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労働新聞 2020年2月25日号 通信・投稿

高齢者介護の
行く末を考える(下)

「総合事業」の根本的見直し

三重県・田村 宏

小規模訪問介護事業の実例
 なぜこうも福祉事業の存続が難しくなってしまったのか、なかでも最も経営困難に陥っている小規模な訪問介護事業の実態に迫って考えてみたいと思います。
 私の手元に息子の会社の損益計算書があります。直近二年間の経営実態を参考に報告します。
 この事業所の規模は常勤三人と非常勤の登録ヘルパー六人の有限会社です。創業十七年で市内でも老舗の部類に入ります。総売上は三千六百十万円、総経費は三千八百七十万円で、差引二百六十万円の赤字決算です。
 詳しく見ると、介護保険収入は前年比一六%の大幅減、利用者負担金は微増です。国の介護報酬が引き下げられたことに加え、ヘルパー不足により受注を断っていることで売上げを減らしたことが大きな影響だと考えられます。他方で利用者負担金が増えているのは、利用者の所得に応じて二割・三割に負担が引き上げられたことによるものと思われます。
 歳出を見ると、従業員の給料と手当の割合が総売上の七六%を占めています(社会保険料などの法定福利費含まず)。借入などの債務がないことを考慮しても、税理士の分析では、この数字が経営を圧迫している主な原因であるとのことです。前回も述べましたが、国の制度は小規模な事業所に不利になり、ヘルパー不足を解消するため事業主は身を削って給与面の条件を上げたり常勤職員のベースアップとボーナス加算を図っています。これが給与・手当の高騰につながっています。また募集にかかわる広告宣伝費も増加しています。
 息子も売上を伸ばそうと必死です。他の事業所が引き受けない土日祝の仕事を回してもらったり、トラブルを抱えた難しい仕事も引き受けています。休日出勤の手当てがかさんでも背に腹は代えられません。それでもヘルパーの都合がつかない時は、七十二歳の私の妻も駆り出されます。息子のためならとの親心です。
 この「地域包括ケアシステム」制度は介護保険の給付費の削減を削減を狙ったものですが、次の改革時には要介護1・2の区分にまで拡大するのは既定路線のようです。

介護は単なる労働ではない
 国は、地域での住民同士の「支え合い」「ふれあい」「生きがいづくり」などの聞こえのいいキャッチフレーズで「市民協同」を呼びかけています。それでもこの総合事業を支える組織化は地域によって大きなバラツキがあります。
 私の地元にあるNPO法人が運営する事業所は、設立して二年が経ちますが、高齢比率の高い比較的大きな団地ということもあり、利用者は確実に増えているようです。そこでは「通所サービス」と「訪問サービス」があります。土日休みの週五日の開所で、朝八時半から夕方四時半までの営業となっています。
 通所サービスでは健康体操やカラオケなどの各種一人百五十円で一週間何回でも利用できます。そのための送迎も往復百円で家まで送迎してくれます。訪問サービスは庭木の剪定(せんてい)や草取り、ゴミ出し、病院や買物の送迎などもあり、安くて気楽に頼めることもあって利用する人は多いようです。
 その影響を、介護保険事業のデイサービスやデイケアなどを行う地元の通所介護事業所が受けています。介護タクシー事業者にとっても死活問題です。周辺の通院や買い物送迎が往復四百円では太刀打ちできるはずがありません。周辺には誰もが利用する市民病院や総合病院、大手スーパーもあり、迎車料金も取らず「白タク」そのものです。
 訪問サービスでは、部屋の掃除・洗濯やゴミ出しは資格のない地域のボランティアが一回五十円で請け負っています。
 しかし、以前から指摘されているように、こうした生活援助は単なる労働はではありません。利用者の自立に向けての支援が目的でなくてはなりません。訪問時のあいさつや声色や顔色から微妙な体調の変化に気付くと共に的確な対処が必要です。早期の認知症の発見につながることもあります。それには専門的知識や経験のあるヘルパーが必要です。介護の質の低下は利用者の重度化の引き金となることもあります。
 このような「地元事業所への営業妨害」とも言える状況を生んでいる要因の一つは、市町村に任せる総合事業では利用料が極端に低い価格で利用できることです。理学療法士を置かなくてもできる健康体操、介護福祉士でなくてもできる訪問サービス、二種免許がなくても運行できる「白タク」行為など、利用者が安全と内容の質を問わなければ安価で利用できることにあります。二つには、利用者の意識の中に専門職への不信や無理解が強まることで、専門職への報酬単価の抑制につながりはしないかという危惧です。
 先に紹介した事業所は地域でも突出した特別なケースです。県下だけでなく近隣県からも視察に訪れるほどの規模と実績を併せもつ総合事業の一つです。市の補助金を受けながら、退職後も元気な住民にわずかな使用料の有償ボランティアとして支えられています。
 こうした「成功例」が市内の各地域で運営されることになれば、これまでの介護事業所は要介護度の高い高齢者だけを対象とせざるを得ません。介護事業所はますます淘汰(とうた)されるでしょう。地域でのきめ細かな対応ができなくなってしまいます。
 これは介護の社会化を目的に始まった介護保険制度がいよいよ二十年をもって終わりを迎えることを意味します。
 住み慣れた地域や家庭で安心して生活できることをめざした地域包括ケアの精神も今や風前の灯火です。専門的な訪問ケアが安心して受けられないことは致命的です。介護の質の低下も許されません。
 介護保険の財政抑制のために設けられた市町村による「総合事業」は根本から見直すべきです。今回は見送られたものの要介護1・2まで市町村事業に拡大することは介護事業所の倒産・廃業をさらに加速させることでしょう。こんな儲(もう)からない介護業界に「おさらば」するしかありません。いちばんの困るのは「おさらば」できない介護の必要な高齢者とその家族です。そして切り捨てられるヘルパーなどの介護職員です。
 高齢者介護の悲惨な実態と介護保険制度の危機的状況は、今や小手先の改革では解決できないことを如実に物語っています。
 医療・福祉の総合的な再構築が求められています。現場主義で国民主権、何より介護が必要な高齢者や障がい者とその家族を支えられる政策です。
 予算はどこに軸足を置くかで財源は確保できるはずです。安倍政治の進める「全世代型社会保障」の狙いは明らかです。国民弱者の犠牲と収奪に財源を求める政策は、患者の窓口負担や介護の利用者負担の引き上げにつながります。
 腐敗した長期政権から政治を国民の手に取り戻すため、立場を超え共にがんばりましょう。


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