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労働新聞 2021年10月15日号 6面・通信・投稿

運送業の現在と未来を考える

宅配労働者の産別必要

内田 茂之

 コロナ禍の中でもいつもと変わることなく仕事に明け暮れている皆さんに連帯の…という気分で、最近の現場の雰囲気を書いてみます。
 私は三十年近く運送業をやってきた肉体労働者で、零細企業の経営者でもあります。運送業といっても、大型車を使って長距離を走る基幹的な部門では時々の経済情勢や政治の影響を受けて浮き沈みすることが多く、これはこれでしんどいことだと思いますが、私たちの仕事は主に輸送の末端、ラストワンマイルといわれる部分ですので、むしろ庶民の暮らしぶりの変化が大きく影響します。そういう現場からのレポートです。

コロナ狂想曲の終わり?
 最初に触れたいことですが、私たちには、コロナ禍が始まって以来、「自粛」とはまったく縁がありませんでした。毎朝早く起きて、一日中バタバタ走り回って、夜遅く寝る生活の繰り返し。
 たいていの皆さんは「自粛生活」で「とりあえず対策をしている振りをする」のでしょうが、私たちは振りもしなかったですね。「巣ごもりで鬱」なんて聞くと「気の毒に」と思うけれど、「なんで?」とも思っていました。
 ただ、マイナスの影響はいろいろあって、仕事が終わってから「さあ、メシでも食おうか」とカレー屋さんなどに寄ると、「二十時で閉店」と言われる。コンビニによってトイレを借りようとすれば「使用禁止」の張り紙…ほとんど嫌がらせだなと感じる毎日でした。「コロナを口実にするのは止めたらどうですか!」とコンビニの店員に詰め寄ったこともありました。
 コロナ危機の中で特有の喜劇はたくさんありました。私も折りに触れてあちこちに書いたりしましたが、「マスク警察」として半狂乱になる人を何人も見ました。私自身も何回か被害に遭いました。おかげで「カムフラージュマスク」をいつも付けていなければ仕事にならない状況は続いています。しかし私自身はマスクが死ぬほど嫌いです。
 そんなバカ騒ぎももうすぐ終わりそうです。おそらく、収束しなくてもね。そう期待しています。コロナがどの程度のものであれ、折り合いを付けなければならない時期はそんなに遠くはないと思います。経済も庶民の暮らしもそろそろ、このバカ騒ぎに耐性が生まれているでしょうから、ワクチンよりもそちら方が効きそうです。

職場でのコロナ問題
 ところで私の職場でのコロナ問題ですが、実は私のところでも感染者が出ました。その彼がどうもおかしいということで検査に行ったその日に、私は向き合って三十分ほど話をしていました。そのあと陽性だということになり、本人は自宅で二週間の待機となり、頭痛と高熱の症状が出たのですが、なぜか「濃厚接触者はいない」ということになり、私も事務所も何も影響を受けませんでした。大騒ぎをしているように見えても実態はそんなものです。私にはありがたかったですが。当人のところにも最後まで一度も保健所の人は直接は来なかったそうです。
 もう一つの件はゆゆしき一大事になりかけました。二度のワクチンを接種した人が三十九度の高熱を出したのですが、「難しい地域の担当なので走ってくれないか」と依頼されたという件。私がその連絡を受け、びっくり仰天し、出勤した彼を帰らせて私が代わりに走りました。
 これは正社員ならあり得ないことなのです。出勤時の検温で三七・五度以上の者は帰らされて医者に行くよう求められています。それを仕事させたりしたら大問題です。ところが下請にはそういうブレーキがかからないのです。さすがに私も腹に据えかね、所長宛に意見書を出す事態になりました。下請け業者が親会社に意見書を出すのは異例の事態ですので、所長も緊張していましたが、弁解のしようのない失態なので「以後同じことは繰り返さない」と約束してくれました。

運送業の社会的地位は
 コロナは小売業や飲食業、観光産業などに強烈な打撃を与えましたが、運送業の役割はクローズアップされた面があります。幹線輸送が「大動脈」だということは常識だったけれど、末端ワンマイルが「毛細血管」だということは今回の事態で皆に実感できるものになりました。宅配はもちろんですが、工場からショッピングセンターへ、中央市場から小売店へ、毎日小型車が無数に走っています。たとえばターミナル駅にある百貨店へは搬入車両が一日千台ぐらい入るのです。一台でも欠車になると大騒動になります。
 つまり、この毛細血管が閉じると生物は死ぬのですから、社会が維持されてきたのは何があっても皆がいつも通りに働き続けたからにほかなりません。この感覚と、政府などが連呼する「人流を減らせ」「不要な外出をするな」「人と接触するな」というプロパガンダとがまったく合わず、役に立たない「お念仏」のように聞こえていました。「念仏」には申し訳ない表現ですが。
 ともかく、私たち運送業労働者の社会的地位は格段に上がったんだと思っています。エッセンシャルワーカーという聞き慣れない言葉が流行語になり、リモートワークなどとは無縁の現場肉体労働者こそが結局は社会の土台を支えているという、ごく当たり前の事実に皆が気づいたのは多分、コロナの最大の功績かも知れません。
 ただ、未来はそれにふさわしいものにならないのではないか、というのが私の今の気分です。

