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労働新聞 2020年9月25日号 7面・通信・投稿

書籍紹介/『わかりやすさの罪』

効率求める風潮の弊害

武田 砂鉄・著
朝日新聞出版、1600円+税

 「文章が長い。労働者はそんな長いのを読まない。端的にわかりやすく!」「労働者は長い話を聞かない。手短に要点をまとめて!」のような、質より量の、内容より技術の意見が増えているように感じ始めたのはいつ頃からなのか。プレゼンソフトの普及と無関係ではない気がするが、いずれにしても単なる個人的な印象ではなく、社会の中に「わかりやすさ」を迫る風潮があることは間違いなく、それに対する反論や反発も広範にあったことは、この本が世に出て評価されていることからも間違いないだろう。
 『紋切型社会』 (新潮文庫)でライターとして高速出世した著者による、満を持した続編とも言える同書。「手短に、わかりやすく」を強いる風潮に対し、「わかりにくいものがある、なぜわかりにくいかといえば、パッと見では、その全体像が見えないからである。凝視したり、裏側に回ってみたり、突っ込んでみたり、持ち上げてみたり、いくつもの作用で、ようやく全体像らしきものが見えてくる」のだから、「個々の言動が知らぬ間に制限されたり、平凡になったりするのであれば、それを『罪』と呼んでみるのは極めて自然なこと」「わかりやすさの妄信、あるいは猛進が、私たちの社会にどのような影響を及ぼしているのか」「遠回りしながら考えていきたい」として、ウィットに富んだエッセイが収録されている。
 「全体像が削り取られていく」ことの問題を提起し、要約に懐疑的な本著を抜き書きして紹介することは控えたい。機知と筆力が存分に発揮された評論を同書を手に楽しんでいただければと思う。セールスコピーにある「納得と共感に溺れる社会で、与えられた選択肢を疑うための一冊」となることは間違いないだろう。
 同書を読んで再確認したことは、「わかりやすさ」に潜む危険性、特に政権与党の流布する明快なフレーズに隠された思惑に常に敏感でいることの重要性と、対抗する姿勢だ。
 為政者は常に多数派の大衆を欺く。ナチスドイツや日帝しかり、小泉政権時代の 「ワンフレーズ政治」しかり。安倍政権の「日本を取り戻す」「この道しかない」なる無内容だが「何となくいいんじゃない?」という言葉に労働者も踊らされ、長期政権化を許したことは痛恨の極みだ。
 しかしむしろ今気になるのは、こうした風潮に迎合し、あるいはこれに慣れて、闘う側の認識も単純化し雑になっていることだ。その典型が共産党。きわめて複雑な世界情勢も、覇権・強権・平和・人権・格差、こういった限られた言葉で説明し、認識を簡略化しているように思える。その方が論断が簡単で説明しやすいのだと思うが、中国問題などの重要なところで評価を誤っている。これは致命的な問題だ。これは闘う側の陣形再構築に向けて避けられぬ課題なのかもしれない。(M)


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