ホーム党の主張(社説など)/党の姿サイトマップ

労働新聞 2020年5月15日号 8面・文化

書籍紹介/
「ファクトフルネス」

思考の糧となるが注意も必要

(日経BP社・1800円+税)

 コロナ禍で見直されている本はいろいろあるが、本書もその一つだろう。既に世界で二百万部以上が売れたベストセラー。「いまさらこの本を紹介?」との声も聞こえてきそうだが、スウェーデン人医師で世界保健機構(WHO)のアドバイザーも務めてきた著者のハンス・ロスリングは、本書で疫病のパンデミック(世界的大流行)についても言及しており、再注目は当然とも言える。
 本書の副題は「十の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」。人間が陥りやすいものの見方や考え方の傾向を分類し、データや事実に基づき世界を読み解く習慣を説いている。
 著者は二〇一七年に亡くなっているが、今回のコロナ禍に際する心構えとして、第四章「恐怖本能〜危険でないことを、恐ろしいと考えてしまう思い込み」はそのまま通じそうだ。
 著者によると、人間は恐ろしいものには自然と目がいってしまい、それがリスクの過大評価につながりがちで、恐怖と危険は違うことに気付くことが大事だという。恐怖本能を抑えるためには、リスクを正しく計算すること。世界は恐ろしいと思う前に、現実を見よう。メディアや自身の関心フィルターのせいで、あなたのもとには恐ろしい情報ばかりが届いている。リスクは危険度と頻度、言い換えると質と量の掛け算で決まる。リスク=危険度×頻度だ。つまり「恐ろしさ」はリスクとは関係ない。行動する前に落ち着こう。恐怖でパニックになると物事を正しく見られなくなる。パニックが収まるまで、大事な決断をするのは避けよう……そう訴えている。
 教育者としても高く評価されているロスリングの文章はきわめて平易で、データや写真の使用も上手い。したがってこれ以上本書を要約し紹介するのは愚行にほかならない。またネット上には絶賛する記事があふれている。同書を持ち上げるのはもう十分だ。
 そこで、あえて本書の「読み方注意」ポイントをいくつか挙げてみたい。
 まず、当たり前だが著者も人間なので完全に思い込みから自由になれているわけではなく、恣意的なデータ使用や例示はいくつか見受けられる。それを前提として本書に向かい合わなければならない。
 何より、データや見解の背景には利害や立場が反映していることにもやや無自覚だ。言い換えれば階級的観点が欠落し、政治がない。読者はそこに注意を払いながら読む必要がある。
 先ほどの第四章「恐怖本能」では日本について言及している部分があるのだが、そこでは福島原発の事故について「放射線被ばくで亡くなった人はほとんどいないが、避難後の体調不良やストレスで多くの人が亡くなった。人命が奪われた原因は被ばくではなく、被ばくを恐れての避難だった」との内容の記述があり、センセーショナルに原発事故を報じることへの警鐘を鳴らしている。
 これは今回のコロナ禍でも「自粛か経済か」「命か生活か」などと選択が迫られる状況にも相通じるものだ。そのデータや見解は、誰が発信し、誰の利益になり、誰が被害を受けるのか、背景も考えなければならない。何十年後の住民の健康被害に誰が責任を持つのか、被ばく被害を小さく見せる見解は誰が求めているのか、丁寧に見る必要があるのではないか。
 思い込みを乗り越えることを説く同書を思い込みを排して読めば、いっそう思考の糧となるに違いない。(M)


Copyright(C) Japan Labor Party 1996-2020