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労働新聞 2020年4月25日号 通信・投稿

仕事が蒸発、半年の収入ゼロに

巣ごもりで労働について考える

大阪府・舞台監督 谷村 忠孝

 私の仕事は舞台監督。特にクラシック・バレエの公演や発表会が仕事の中心だ。企業に属さず、従業員もいない。最近よく聞くようになったフリーランス、個人事業主である。いま私の仕事は新型コロナウイルス感染拡大による影響をもろに受けている。発表会ではたくさんの小さな子どもたちが舞台を駆け回り、観客としてその家族を中心に老若男女が閉鎖空間である劇場に長時間集まる。「三密」そのものだからだ。
 大阪のライブハウスでコロナの集団感染が発生した二月末から観客を制限するなど自粛が始まったが、三月末の志村けんさんの逝去以降は一気に延期・中止が増えた。私も七月までの仕事はすべてキャンセルになり、八、九月も中止などの連絡が入ってきている。これで半年間は収入ゼロになった。
 これではとても生活できないので、社会福祉協議会の緊急小口資金貸付を申請した。その際、前月、前々月の収入と比較してどれくらい減ったかを示すことを求められた。
 私の場合、月毎に収入のバラツキがあり、年によってもかなり違いがある。そのため、規定の書類以外に自らの仕事内容と昨年の収入状況や今年の損失を明示する書類を提出することにより受理された。ただ審査はこれからで、貸しつけられるかは未定だ。
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 一口にフリーランスと言っても多様な職種があり、業務形態も報酬のあり方も違い、社会福祉協議会も全貌は把握できないのであろう。
 そもそもフリーランスとは中世の欧州で自分の槍(やり)の技量を売りに王侯貴族を渡り歩いた傭兵のことだ。
 語感から自由気ままに働いているように感じられかもしれないが、クライアントからの要望にいつでも即応できなければならないし、そうして培ったクライアントや関係者との信頼関係だけで成り立っている仕事だ。
 だから、契約書を交わすこともなく、キャンセルの際もよほどのことがない限りキャンセル料を請求しない。このように私の仕事ひとつとっても企業や公的機関とは仕事の仕方がまったく違う。
 今回のことで私たちのようなフリーランスに少しでも注目度が増したことは喜ばしいことだが、新しい職の形態と紹介されることには違和感を感じている。
 かつて、演劇や舞踊、コンサートなど、パフォーマンス芸術文化は人びとの教養娯楽の中心だったが、映画やテレビのように大量の観客を対象とする形態に取って代わられていった。つまり、大量生産・利潤最大化を旨とする資本主義にそぐわない芸術ジャンルで、それを生業とする私たちはいわば資本主義に捨てられた昔ながらの人間ともいえる。
 自分の知識・経験・技量を信じ、パフォーマンス文化を支えているのは自分たちなのだというプライドとやり遂げた時の喜びで、大した収入でもないのに職業にしている。フリーランスには多様な職種があるが、似たような状況と思う。
 そうした働き方をかたくなに守っているフリーランスに注目が集まることにより、こうした労働のあり方が見直されるのはいいことだと思う。
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 先日の緊急事態宣言による移動制限や操業自粛で、国際的な大企業が一時帰休や解雇を労働者に申し渡している。そうした時期に経済界からもフリーランスへの補償問題に言及されると、別の意図を感じざるを得ない。  このコロナ禍で注目されているのがテレワークや在宅勤務だ。電車に乗ると車内アナウンスで「厚生労働省からのお願いです」と国を挙げてテレワークを勧めている。二割以上をめざすという。ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)などの進歩・普及が後押ししている。
 確かにコロナウイルスの感染リスクの高いオフィスや通勤を避けることはコロナ禍の終息に向けて効果がある。また働く者にとって通勤時間や満員電車による疲労から解放され仕事の効率は上がる。企業にとってもオフィスの家賃や交通費の負担が軽減され経費の節約になる。
 ただ労務管理が難しくなると言われている。その解消法の一つとして、就労形態としての労働者の個人事業主=フリーランサー化が進むと思われる。これは企業にとって都合がいいが、働く側にとっては仕事が請負制になり、雇用の継続の補償もなく、必要経費、スキルアップ、就労時間、健康管理も個人事業主の自己責任になり、負担やリスクが増える。
 そして、仕事を得るために入札制度のように働き手が競争させられる。会社内でも出世レースのような労働者間の競争があったが、この入札競争は勝者敗者がはっきり分かれ、勝者がすべてを得るが、敗者は何も得られないという非常に熾烈なものになる。勝負の世界では勝者に比べて圧倒的多数の敗者が存在する。
 少子化=人口減少、AI(人工知能)の発展と技術革新で人余りになることは容易に想像がつく。それはごく少数の経営側と仕事を得た「労働者」、それに大多数の敗者=仕事を得られない人民に分かれるのではないか?
 まったく仕事がなく今日明日の生活費が心配だが、一方巣ごもりながら自由時間も増えたので、コロナ終息後に起きる大変革をわれわれのものにするため、SNSや電話を使った活動をしている。


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