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労働新聞 2020年6月25日号 8面・通信・投稿

コロナ禍が教えてくれたこと

神奈川県秦野市
なんつッ亭・大将 古谷一郎

 私は、若い頃はいわゆる「ヤンキー」で、定職にも就かず両親に多大な心配と迷惑をかけてしまいました。しかし二十七歳の時、たまたま見たテレビ番組のラーメン特集に感化され、九州は熊本に乗り込み、一年間の無給修行に。その後、二十九歳の時に地元の県秦野市に小さなラーメン店を開業しました。それから二十三年、現在では日本国内では業務提携店を併せて三店舗、シンガポール、タイにそれぞれ一店舗、フランチャイズ店が台湾に一店舗と経営を広げています。
 美味しいものを食べると、人は幸せな気持ちになります。私がこうして生活できているのは、日本はもちろん海外も含めて、たくさんの方が幸せを感じてくれたからだと確信しています。現在五十二歳です。これまでも、そしてこれからもずっと、多くの方に小さな幸せを感じていただけるような生き方をしていきたいと思いながら、毎日を元気に送っています。

危機感の欠如と初動の遅れ
 さて、私が新型コロナウイルスを知ったのは去年の十二月、タイとシンガポールに渡った時でした。何やら危ない病気が中国で発生したらしい、SARSやMERSのようらしいと、既にさまざまなうわさが流れていました。ネット上でも、人が急に倒れこむようなかなり危険な動画を目にしました。ただその時は私もどこか他人事のようで、あまり深くは受け止めていませんでした。
 しかし、今年の一月、再びタイとシンガポールを訪れた時はかなり緊張感が漂っていることを肌で感じ、私の気持ちも変化しました。空港の体温検査は当たり前で、中国からの渡航者は入国制限していました。街でもショッピングモールに入るすべての人の体温を測る徹底ぶりです。
 その光景を目の当たりにした時はのん気な私もさすがにこれはかなり危険だと思い、日本の家族や友人、会社のスタッフに連絡しました。しかし、その時の皆の反応は「心配し過ぎだよ」「日本は大丈夫だよ」など、私の心配をあざ笑うかのような反応ばかりでした。
 日本に戻り、最初に驚いたのは、空港での検疫がまるでなされていないことでした。中国はもちろん海外からの渡航制限をしている様子もなく、まさにザル状態。
 私がいちばん恐れていたのは、中国の旧正月。ご存知の通り、この時期は毎年航空券が値上がりするほど中国の旅行者が世界各国に大移動します。通常でも日本の主要都市や観光地などはどこの国か分からないほど外国語が飛び交うようになっていましたから、旧正月ともなれば外国からの人であふれ返ってしまうのではないか。危機感は高まるばかりでした。
 ちょうどその頃の国会はというと「桜を見る会」の話題ばかり。危機感を募らせた私は知り合いの国会議員の秘書に連絡をしてみたのですが、返事は「不安をあおるようなことはできない」という頼りないものでした。
 私が思うに、七月に東京五輪が予定されていたので、また中国の習近平主席の来日も控えていたので、世界各国が大騒ぎになっている最中にもかかわらず、政府は海外からの旅行者の入国を制限するでもなく、コロナ対策を講じるでもなく、さらにいつものように国民の心配に耳を傾けることなく、五輪など国の都合を最優先したのでしょう。
 その後、事態は一転しました。習主席の来日は中止、五輪も延期が決まりました。
 その途端、それまでの雰囲気とは一転し、日本中がコロナの話題一色になりました。テレビでは朝から晩まで異常なまでに恐怖をあおり続けるような報道ばかり。志村けんさんや有名芸能人が亡くなったことで人びとの恐怖は最高潮に達したようです。五輪の延期が決まる前まではマスクもしていなかった政治家が急にわざとらしくマスクを着用したり、それまでコロナのコの字もほとんど口に出さなかった小池都知事も存在感を示すかのごとく危険性を訴える会見を開いたり。そんな政治家たちの行動を冷静に見ていて非常にバカげた対応だと思って見ていました。
 そして、あたかもコロナが五輪延期を待っていたかのように、全国から感染者急増の報告が相次ぎ、ついには緊急事態宣言となり経済活動や外出の自粛を要請されることになりました。

