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労働新聞 2021年2月25日号 7面・通信・投稿

映画紹介/

今村彩子監督
『きこえなかったあの日』

 東日本大震災やコロナ禍など、非常時は社会に内在する問題を顕在化させる。同時に大切なことにも気付かせてくれる。
 十年前の大震災と大津波で亡くなったろう・難聴者は岩手・宮城・福島の三県で判明しているだけで七十五人。津波警報が聞こえず逃げ遅れた人も多かったとみられている。障害者の死亡率は住民全体の約二倍だったという。避難所でも音声によるアナウンスが分からないなどの困難を強いられた。
 自身も生まれつき両耳が聞こえない今村監督は、震災直後から現在に至るまで被災地に通い、困難の渦中にいる耳のきこえない人たちの姿を記録し続けてきた。本作はその十年の歩みの記録だ…と、このように記述すると社会問題を提起する堅いドキュメンタリーだと思うだろう。しかし本作を見ればその印象はがらりと変わるに違いない。
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 映画の主要登場人物のひとりが加藤さん。津波で家を流された高齢の聴覚障害者だ。仮設住宅で暮らす彼はコミュニケーションが不得手だ。昔の聾学校では口話の習得のために手話が禁じされ、彼は基本的な教育も十分受けられなかった。そのため文字の読み書きを苦手としている。手話も独特で、監督でさえ十分理解できない。こうした問題を抱える高齢聴覚障害者は少なくないという。
 このようにコミュニケーションに幾重の困難を抱える加藤さんだが、監督の心配をよそに仮設住宅で人間関係を築いていた。伝えたいという思い一つで人の輪にぐいぐい入っていく。監督は自らの固定観念をあらためさせられる。
 監督はまた熊本地震や西日本豪雨の現場にも足を運び、災害時のろう・難聴者の状況を追っている。熊本地震の避難所では東日本大震災時にはなかった聴覚障害者向けの案内が掲示され、西日本豪雨後にはろう・難聴者によるボランティアグループも結成され、復旧作業を担った。
 また二〇一三年には全国で初めて鳥取県で「手話言語条例」が施行され、手話が言語として位置づけられた。同条例は現在までに三百七十四自治体で成立、聴覚障害者らが暮らしやすい環境づくりが各地で進められている。具体例として、災害時の応急救護に備えて地域の薬剤師とろう者が共同で「薬に関する絵カード」を作成する愛知県豊橋市の取り組みも紹介されている。
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 十年前の悲劇の後、社会には「絆」があふれた。その言葉は時に国や行政が責任を住民の「自助」に押し付ける役割も果たしたが、いざという時に頼りになるのもやはりその言葉が表すものだ。惨禍の続くこの十年の現場の記録の山から、そんな希望と可能性を掘り起こし再認識させてくれた監督に感謝したい。(I)

2月27日から全国順次公開、有料ネット配信も


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