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労働新聞 2019年9月5日号

緊急事態条項と自衛隊明記

  安倍改憲の危険性

東京・国分寺 保

 最近、所属する労働組合で憲法に関して学習する機会がありました。安倍政権による憲法改悪の危険性について改めて感じるところがあったので、独自に学習した内容も含めてまとめてみました。読者の皆さんのご意見を伺えれば幸いです。

 参議院選挙の結果改憲勢力は三分の二に及ばず、最悪の事態は避けられた。この安倍改憲のことを、特に改憲反対派は「九条改憲」と称している。戦争放棄を規定した第九条に「九条の二」を新設し、自衛隊の存在を書き加えるというもの。確かに問題だが、自民党安倍政権の真の狙いはむしろ、改憲草案第九十八・九十九条の規定する「緊急事態条項」にあると思われる。
 第九十八条 内閣総理大臣は、わが国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認められるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて緊急事態の宣言を発することができる。
 第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係わる事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、十八条、十九条、二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
 要するに、内閣総理大臣が「必要」と判断した際には緊急事態宣言が出され、立法権が内閣に移行して国会は事実上機能停止に陥る。首相は税金を好きなように好きなだけ使え、自治体の長も国民もこれに従わなければならず、権利も自由も制限される。国民の三大義務(納税・教育・勤労)に加えて、第四の義務ということだ。基本的人権はできるだけ尊重するが、犯してはならないわけでもない。これは完全に独裁だ。
 宣言を発するに必要な要件は「〜等」「その他の法律で定める」と実に曖昧で、どうにでも解釈できてしまう。集会やデモは禁止され、メディアには報道規制がかけられる。立法権が内閣に移れば、戦前にあった「治安維持法」や「国家総動員法」のような法律も勝手に作れてしまうし、徴兵制だって幻想ではない。そもそもこれさえあれば「九条の二」などまるで意味がなくなる。

ヒトラーも使った方法
 安倍首相が急に「自衛軍創設」から自衛隊条項に乗り換えたのは、現実味が遠く反対論も多い自衛軍より、現実味が近く国民の抵抗が少なそうな「自衛隊を書き加えるだけ」の条項を選んだのだろう。と同時に、そうやって反対派に危機感を煽り、最も危険な緊急事態条項から国民の目をそらそうとしたのだ。そしてこの緊急事態条項は、かつてドイツのヒトラーが権力を掌握する際に用いた方法にほかならない。
 そのヒトラーは、独裁者とはいえ決してクーデターで権力を手にしたわけではない。一九三三年の総選挙で政権に就いたのだが、その際のナチス党の議席数は全体の三分の一程度に過ぎなかった。世界恐慌さなかの三〇年代初頭、ドイツでは社会不安から政党間の利害が対立して少数政党が乱立し、国会は立法機能を失っていた。ワイマール憲法は当時世界一民主的と言われていたが、軍人出身のヒンデンブルグ大統領は民主的な手続きを嫌い、そこでやはり「決められない政治」を批判していたヒトラーを首相に任命し、ワイマール憲法の無力化を図った。
 首相となったヒトラーは国会を解散して総選挙を行ったが、選挙期間中に手下を使って国会議事堂に火を放ち(諸説あるが)、これを政敵の共産党の隠謀だとでっち上げた。そしてワイマール憲法第四十八条にあった国家緊急権(緊急事態条項)を使ってヒンデンブルグに大統領令を出させ、憲法が保障していた国民の基本的人権を停止させ、共産党員を逮捕し、獲得議席をはく奪することで国会での多数派を獲得した。その上で悪名高い「授権法(全権委任法)」を成立させ、遂に独裁を為し遂げた。政権発足からわずか五十四日という早業だった。全権を掌握したヒトラーは「決められる政治」を実現、ユダヤ人や共産主義者を公職から追放する「職業官吏法」などを次々と制定し、やがて悪夢のホロコーストへと向かって行く。ナチスによる「国家の緊急事態」はドイツ敗戦の四五年まで十二年も続いた。
 この授権法こそ、安倍改憲草案の九十九条一項とまったく同じ内容である。安倍首相は「そんなことになるはずはない」とおそらく言うだろう。しかし仮に安倍がやらないとしても、将来彼を上回る悪魔のような政治家が出てこないとも限らない。あくまで想定外も想定しておくべきで、この改憲は絶対に阻止しなくてはならない。

徴兵制復活への入口
 そして自衛隊条項について言うと、これはまた別の問題を孕(はら)んでいる。現行憲法には国家機関として、国会・内閣・裁判所、そして会計検査院が規定されているが、ここに自衛隊を加えるということは、自衛隊が裁判所等と同じ扱いとなり、現在行われている裁判員制度と同様に、自衛隊員を国民から徴集するという、かつての「徴兵制」と同じことが行われる可能性があるのだ。
 国民がその意に反して国から拘束を受けることは、本来は憲法第十八条「奴隷的拘束及び苦役からの自由」に違反となるはずだが、最高裁判例で裁判員制度は憲法違反とされていない。司法は憲法上の主要な国家機能であり、ここに国民が参加するということは、その権利においても義務においても憲法の理念に反していないということだ。そうすると、自衛隊が憲法に書き込まれれば、軍事・防衛が憲法上の重要な国家機能ということになり、ここに国民が参加することは、たとえそれが強制的であったとしても違憲ではないということになる。
 安倍政権が、左右双方の憲法学者から違憲性を指摘された安保法制を強行成立させ、集団的自衛権の行使が可能となり、自衛隊員が戦場に送り込まれる可能性が強まった。そのため自衛隊員のなり手が少なくなっており、その存続のため憲法に自衛隊を明記し、徴兵制を復活させようとしているのではないだろうか。もちろん「緊急事態条項」さえあればそれで充分事足りるのだが。
 安倍首相が自民党大会の席上で「自治体の多くが新規隊員募集への協力(名簿提出)を拒否している。憲法に自衛隊を明記して、違憲論に終止符を打とう」と広言し、改憲を通じて自衛隊の存続・強化に前のめりになっていることからも窺(うかが)えるように、安倍政権が向かっている方向性は明らかである。募集をかけても来ないのなら、こちらから個別に獲りに行こうということだ。
 九条改憲「自衛隊条項」は、徴兵制復活の入り口である。参議院選挙での十歳代の投票率はきわめて低かったが、かれらにこそこのことを強く呼びかけるべきだ。さらにかつての徴兵制には、四十歳までの予備役があった。男女平等・少子高齢化の時代にこれが復活すれば女性も含め、何歳まで赤紙が送りつけられるかわからない。これは全国民の問題である。


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