自粛は本当に必要だったのか
 今回のコロナ禍はこれまでのものとは違いました。それは「あなた自身が感染することよりも、あなたが感染源になり得る。症状が出ないまま感染していることもあるので、大切な人を守るために自粛を」という言葉だったように思います。この言葉が人びとの心に深く浸透し、感染してしまうことや感染源になってしまうことへの恐怖感がまん延したように思います。
 ただ、ひねくれ者の私は、そもそも公文書を改さんしても何のおとがめもないデタラメがまかり通る今の日本政府の発表をまったく信用できなくなっているので、コロナの情報についても政府の発表をうのみにするのではなく、自分自身で手を尽くし調べることにしました。
 ネットの情報や海外のニュース、陰謀論と言われているようなことまでもいろいろと調べ、また自粛期間中には今回一躍身近になったZOOMで医師のレクチャーも三度受けました。厚労省のホームページで毎年のインフルエンザの感染者数や死亡者数、そして不慮の窒息による死者数、警視庁のホームページで自殺者数や交通事故による死者数も調べてみました。
 その結果、「なぜコロナによる死を防ぐためだけに経済活動まで自粛して外出を控えなければならないのか」と疑問を持つようになりました。
 ワクチンのないコロナを警戒をすることは理解できます。しかし、ワクチンがあるにもかかわらず毎年大変多くの人が亡くなっているインフルエンザについては、なぜ今回のように外出の自粛を要請しないのでしょうか。その違いを明確に説明する責任が政府にはあるのではないでしょうか。人の命が大切なのはわざわざ言うまでもありません。ですが、他のことが原因で亡くなることは軽視して、どうしてコロナだけがこんなに騒がれているのか、それが理解不能です。
 また、満員電車を走らせ続けていながら、外出禁止や飲食店には営業自粛を要請する。政府の対応は相変わらず矛盾だらけです。
 完全に情報に踊らされていると思うようになりました。単に政治家がコロナを政治利用しているだけのことだとも思うようになりました。
 驚いたのは、自粛をしていない人やマスクをしていない人に過剰な注意をしたり、警察に通報する「自粛警察」まで登場したことです。国民の側から自らもっと強制力を持った緊急事態宣言をしてほしいと言い出す者まであらわれた時は、規模こそ違うにせよ、戦時中も政府のおかしさや戦争に反対する者を国民側から同じように通報したり監視し合ってしまったんだろうと想像し、恐ろしくなりました。上からの要請がどんなに理不尽なことでも、それをおかしいと言えず、その中で工夫をしながらも守ろうとするのは、日本人の良いところでもありますが、それを守らない者を過剰に追い詰めたり通報したりする行動は、非常に残念であり、危険な行為だと感じました。
 批判を覚悟で言わせていただくなら、私はコロナを恐れていません。いや、正確に言えば、正しく恐れています。インフルエンザと同じだとは思っていませんが、インフルエンザのような感染症と同様の予防措置、つまり手洗いやうがいを徹底していれば感染はしないと考えています。そして、常日頃からストレスをためず、健康的な食事をし、よく笑い、充分な睡眠を取るように心がけていれば、風邪はもちろんインフルエンザやコロナにも感染しないと考えています。
 緊急事態宣言など出さずに、毎年多くの感染者と死者を出しているインフルエンザと同様の対応をするべきだったと思います。お年寄りや持病のある人は特に気をつける必要があるでしょう。しかし、それは他の感染症も同じで、健康な人の経済活動まで止めるべきではなかったと思います。自粛し外出制限してしまっては、ストレスで免疫力も下がるので、逆効果だったのではと考えています。

国民の自覚と行動が必要に
 政府の対応はひどいものだったと思います。与党野党問わず、また地方議員も、その存在価値は一切ないと強く感じ、あきれるのを通り越して怒りがこみ上げてくる毎日でした。多くの国民が苦しんでいるのにたった二枚のマスクの配布。給付金の支給も時間ばかり掛かり、あろうことに不正なカネの流れがあったようです。不正なカネの流れは今に始まったことではありませんが、安倍政権になってからは特にひどいと思います。民主主義や立憲主義を踏みにじり、法治国家であるはずの日本は、気付けば汚職天国の三流国家に成り下がってしまいました。今や政府与党は犯罪者集団と化してしまったと言っても決して大げさではないと思いますが、それを止められない野党もその存在価値を疑いたくなります。
 何の保証もないままの緊急事態宣言による自粛要請は多くの人の生活を苦しめましたがそんな中でも出来レースのプロレスを見せられているようで、私の政治家に対する不信感や怒りはとどまるところを知らないほど最高潮に達しいます。
 ただ、政治家がデタラメで緊急時においてまったく役に立たないことはコロナ対応で痛いほど理解しましたが、冷静に考えてみればそれらを許し続けてきたのはこの国日本の主権者であるはずの私たち国民です。これまでも「想定外」の大災害での対応や数え切れないほどの疑惑があってもそれを黙認し許し続けてきた結果が今なんだ、そう深く反省しなければならないのは私たち国民側ではないでしょうか。
 私たちが私たちの代弁者として民主的に選んだはずの政治家は、私たちのために働いてはいません。大多数の国民が働いて納めた税金を、政治家を介して一部の企業や人間が独占する。まるで開き直っているかのごとくそんな不正が繰り返される。私たちはそれを許し続けいる。その現実から目を逸らさず、私たちの暮らしそのものである政治をこの国の主権者である私たち一人一人が考え行動していく他ないように思います。
 今回のコロナ禍は私たちにたくさんのことを教えてくれたと思います。世界では、今回のパンデミック(世界的大流行)を情報だけに踊らされた「インフォデミック」、何らかの計画に基づいた「プランデミック」などとも報道されています。各国がグローバル化を推し進める中、これまでは戦争やテロの脅威をあおっては軍事ビジネスを潤わせてきましたが、そこに未知のウイルスがあらわれ、今度は医療ビジネスを潤わせたい世界的大企業の思惑があるのでは、などとも疑ってしまいます。
 今やグローバル大企業の操り人形でしかなくなってしまった日本の政治家にただ任せているだけではこの国に明るい未来が訪れることはあり得ません。私たち国民が主権者たる自覚を持って立ち上がり声を上げ続けなければ、愛すべき日本は堕ちていく一方です。
 この国この街の未来を創り上げていくのは、政党でも政治家でもなく、私たち国民の声と行動以外にないと思います。古臭い悪しき慣習やしがらみを断ち切る勇気を持ち、未来を担う子どもたちや若者たち、そして日本の未来を創り上げられるのは私たち国民の行動以外にない。それを今回の新型コロナウイルスがあらためて教えてくれたと思います。


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