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労働新聞 2019年10月15日号

田舎暮らしの中から
見えてきたこと(9)

耕作放棄の現実を肌で知る

宮崎県・黒木 隆男

 久しぶりの便りになります。定年後、この中山間地の集落で暮らすようになって九年が経ちました。その間に、日本の農業をめぐる状況も、そしてこの集落の様子もずいぶん変化したように思われます。
 身の周りのことに関して言えば、当たり前ですが、私も周りの人もそれぞれ年を取ったということです。夏に入る頃、近所の一人暮らしをしていた八十五歳のおじいちゃんが亡くなりました。彼は狭い畑で何本かのブドウの木を大切に育てていたのですが、主を失った巨峰の実は袋をかけられることもなく落下していきました。
 集落でいちばん若い就農者であるSさんも六十歳代に突入しました。彼の元には「もう農作業が難しくなったので、うちの田んぼを」という依頼が増え、耕作放棄地を出したくないとの思いから可能な限りそれに応えてきました。
 除草剤を使わない彼の田んぼにはヒエやコナギなどの雑草が多かったのですが、さまざまな試行錯誤の結果、昨年ぐらいから夏場除草のために田んぼに入ることがなくなりました。しかし夏場のいちばんの困難は畔の草刈りです。狭い中山間地の田んぼでは必然的に畔が長くなります。しかも落差が二メートル近くある所さえあります。水田の作業に時間を取られると、秋野菜の植え付けなどに支障が出ます。今年彼はついに何枚かの田んぼの耕作をあきらめ、所有者に了解してもらいました。
 たった半年ほど放置された田んぼですが、名前も分からないさまざまな雑草が繁茂しました。草丈が一メートルを超えるものもあります。その変容には驚かされました。お盆を過ぎて、さすがに見るに忍びなくなったのか、Sさんは耕作するあてもない田んぼの草刈りを始めました。そんな仕事を彼にさせるわけにはいかないので、私が手伝うことにしました。草を刈りながら粉砕する小型の機械を使うのですが、それでも今年の暑さで私もあやうく熱中症になりかけたのでした。耕作放棄というのは具体的にはこういうことなのだと痛感したのでした。
 以前私は、農村の状況は楽観はできないけれど絶望的でもないと書きました。それでも最近は少しずつ悲観の方に傾きつつある自分を感じています。中山間地の農村は正念場に差しかかっているのだという思いを強くしています。
 そして今、この国の農と食の明日を危惧させる政治状況が進んでいます。政府は日米自由貿易協定(FTA)に署名し、今国会での承認を求めています。安倍首相は「両国に利益をもたらすウィンウィンの合意」と繰り返していますが、ウソだということは私のような素人でもわかります。
 米国産の牛肉や豚肉の関税が環太平洋経済連携協定(TPP)水準まで大幅に引き下げられるだけでなく、約七十億ドル(七千五百億円)規模で農産物の市場開放が約束されています。トランプ米大統領は「米国の農家にとって偉大な勝利だ」と誇っています。もう一つの主要議題であった日本車の関税については、TPPでは約束されていたはずの撤廃が見送られました。これも米国の自動車産業を保護するためです。そればかりか米国は交渉の中で日本車への追加関税をちらつかせていたそうです。これは中国に対するトランプのやり方を見れば納得できます。安倍さんは「自動車の追加関税をかけさせなかったことが勝利だ」とでも言うのでしょうか。自動車についての合意が先送りされたということは、米国はこれからも同じ手口が使えるということでしょう。「少し脅せば日本は言うことを聞く」と思っているはずです。さらにこの合意に先立って中国に売ることができなくなった米国産トウモロコシ二百五十万トンを日本が爆買いすることも決まっています。何が「ウィンウィン」でしょうか。
 すでに欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)やTPP発効に伴って外国産農産物の輸入が激増しています。畜産農家はどうなるのか心配しています。特に規模を拡大するために投資してきた農家が心配です。自国の一次産業を滅ぼしかねない政府の対米従属ぶりに、憤りを通り越して、悲しくなってしまいます。
 猛暑もようやく落ち着き、少しばかり涼しい風が吹いてきました。村は収穫の時を迎えます。額に汗して働くお百姓さんたちの後ろ姿に励まされながら、私にできることは何だろうかと考えています。


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