含むアジア諸国は工業化の道を進み、穀物の需要が増えても自国で対応できずに世界市場から買い入れています。異常気象と消費の増大で世界の穀物備蓄は危機的水準となっています。食糧を外国から安く買うことができる時代は続かない、ということは農水省でも認めています。世界最大の食糧輸出国のアメリカは、いかにして食糧を戦略的に使うかを考えています。テレビがなくても当面は困らないかもしれませんが、食糧は当面なくても…というわけにはいかないからです。

 ガット・ウルグアイ・ラウンドで、日本は毎年大量の米を買うことを義務づけられました(実はアメリカとの二国間交渉で決まった)。豊作も重なり今、コメは余っています。市場競争の中で値段も下がり、消費者には安くてよいかもしれません。しかし稲作農家の生存の限界を超えています。生産者が受け取るコメの価格(生産者米価)はここ二十年、実質で上がっていません。労働者でいえば、二十年実質賃金は据え置きだったのです。農業者が毎年二十万人もやめていくのは、先の展望がなく後継者が育たず、高齢化が進んでいるからです。二十歳の給料で四十歳まで食べていけますか? 

 値段が上がらなければコストを下げるほかありません。政府主導で規模拡大と機械化が進められました。補助金もつき、優遇措置もあります。農家は何千万円かの借金をして設備を整えます。将来の利益をみこして借金をするのです。そして政府は「大丈夫」という約束をたくさんします。例えば「コメを輸入しても転作の強化はしない」(九三年閣議決定)。しかし、今年は史上最大の転作が行われます。三割減反、多いところでは四割です。転作は強制です。しかし、政府は今年はコメが余っているので買わないかもしれないと言います。自由に売れば、と言います。そして政府の決めたコメの輸入は増えるのです。在庫が増えれば値段が下がるのは当たり前です。規模拡大した専業農家は、コメを売って、借金を返して、払いを済ませたら生活費がない、というところが続出しました。そこで政府は価格を補助する仕組みを作ることと引き替えに史上最高の大規模な減反を迫っています。

 世界には八億人もの飢えた人びとがいます。北朝鮮は飢餓に苦しんでいます。国際援助にまわせばと多くの人が言いますが、アメリカを中心とした輸出国が反対です。自分たちの輸出する穀物価格に影響するからです。ご存じの通り、日本政府はアメリカのご機嫌をそこなうようなことはしません。もっぱら農家にもっとがんばれと、少しばかりの補助金で、それも「隣の家もきちんと減反しないとあなたの補助金もなくなりますよ」と、町ぐるみの強制です。そのアメ玉の補助金も、しゃぶる時には大きいのですが、年々小さくなるのです。

 日本人には、なくてはならないみそやしょうゆや豆腐の原料の大豆は九八%が輸入です。(アメリカでは大豆は主に家畜のえさです。ですから今度大豆の残留農薬の規制が飼料並の倍に引き上げになります。必ずみなさんの健康に影響しますよ)。日本では家畜のえさとなるトウモロコシも、パンもうどんもそばも原料は輸入。こんな国は先進国にはありません。どの国も、政府が膨大な国家予算を投入し、国民の合意をつくり、自国の農地と農業の育成に努めてきたのです。なぜならば食糧は一日とも欠かすことができない重要な資源だからです。日本は農産物をつくらないことを条件に予算を出します。今や唯一自給できる作物はコメだけなのに、このままでは稲作農家はつぶれてしまいます。

 アメリカのように耕すべき広大な土地もなく、地価も高い日本では、市場原理で農業は生き残れません。

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 とりあえず農地を維持し、生活をするために今日もせっせと無農薬の有機野菜をつくって配達しています。おばあちゃんは年だから「今年はコメもやってくれ」と言います。どうしようかなあ…。


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