周囲では激変が次々と
 さて、運送業の現在と未来ということですが、これを読んでいる人は「現場労働者がそんなことを考える必要があるのか?」という疑問を抱くかもしれませんが、考えざるを得ないようなことが身の回りで起こり始めているのです。
 二十年以上前の宅配業は、重労働(きつい)、低賃金(かせげない)、長時間(かえれない)のいわゆる3K産業(自己流解釈です)の代表格でしたが、熟年労働者を中心に比較的安定した状態が維持されていたと思います。インターネットの普及による通販の増加が二〇〇〇年前後から始まり、通販業者も運送業者も新規参入、激しい競争、そして新技術の導入が加速しました。客層も大幅に広がりました。まさに激変が起こっています。  このような激変は、私たちの周りにもさまざまな事柄として出現しています。少しだけその変化を例示します。

技術面
・私たちの使っている端末装置は十世代目です。この第十世代機はついにタッチパネルサイン方式を導入して、伝票への捺印を不要にしました。これは将来の配達自動化へのワンステップと私は思っています。機械の操作はだんだん複雑になり、コンピュータやスマホが苦手な世代は弾き飛ばされていきます。
・配達先データを入力すると、そのデータが電力会社のデータとリンクされるようになりました。不在かどうかの判断に使うんですね。ほかの業種でもこの手のことは普通になるでしょう。便利とヤバさの結合です。
・通販の雄であるアマゾンは各地に大規模な物流拠点をつくっており、ここでのピッキングは完全自動化(無人化)されています。首都付近だけかと思っていたら、あっという間の全国展開です。

労働面
・下請け業者が以前よりも簡単にクビを切られるようになりました。本社からの指示のようですが「誤配三回やったらクビ」などと脅すのです。品質向上のためではなく、下請労働者の不安定化を親会社側が感じているから締め付けたくなっているのだと思われます。こういうやりかたはモチベーションの低下を招いています。職場の安定と品質向上にとって逆方向の悪循環が始まっているように見えます。このような末端労働者の使い捨て傾向の強まりは、どの大手運送業者でも共通して見られるようになりました。
・若い労働者が増えました。これは「いいことではないか」と思われるかも知れませんが、素直に喜べない問題が含まれています。若者が福利厚生も無く労働法に守られることもないキツい現場労働に入ってくるのは、若者にとって望ましい仕事が少ないからなのは言うまでもありません。そして、長く続けられるものではないことはかれらも承知の上でしょう。短期間で稼いで、次のもっと良い仕事を探そうとすれば、仕事に無理が生じます。その結果、現にトラブルが増え、クレームが増え、人の入れ替わりが激しくなっています。本来、若者が落ち着いて働け、人並みの収入を得ることができるような労働環境をつくるべきなのですが、現状はまったくほど遠いと言わざるを得ないのです。これはウーバーイーツやアマゾンフレックスなども仕事として同じ問題を抱えていると思います。
・現場の皆がこの仕事が近い将来どうなるのか不安を感じ始めています。以前にはなかった空気が漂っています。これは管理職とて同じようです。自動運転車、ロボット、ドローン、人口知能(AI)などのイメージが夢ではなく迫ってきます。私はある求人広告屋に「十年後くらいには広告出すことを考えるよ」と軽口で言ったのですが「その頃には宅配業はないかも知れませんよ」と切り替えされました。周りもそう感じているということでしょう。

労組なくして改善できない
 こういう流れをイノベーションといっていいのかよく分かりませんが、とにかく急速に進む変化と、労働力の流動化の中で、アマゾンに典型的に見られますが、ギグワーカーの導入などという方向で一時しのぎをやろうとしているのでしょう。その後に来るのはモデル都市での全面的自動配送とか、中山間地でのドローン配送などなのでしょうか。そして最終的にはどこにたどり着くのでしょうか。
 しかし、二〇三〇年には、運ぶ荷物に対して運転手の不足は三五%にもなるそうです。この問題の核心は大型長距離輸送便ですが、運送業界全体に必要な労働力をどうやって供給するのかという問題がつき付けられています。3Kの職場環境に加えて、労災職業病の比率が他の職業よりずば抜けて高いことや、下請構造がひどい(国交省の分析でも七次下請などというのが出てきます)ことなど、今のシステムの延長では解決できそうにない難問が積み上がっています。
 私は以前、下請宅配業労働者の労働条件の改善のために、全国的な産業別組織をつくれないだろうかと考えたことがありました。運輸一般や全日建連帯など運送業関係の労働組合も手を触れ得ない領域に数十万人がいます。実人数はよく分かりませんが、軽自動車運送業の登録業者数は十七万六千、事業用軽車両の台数は二十九万四千(いずれも二年ほど前のデータ)となっています。
 ですが、当時でも下請の社長さんと雇われている人の意識の隔たりが克服できなかったのに、今はどう手を付けたらいいのか、途方に暮れる状態です。  日本に産業別労働組合の全国センターがあればなあ、と切実に思いますね。


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