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労働新聞 2020年2月15日号 通信・投稿

書籍紹介/ルポ
人は科学が苦手(三井誠・著)

事実をいかに伝えるか、
科学者たちの模索

光文社新書、840円+税

 マスコミ報道を漫然と見ていると、スウェーデンの環境活動家・グレタさんは地球温暖化に対しえらく「過激」に警鐘を鳴らしているように感じる。しかし実際(には彼女の訴える内容はきわめてオーソドックスで、要するに「科学者の言っていることを聞いてほしい」というもの。国連に集う研究者のまとめた提言の枠内の内容だ。それでも世間から大いに反発の声があがるのは、そこに「女・子どもが生意気を言うな」的なオッサン心理があるだけでなく、科学そのものに対する不信と反発もあるのかもしれない。反グレタの象徴であるトランプ米大統領を見ているとそう思わざるを得ない。
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 本書の副題は『アメリカ「科学不信」の現場から』。著者は、新聞社の科学記者として米国に赴任、最先端の科学技術にふれる一方、人間活動による地球温暖化やダーウィンの進化論はおろか、「地球は丸い」という事実すら信じない科学不信が米国民に広く根を張っている実際も目の当たりにする。そして、それまで「専門用語の多い科学を分かりやすく伝えれば理解してもらえる」と報道に心を配ってきた著者は、どうやらそれだけではこの問題は解決しないことにも気付く。
 何しろ、高学歴で科学知識が豊富なはずの者でも温暖化を頑強に信じない。むしろ学歴上昇に比例して共和党支持者の中では温暖化否定論者が増加するという驚きの調査も。知識が増えるほど思想や信仰の違いに応じた考え方の違いが大きくなる傾向があるという。
 これは、自分の主義主張を後押しする情報を選び取る、見たいものだけ見る、見たくないものは見ない、という人間心理が招いていると指摘する。「確証バイアス」と呼ばれる傾向だ。この脳内のフィルターに加え、インターネットなどの検索結果が偏る状況は「フィルター・バブル」と呼ばれる。グーグルなどの検索エンジンが個人を取り囲む泡(バブル)となり、個人の好む情報ばかりを選別する結果として起こる。
 知識が増えると賢くなるとは限らず、必ずしも理性的とはいえない側面を持つわれわれ人類だが、その理由を探るカギとして、著者は進化心理学の考え方を紹介している。
 現生人類ホモ・サピエンスが地球上に出現したのは今から三十〜二十万年前だが、それから現在までの間の大半を人類は狩猟採集で食ってきた。現代を生きる私たちの脳もその石器時代からほぼ変わっておらず、科学の進歩に脳の進化は追いついていない。だから、最大でも百五十人ほどの小集団で生活してきた私たちの脳は、直感や、また集団を結束させる怒りや恐れの感情に支配されやすい。直感では温暖化や進化論は理解しづらく、また専門家より信頼している素人の意見の方が説得力を持ったりする。トランプ政権を誕生させたのも「仕事を奪う移民」への怒りと「イスラム教徒のテロ」への恐れだ。
 また米国特有の特徴として、建国以来の欧州貴族主義に対する対抗心、エリートや権威に対する反発心があり、さらに保守的なキリスト教福音派や環境規制を嫌う企業の「科学者嫌い」も影響を与えている。
 こうした現状を変えようとする米国の科学者たちの取り組みも本書では取り上げれられている。「市民に伝えなくても予算はもらえる」「研究に集中したい」という姿勢を改め、また知識を「頭」に注入しようとするのではなく「心」に届けようとする試みが紹介されている。見直されているのは意外にも古代ギリシアの哲学者・アリストテレスの言葉で、「演説に必要なのは論理・信頼・共感」というものだ。
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 このように米国の事情について記された書だが、その内容はこの日本の社会を変える上でも役立ち得るのではないか。企業家と支配階級の思想が幅を利かせ、皇国史観と国家神道信仰が根を張るこの社会において、いかに労働者階級の思想で人民を啓蒙し、排外主義を打ち破って独立・平和の日本を築くか。米国の科学者たちの取り組みはさまざまなヒントを与えてくれるだろう。(Q)


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